第8話『辺境伯はかく語りき』

 屋敷の中に入ると、一人のメイドが出迎えた。

 カノアたちは辺境伯が待つという奥の部屋へと案内され、それに着いていくように歩く。廊下を突き当りまで進むと装飾の施された扉があり、メイドはカノアたちを連れてきたことを告げ、扉を開けた。


「やぁやぁいらっしゃい。長い道のりをご苦労様。疲れているだろうし、ひとまずお茶にしようか」


 随分と気の良さそうな御方だった。見た目は三十代くらい。この若さで国境沿いの領地を任されるとは、余程権力のある家に生まれているか、何か悪巧みを働いたか。

 カノアは初対面の人間を疑るような目で見るのは邪推だと、その考えを振り払う。カノアは素直に御方の成果によるものと推察することにした。

 カノアとティアが座り心地の良いソファーに腰を下ろすと、やがて紅茶が運ばれて来る。


「君がカノア君だね。話はエルネストから聞いているよ」


「はじめまして、御門ミカドカノアです。この度はお招きいただきありがとうございます」


「私はヘロスト・ディヴレーア。堅苦しい挨拶はここまでにしようじゃないか。聞いているかもしれないが、私は辺境伯の爵位は頂いているが、この国に対して不信感を抱いているのもまた事実。今日は同志として君と話が出来ればと思っているよ」


 上位貴族であるにも関わらず自分の目線に合わせて話をされ、カノアは恐れ入るといった感じだ。


「さて、ティア。エルネストから大体の話は聞いているよ」


 大体の話が通っているなら、わざわざ自分たちが出向く必要は無かったのでは、と思いつつカノアは二人の会話に耳を傾ける。


「ええ、ついに研究所の位置も分かるかもしれません」


「そうか。そうなるといよいよキュアノス王国を糾弾する日も近いというわけだ。ギルドや教会とも連携して念入りに準備を進めておかないとね」


 辺境伯は紅茶で唇を湿らせ、軽くため息をつく。事態が着々と進んでいることに、憂いを感じているようにも見えた。


「ところでカノア君。君は随分と土の魔法が得意だそうじゃないか。私にも少し見せてくれないか?」


「あ、それってエルネストから聞きました? カノアの作ったゴーレムって可愛いから子供たちにも人気なんですよ!」


 ティアは何故か自分の事のように得意気に話をしている。

 カノアはあのゴーレムを自分が作ったものかどうかすら分かっていないので、話を勝手に進められると困るといった表情を浮かべる。


「得意というか、自分では良く分っていないんです。それに今はソフィアを持っていないのでお見せするにも準備が」


「そこは安心してくれたまえ。我が家にはそれなりの数のソフィアを取り揃えてあるんだ」


 準備に抜かりは無いといった様子だ。

 下手に言い訳をすると墓穴を掘りそうなので、カノアは嘘にならない程度に本当のことを話す。


「すみません、実はソフィアの扱いにはあまり慣れていなくて。土のソフィアしかまともに触ったことが無いんです」


「ふむ、今時珍しいね。それなら色々と試してみるかい?」


 カノアは未だ自身の体がどうなっているのかも分かっていないのであまり気乗りのしない話だったが、今は少しでもこの世界の情報が欲しかったため、あまり無茶なことをしなければ大丈夫であろうと虎穴に入る思いで誘いに乗る。


「そうですね、もしご迷惑でなければ何か触らせて頂けると」


「そうかい! それならひとまずは適正を見てみようか。案外、土以外の方が得意かもしれないよ?」


 辺境伯はメイドを呼ぶと、どこからか台座に乗せられた少し大きめの原石ようなものを持って来させた。


「これは純粋な魔素の結晶石、魔晶石と呼ばれるものさ。属性が付与されていないから魔法自体は発動しないけど、精霊の加護を宿している場合はこの魔晶石に反応するからその適性を判断することが出来るんだ」


 魔法が発動しないのであれば、少しは安全だとカノアは思った。

 だが、昨日ティアが『魔素同士が反発したら体が弾け飛ぶかも』と言っていたことを思い出し、まさかそんなことにはならないだろうなと少し委縮する。


 最初は安全だと思っていたカノアだが、魔素の結晶石、それも塊で目の前にあると考えるとソフィアを扱うよりも危険なんじゃないかという気がしてくる。だが魔法が発動しないと考えると、反発も起きない可能性が――。


「カノア? どうしたの?」


 ティアから声を掛けられて、少し考え過ぎてしまっていたことに気付く。


「いや、何でもない。触ってみても良いでしょうか?」


「勿論だとも。そのために持って来させたんだから。手のひら全体で触って、魔法を操る時のように少し力を込めてみるんだ」


 魔法を操った感覚が未だ掴めていないカノアは、闇魔法を使ったときのことを思い出して触ってみた。


「ふむ。反応が無いね? だとすると精霊の加護は持っていないみたいだ」


「えー、カノアならきっと凄い反応出ると思って期待してたんだけどなぁ」


 いつしかティアは楽しんでいた。下手に反応が出て大騒ぎになっていたらどうするつもりだったんだろうと思い、カノアはため息をついた。


「まぁ、加護が無いから魔法が不得意ってわけでは無いからね。特別得意なものが無ければ、その分バランス良く魔法を扱えるって事でもあるわけだし。そこまで気にすることでは無いよ。いくつかソフィアを貸すから外で使ってみると良い。アンナ、彼にソフィアを」


 辺境伯はメイドに言いつけると、綺麗な装飾のソフィアをいくつか持って来させた。各属性のものが揃っているらしく、一通り試してみることになった。


「先に外で待っていてくれ。私も準備をしてから見に行くよ」


 カノアはメイドに案内され、ティアと三人で部屋を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「彼らは外に行ったから、もう出てきても大丈夫だよ」


 辺境伯は一人残った部屋で何かに語り掛ける。

 奥の書斎へと続く扉が開き、無精髭を生やした大柄な男がその姿を現す。


「それで、あいつに何か怪しいところは?」


「んー。特に怪しいところは無かったし、嘘をついているような様子も無かった。何か多少隠している感じはあったけどね」


「隠しごとか。まぁ嘘をついたりしていないのであれば、そんな大した話では無いだろう。それで土の加護が無かったのも本当か? 先日あいつが出したゴーレムは中々の精密さだったぞ」


「小さいゴーレムのことかい? 確かにゴーレムはただ大きければ良いというわけでは無いし、より正確に動かせることの方が重要だから、そういう意味では才能はありそうだけどね」


 カノアたちの居なくなった後の部屋で、二人は何かを吟味するように言葉を交わしていた。

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