第11話『疑惑は深まる』

 魔法だったり魔物だったり、カノアはこの世界で目覚めてからというもの、理解の追い付かないことが多かった。だがそれらは、あくまでもこの世界を構築する一要素として存在を認めさえすれば、そういうものだと収まる範囲の話。


 しかし、一度経験したことが未来のことになる。いや、その経験よりも過去の時間軸に自分が移動しているというべき現象は、世界の理から大きく外れている話だ。


「今日は辺境伯のところに行く日で合っていたか?」


「うん。お昼過ぎくらいに村を出て、日が沈む前にこっちに戻って来られたらって感じかな。もう少し時間あるから準備もゆっくりで大丈夫だからね」


 やはりティアの中では、辺境伯のところへ行った記憶は存在していないようだ。


「あ、そうだ。カノアが起きたら食べられるようにって、ママが朝ごはん準備してくれてるから」


「あぁ、ありがとう。……先にご飯を頂いてくるよ」


 カノアはティア以外にも記憶の確認をするため、ママの居るダイニングへと向かった。

 ダイニングへ行くとキッチンの方から楽しそうな声がする。ママと数人の子供たちが朝食に使っていた食器を洗っているところだった。

 

「あら~、おはようございます、カノア。朝ごはんすぐに準備しますからね」


「すみません、起きるのが遅くなって」


 カノアはママに促されるように食卓に着く。


「良いんですよ~。昨日の歓迎会でお疲れでしょうから。ゆっくり寝られましたか?」


 ママは食器を洗う手を止め、パンとスープを食卓に運んできた。


「あらあら。こんなところに居たら危ないですよ~」


 カノアは何の話かと思ったが、どうやらテーブルの下に赤子が入り込んでいたらしい。まだ立って歩けないらしく、哺乳瓶を抱えたまま寝転がっていた。


「色々と気を付けないと、な」


 カノアは自分に言い聞かせるように独り言をつぶやく。

 ママは机の下に居た子を抱き上げると、ダイニングの隅の方へ連れて行った。横に置かれている麻で出来た手提げ袋と比べると、何ともその小ささが可愛らしい。

 ママは戻ってきて改めてカノアに話しかける。


「さぁ、たくさん食べてください。今日はママのお手製のパンとスープですよぉ♪」


 カノアは手を合わせると、この孤児院に来てからの朝食を口に運ぶ。


「ママはこの後どこかへ行く予定はありますか?」


 ママにも十四日の午後の記憶を確かめるような話を振ってみる。


「今日は王都の方にお買い物です♪」


 前回村に戻ってきた時王都から戻ってきたママと出会ったが、そもそも王都でのママの行動を知らないのでカノアは記憶の確認が出来ないことを悟る。


「カノアはこれから何をする予定なんですか?」


 カノアの思考を遮るように、ママが話しかけてくる。


「今日はティアと一緒に辺境伯のところに行ってくる予定です」


「まぁまぁ♪ イヴレーア辺境伯はとても気さくで良い方ですから、ぜひ楽しんできてくださいね」


 辺境伯のところでの話もティア以外には確認が出来ない。となると、確認出来るのは残り辺境伯だけ。


「そう言えばイヴレーア辺境伯のところに行かれるのでしたら、持って行ってもらいたいものがあるんです」


 ママはダイニングの隅に行き、先ほどの赤子の横に置かれていた手提げ袋を取りに行く。

 ママが近づいてきたので赤子は抱っこしてもらえると思ったのか、ママの方に両手を伸ばしてまだ言葉とも言えない言葉を発しているのが可愛らしい。


「これなんですけど、来月のシノミディア祭で子供たちが着る衣装なんです。イヴレーア辺境伯にデザインに問題が無いか確認してほしいって渡してきてくれませんか?」


 カノアは前回これを渡すために一人で辺境伯のところに向かったことを思い出した。そしてその帰りに――。

 記憶を呼び覚ますと同時に偽りの痛みが込み上げる。


「どうしました? 何かすごく辛そうな顔をしていますが、もしかしてご飯お口に合いませんでしたか?」

 

「いえ、そんなことは。少し昨日の疲れが残っていて。辺境伯への荷物は確かにお渡ししてきます」


「大丈夫ですか? ティアにも言っておくので、辛かったらゆっくり休んでいても構いませんよ?」


 仮に辺境伯のところへ行かなかった場合、この後はまったく違う出来事が起きるのだろうか。だが少しでも現状を知るためには、辺境伯のところへは行かねばならない。

 カノアは朝食を済ませると、一度借りている部屋に戻った。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアは部屋に戻り、改めて前回の出来事を思い出してみる。


「俺はあの時死んだ。いや、正確には殺された可能性が高い。しかもあの姿は……」


 何か人影のようなものと接近し目を逸らした後、体に激痛が走った。

 街道では森で出会った魔物のようなものも確認しておらず、カノアが認識出来たのはその少女だけ。

 カノアは少女の顔をはっきり見なかったことを悔やんだ。いや、見ない方が良かったのかもしれないが。


「そういえば森でティアと初めて出会った時も、俺は何かに頭を撃ち抜かれた。夢でも見ていたのかとも思っていたが、改めてその後のティアの反応や今回のことを顧みても、死んだ後に過去に戻っている可能性が高い」


 死んだら過去に戻る。漫画やゲームの世界ではあるまいし、そんなことが起きるのだろうか。


「……まずは確認出来ることから順番に潰していくか」


 カノアは準備を整えると、午後からティアと共に辺境伯のところへと向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「やぁやぁいらっしゃい。長い道のりをご苦労様。疲れているだろうし、ひとまずお茶にしようか」


 カノアは前回と同じようにメイドのアンナに案内され、辺境伯と面会した。


「君がカノア君だね。話はエルネストから聞いているよ」


「はじめまして、御門カノアです。この度はお招きいただきありがとうございます」


「私はヘロスト・ディヴレーア。堅苦しい挨拶はここまでに――」


 流れは前回と同じだった。自己紹介も同様に行ったとなると、やはり辺境伯も前回の記憶を所有していないと見るべきか。


 自身が殺された可能性を考えると、カノアは近くに敵が潜んでいることも疑わなければならない。

 一回目は夜の森の中で、二回目の街道も周囲が暗く視界の悪い中での出来事だ。

 それを考えると現状アリバイがある人間は一人も居ないと言っていい。


 ティアにしても、一回目は森の中を一緒に歩いていたが何処かに罠を仕掛けて誘導することは可能で、二回目の時もカノアが夕方に辺境伯のところへ行ったこと自体、知っていたのはティアとママの二人だけという状況。


 状況を整理すればするほど、ティアが犯人であることを示唆しているようにも思えてくる。

 だが森の中では、ティアも魔物に襲われた上にカノアを庇って重傷を負ったはず。


(いや、重症と言うよりあれは死んで――)


 ティアを疑うこと自体本意では無かったので、カノアは軽く息を吸い込み気持ちをリフレッシュさせた。

 いずれにしても、まだ容疑者を絞るには早すぎる段階。ひとまず全員を疑ってかかるくらいが丁度良いだろう、とカノアは思った。


「そういえば、メラトリス村の孤児院のママから荷物を預かってきました。来月行われるシノミディア祭で子供たちが着る予定の衣装です。デザインなど問題が無いか確認してほしいとのことでした」


 カノアは手に持っていた手提げ袋を辺境伯へ渡し、ママからの用件を伝えた。


「おぉ、ありがとう! 流石ミカマ……、いや、ママ。仕事が早くて助かる。デザインについては後で確認しておくから、もし何か気になることがあれば改めて連絡させてもらうと伝えてくれたまえ」


 カノアはその後も前回と同じような会話をし、辺境伯からソフィアを借りてティアと共に部屋を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「彼らは外に行ったから、もう出てきても大丈夫だよ」


 辺境伯は一人残った部屋で何かに語り掛ける。

 奥の書斎へと続く扉が開き、無精髭を生やした大柄な男がその姿を現す。


「それで、あいつに何か怪しいところは?」


「そうだね……。正直な所、結構怪しいかな。最初は何か隠している感じはあったけど、嘘をついているという程では無かった。だけど、会話を進めていく内に何かを疑うような思慮が増えているようだった」


「つまり、何かを探っていたと?」


「そう考えていいだろうね」


「となると、やはりあいつはキュアノス王国のスパイってことか!」


「まだそうと決まったわけじゃない。だがいずれにしても、何かに対して疑いの目を向けているのは確かだ。味方だとはっきりしない内は信用しない方が良いだろうね」


「ちっ。作戦までだっていうのに、こんなタイミングで厄介なやつが現れたもんだ」


 その後二人は思慮を深め、今後の計画について会話を重ねていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る