第17話『繰り返される空の下で #1』

「カノア、大丈夫?」


 茫然自失となったカノアに、ティアが問いかける。

 七ノ月の十五日の朝。

 カノアが同日を迎えるのは二回目のことである。


「なぁ、ティア。今日は十五日か……?」


「え? うん、そうだけど」


 前回の十五日は誰にも襲われていない。村も入口のところまでしか出ていない。ましてや街道や森の方には行ってすらいない。

 それなのに日付がループしている。カノアはどれだけ記憶を遡ってみても、その理由が分からなかった。


「ごめん、カノア。まだ体調悪いよね。いきなり入ってきて騒いじゃってごめんね」


「いや、良いんだ。体調が悪いわけじゃ、ない。だけど、すまない。少し一人にしてくれないか」


「うん。もしご飯食べれそうだったら降りて来てね。ママが朝ごはん作ってくれてるから」


 ティアは申し訳なさそうに部屋を後にした。

 ガチャリと扉が閉まる音が聞こえると、カノアは取り残された気分になった。


「どうして、また戻っているんだ。ただ村の中を歩いて、夜もこの部屋で眠ったはず。誰かに襲われた記憶も、ましてや魔物にすら会っていない。一体何が……」


 記憶の中からはその答えに辿り着きそうにもない。カノアは昨日と同じように状況を整理し、自身に起きた可能性について仮説を立てる。


「……まさか、殺された? 誰に? 孤児院の中に襲撃の犯人が居る? バカな! だとしたら街道で魔物に襲われた日の夜、孤児院で殺されているはずだ!」


 カノアは部屋の外に聞こえないように、小声で自問自答を繰り返す。


「ティアはいつも俺を助けてくれていた。ティアが犯人だとしたらわざわざ助ける意味が無い。だとしたらエルネスト……あるいはママ?」


 カノアはどれだけ考えても、現時点では答えに辿り着かないことを頭では理解出来ている。だが考えることを止めてしまっては、いつかは辿り着くかもしれない事の顛末への道も閉ざされてしまう。

 

「極論を言えば、孤児院自体が火事になってしまって全員死んだ可能性もある。落ち着け。日付は戻ってしまったが、全てが終わったわけじゃない」


 カノアは大きく息を吸い込み、空気を取り込む。


「仮に寝ている内に殺されたのだとしたら、その目的は何だ? やはり俺を殺すこと自体に理由があるのか?」


 カノアはこの世界に来てからのことを念入りに思い出す。


「襲撃に会ったのは三回。まずは森の中で一回。次に街道で二回。共通点は何だ?」


 カノアはあることを思い出し、自身の記憶を修正する。


「いや、森の中での襲撃は二回だ。最初夢かと思っていたあれは、やはり現実のことだ。夢だとしたら、あの時点では会ったこともないティアのことを夢に見ること自体があり得ない」


 カノアは一つ一つの事象を線で結ぶように繋げていく。あるいはパズルのピースをはめ込むように。


「まさか、ティア自身が研究所から逃げた実験体で、森ではティアを回収しに来ていた? だがそれだとエルネストやママ、それに村長たちも実験体であるティアのことを知っていることがおかしい。……いや、まさか」


 


 部屋の中に沈黙が訪れる。先ほどまで独り言を呟いていたカノアは額から汗を流し、視線だけを右往左往させている。


「……話が飛躍し過ぎだ。可能性として無いとは言い切れないが、憶測だけで話を進めても意味がない」


 カノアは自身で考えた可能性をひとまず振り払う。


「もう一度村の中を回って、何か見落としていなかったか考え直そう」


 カノアは部屋を後にし、一階へと降りることにした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「あ、カノア。ご飯食べられそう?」


 カノアは一階に降り、ダイニングへと足を運んだ。

 そこにはティアが居て、どうやらカノアが降りて来るのを待っていたようにも見える。


「さっきは悪かった。寝ている間に変な夢を見て、少し気が動転していた」


「ううん、仕方ないよ。昨日は怖い思いをしたんだもん。私の方こそ騒いじゃってごめんね」


「いや、ティアのおかげで助かった。本当にありがとう」


 ティアはいつも通りの様子だ。とても彼女が誰かを殺すことを計画しているようには見えない。


「私は連れてくることしか出来なかった。それにカノアの傷を治してくれたのはママだから」


「ママにもちゃんとお礼を言わないとな。今は何処に?」


 カノアはママが何処に行っているかを知っているが、あえてティアに質問をする。


「カノアが目を覚ます少し前に王都に向かったよ。大きな傷自体は治せても、ちゃんと完治させるにはお薬が必要って言ってた」


 同じタイミングで同じセリフを口にしたとき、同じ答えが返ってくるのかの確認。一言一句違えないのは無理だが、確認する価値は十分にある。


(こういう状況ともなれば、になるからな)


「そうだ、エルネストは今どこにいるんだ?」


 前回の十二日、エルネストは姿を見せていない。


「エルネストなら、朝からイヴレーア辺境伯のところに行くって出掛けたよ。今日は帰って来ないかもだから晩ごはんも要らないって」


「そうだったのか。ありがとう」


(そうなるとエルネストが直接手を下した可能性は無くなるか? いや、ティアに嘘をついて村の何処かに潜むことも出来る)

 

 疑念は膨らむ。自分自身で見たもの以外は疑わしく感じる。カノアの心は次第に狭まりつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る