第31話『スノーラリア #1』

「くっ、こいつ……」


 スノーラリアは勢いよく植物の実を食べ、カノアが持ってきたものを一瞬で食べ尽くす。

 カノアは痛みを堪えながら立ち上がり、満足そうに食後の休憩をしているスノーラリアに近づいた。


「体が綿のようだったからぶつかった衝撃自体はそこまでじゃなかったが、地面に叩きつけられた痛みはなかなかだったぞ……」


 人に慣れていると聞いていた通り、カノアが近づいても逃げる素振りは見せない。むしろ、餌を持ってきてくれた恩人とばかりに体を擦り寄せてきた。


「はぁ……。食った分はしっかり働いてもらうからな」


 カノアはスノーラリアの頭を撫でつつ、その容姿を観察する。


「確かに商人の言っていた特徴そのままだな。そういえば、耳や尻尾はともかく、こんな顔の鳥が北海道の方に居たような気がする。名前は確かシマエ――」


 もふもふっとしたものは人間の心を穏やかにする。それはカノアとて例外ではなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「意外と乗り心地は悪くないな」


 カノアはあの後スノーラリアの背中に跨ってみると、この辺りのスノーラリアが飼い慣らされていると言っていた意味がすぐに分かった。

 ママや村の人間が王都に行く際はよく利用していると商人が言っていたことを証明するかのように、何も言わずともティアが以前教えてくれた王都へ続く道を走り始める。


「しかし凄い速さだ! ティアが風のソフィアを使っていた時より速いんじゃないか!?」


 スノーラリアは時速数十キロは出ていると思われる速度で走ったが、風除けのようなのおかげで背中に乗っていたカノアはその空気抵抗をほとんど受けなかった。

 だが念のため振り落とされないようにと、しっかりしがみつくカノア。その人よりも何倍も大きな純白の背中は、ボロボロになっていたカノアの心を包み込むように癒してくれた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「おい、少しスピードを抑えろ! このままだとぶつかる!! 聞いているのか!?」


 あれから僅か数十分後、とんでもない速さで走り始めたスノーラリアはその速度を保ったまま、やがて見えてきた王都の城壁へと突っ込む。

 カノアが背中を叩き続けると城門からは多少外れた方向へ走ったが、それでも止まらず勢いよく城壁に突っ込んだ。

 スノーラリアはぶつかる直前に足で城壁に蹴りをかますような体勢を取り、そのせいで損壊はより大きなものとなった。


「こいつは加減と言うものを知らないのか!」


 大きな音を立てて壊れた城壁の中からカノアとスノーラリアが姿を現す。穴が開くほどでは無かったが、城壁は一部がえぐれたように崩れている。


「おい貴様ぁぁぁ!! そこで何をしているぅぅぅ!!!」


 大声を上げながら検問をしていたであろう衛兵たちがカノアの元へと集まってきた。

 手には物騒な剣を携え、甲冑を身にまとった姿は仰々しさを感じる。

 

「すみません、この鳥が止まらなくて……」


「貴様、他国のスパイでは無いだろうな! おい、お前ら! こいつの所持品を調べろ!」


 複数の衛兵が剣を構え、カノアを取り囲むように広がる。その中の一人がカノアをボディチェックし、危険なものを持っていないかを確認する。


「武器などは所持していない様です!」


 ボディチェックをしていた衛兵が、統率を取っていた衛兵に報告する。


「まったく。スノーラリアすらまともに乗れんとは、貴様何処の者だ」


「自分はメラトリス村から来ました。すみません、初めて乗ったので扱いが分からなくて……」


「メラトリス村の者か。最近はただでさえ他国のスパイが紛れ込んでいるという情報もあって厳戒態勢を敷いているのだ。むやみに騒ぎを起こすようであれば、村の人間だったとしても連行するぞ!」


 カノアを危険人物ではないと判断し、周囲を取り囲んでいた衛兵が剣を腰に収めて城門の検問へと戻っていく。統率を取っていた衛兵も剣を腰に収め、カノアも検問の列へ並ぶようにと促す。

 

「貴様も王都へ入りたいのであれば通行証を用意し、さっさと列へ並べ!」


「あの、すみません。実は通行証を持っていなくて……」


「何だと!? じゃあ貴様は何をしに来たんだ!!」


 通行証を持っていないのに城壁へ突っ込んできたと聞き、衛兵が再度腰の剣に手を掛ける。


「別に騒ぎを起こすつもりは無かったのですが……。メラトリス村にも最近来たばかりで、王都を見たことなかったので近くまで来てみようかと。そうしたらこの鳥が暴走してしまって」


「なんだ貴様、流れの者か。スノーラリアも乗れないとは何処の田舎から流れ着いたんだ」


 この世界で流れの者とは、国を失ったり追われたりして別の国へと移住してきた者のことを指す。

 戦争で国を無くした人間が多いこの世界では珍しい存在ではなく、ティアもまたその一人であったことをカノアは思い出す。


「通行証が無いのであれば、中へ入れてやることは出来ん。それに本来であれば城壁の修理費を請求するか払えなければ処刑するところだが、我々は訳有ってすぐに検問に戻らねばならんのだ。運が良かったと思ってさっさと立ち去れ!」


 衛兵は腰の剣から手を放し、城門へと戻っていく。

 命拾いをしたと安堵したのも束の間。カノアは一緒に来たはずのスノーラリアが居なくなっていることに気が付く。

 

「あの鳥!」


 カノアは周囲を見渡すがスノーラリアの姿は無い。だが城門とは反対の方向に鳥の足跡が続いているのを見つけ、ひとまずはそれを追うことにした。


 一連の騒動を見ていた検問の列の人々は、衛兵が持ち場に戻ったことで大事に至らなかったことを察し再び平穏を取り戻す。


 だがその列の中に、カノアが去った後も暫くその方向を見つめていた人物が居たことにカノアが気付くことは無かった。

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