第10話

「何?なにか、あった?」

「あ………匂い、が」

華は思わず自分の服を嗅いだ。いつもと変わらないはずだ。きちんと風呂に入り着替えてもいる。なにか変なにおいでもついてしまったのだろうか。

「シャンプーとか、変えた?香水とか」

「変えてない、けど…」

華が使う石鹸類は備え付けの、使用人の方が買ってくれているものだ。自分から別のものに変えてもらったことはない。もちろん香水なんてつけてもいないし、持ってもいない。

「いや…変なこと聞いて悪かった」

裕司はばつが悪そうに、しかし不思議そうに何度か匂いをかいでいた。なにか、変なにおいがしているのだろうか。

華は再度首に手を当てる。顔が熱く、心臓が苦しいくらい高鳴っている。気恥ずかしくなり、華は急いで自室に戻った。




発情期から何日が過ぎたのだろうか。華は起き上がるのも辛いめまいに襲われていた。

数日前から体調が悪く風邪かと思ったが、こんな症状は初めてだった。今日は医師の診察日だ。華の部屋にやってきた医師に症状を伝える。

「目眩と、お腹がムカムカして、辛いです」

華の喉を見て胸の音を聞き、体温を測定して医師は眉をひそめる。医師はしばらく考えたあと、何かの検査キットを差し出してきた。

「念のためこれで検査しましょう。トイレへ、行けますか?」

華は医師に支えられてトイレに向かい、説明を受けて検査キットを使う。すぐに結果が出ると言っていた医師は、検査キットを見て固まっていた。再びベッドに横たわった華は、なにか悪い病気なのかと怖くなる。

「この前の発情期の時、避妊薬を使ったんですよね?」

華は頷く。医師は看護師に声をかけた。

「エコー出して。霧島さん、もう少し詳しく検査しますね。力を抜いてください」

華は短い悲鳴をあげた。華の中に何かが挿入された。医師は何度も角度を変えて確認し、ようやく抜いてくれた。どうしてこの場所から確認するのだろうか。内蔵を圧迫されて吐き気が襲ってきた。

医師は青い顔で長く息を吐いた。意を決した医師が口を開く。

「霧島さん落ち着いて聞いて下さい。あなたは、妊娠しています」

華は医師の言葉が理解できなかった。この人は何を言っているのだろうか。

華は言葉が出ず、首をかしげて医師を見た。

「あなたの今の症状は、つわりです。もう一度お聞きしますが、アフターピル、間違いなく飲まれましたか?」

あの時、裕司が持ってきた薬を間違いなく飲んだ。この医師が渡してくれた薬だ。パッケージも覚えていて間違いない。華は何度も頷いた。アフターピルは間違いなく飲んでいる。

「…父親である方と、奥様にお話しましょう」

(うそだ。間違いなく薬をのんだ。初めてのときと同じ薬…)

初めて発情期を迎えた時はきちんと避妊ができていたはずだ。

華はヒュウヒュウと隙間風のような音を聞いた。どこから聞こえるのかと考えて、それが自分の喉から出ていることに気づいたのは意識を失う直前だった。華の目の前は真っ暗になった。




気がつくと、目の前に裕司がいた。学校はどうしたのだろうか。体を起こそうとして裕司に止められる。視界がグラグラと揺れた。

「霧島さん、大切なお話があります。聞けますか?」

視線を向けると医師がいた。どうして二人が部屋にいるのか。怖くなって華は自分のお腹に手を当てた。

「霧島さんは妊娠を望んでいませんでした。今回は諦めるという方法もあります。ただ、それには期限が…霧島さん、ゆっくり呼吸をして下さい、霧島さん!」

「華!」

妊娠と聞いて、華の体が勝手に震えだした。涙が溢れてうまく呼吸ができない。裕司に名前を呼ばれて顔を向けると、裕司は苦悶の表情を浮かべていた。

「華、ごめんな、あの時、…俺さえいなかったら、こんなこと、」

裕司はきつく華を抱きしめた。裕司の言葉と表情に、華はこれが現実なのだと思い知らされた。

「どうして。僕、薬、飲んだのに…」

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