第27話『運命を断ち切る者 #1』

 日は完全に沈み、辺りを夜の暗さが包んでいる。

 過疎区画は日頃使用されていないため、明るさを保つための設備は無い。

 暗闇の中でティアは呆然と立ち尽くしていた。


「背中の翼、闇魔法、カノアは一体何の実験をされたっていうの……」


 魔獣との戦闘が過ぎ去った今も、カノアは目を覚ますことなくティアの前で意識を失っている。


「カノアを連れてママの所に――」


 倒れているカノアを抱きかかえようと、ティアは両膝をつく。

 だがカノアに手を伸ばした瞬間、異臭が鼻腔を刺激した。


「この臭い……まさか!?」


 膝をついていたティアは立ち上がり周囲を見渡すと、居住区画の方から夜天を焦がすような紅蓮の火柱と、それと共に立ち上る黒煙が建物の隙間から見えた。

 

「あの辺りは孤児院の! ごめん、カノア! すぐに戻って来るから!!」


 ティアは倒れているカノアの身を案じながらも、火の手の上がる景色に幼い子供たちの姿を重ね合わせて急いでその場を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「ん……」


 カノアが目を覚ますと、見上げた空に星が瞬いていた。


「ここは……」


 ゆっくりと体を起こし辺りを見回す。

 凹んだ地面、散乱する瓦礫、砕け散った噴水。背中に生えていた翼はいつしか無くなっていたが、カノア自身がそれに気付くことは無かった。

 少しずつ頭の中で状況が整理されていき、ぼやけた頭もはっきりしてくる。


「魔獣はどうなった? 俺が死なずにここで目を覚ましたということは、ループを抜けたのか?」


 カノアはゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。


「ティアは何処だ? 魔獣を退けたなら何処かにティアも――」


 そしてその時、建物の隙間から見えた火柱に視線が釘付けになった。


「火事!? あっちは確か孤児院のある方角……。ティアもあっちか!」


 目覚めたばかりで少し重く感じる足に力を込めて、カノアは走り出した。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアが孤児院に到着すると、そこは火の海だった。

 ツギハギの建物は灼熱の一色に染め上げられ、平穏な日常とはかけ離れた惨状が目に映る。


「なんだこれは……。いったい何があったんだ!?」


 カノアはその光景を幻でも見ているかのように愕然と見つめる。

 轟々とけたたましく燃え盛る火炎の音に紛れて、聞き馴染みのある声が自身の耳に届く。


「……カ、ノア……」


「エルネスト!? 何があった!?」


 カノアは倒れているエルネストに駆け寄り、頭を抱き上げる。

 エルネストに触った瞬間、指の周りにべた付く生暖かい液体の感触とこれまで死の瞬間に嗅いできた血の匂いが漂ってくる。

 幾度となく繰り返された己自身の経験から、カノアはエルネストの死期を悟った。


「てめぇ、今まで何処に、行ってやがった……」


「エルネスト、今は喋るな。すぐに誰か手当て出来る人を――」


「お前が、あいつらを、連れて来たんじゃないのか?」


 エルネストはカノアの言葉を遮り、震える手に力を込めてカノアの胸ぐらを掴んだ。


「あいつら? 誰のことだ!?」


「くそ、が。お前が裏切り者だったら、俺がこの手で殺してやったのに……。ちくしょう、俺はまだ、死ぬわけには――」


「おい、エルネスト? エルネスト!!」


 だがエルネストはもうカノアの言葉に反応することは無かった。


「何が起きたんだ……。エルネストが何故こんなことになっているんだ!? お前が俺を襲っていたんじゃないのか!?」

 

 カノアは胸の内に溜まっていたものを吐き出すように嘆いた。

 抱えていたエルネストの頭をそっと寝かすと、呆然と立ち上がる。


「どうしてエルネストが……」


 そう呟いたカノアの視界の端に、倒れているもう一人の人物の姿を捉える。


「……どう、して……」


 それは孤児院で毎日見ていた姿。

 毎日美味しいご飯を作ってくれた。

 カノアを優しく迎え入れてくれた、あの人の姿。


「こんなの……嘘だ!! ママも敵じゃなかったのか!?」


 目の前に広がる惨劇が己の考えを正面から否定する。


「なぜだ! ママやエルネストは魔物を使って、俺を殺そうとしていたんじゃないのか!? どうして死んでいるんだ!? こんなこと……こんなことあっていいわけが……」


 カノアは目の前の状況を受け止めきれず、その場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 だがその時、自身の脳裏に忘れてはならない少女の姿が浮かび上がる。


「ティア! ティアは何処に――っ!!」


 ティアの姿を探して辺りを見回した時、カノアは自身に迫っていた存在に気が付く。


「魔物……。こいつらが孤児院を……」


 業火に照らされ紅き眼がより一層深い輝きを放ち、それは死を宣告しているかのようにカノアをじっと見据えている。

 確認出来るだけでも十体以上。その獣たちの背後には更に無数の紅い光が浮かんでおり、見えているよりも多くの獣が存在していることが分かる。


「逃げきれるか? いや、こうなってしまっては逃げても意味が無い。だが、せめて何か情報を得てからじゃないと死ぬわけにはいかない」


 ツギハギの孤児院を燃やし尽くした業火が次第にその勢いを弱めていき、再び周囲を暗黒が包み込み始める。

 屋根を燃やしていた最後の炎が消えたのを合図に、カノアはその場から脱兎のごとく一歩目を踏み出した。

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