持つ者の苦悩(3)
「少し話を変えるよ。その、友達について。あんたがさっき言ってた暗号解読者なんだけど……。」
姉が何かを言いかけて躊躇う。珍しいな、とフィルは思った。姉は普段、歯に衣着せぬ物言いしかしないのに。
「……無理やり彼に、交友関係を広げさせようとしないように。」
「それはどういう忠告……?」
「他人が必ずしも、一般的に良しとされているものを求めるとは限らない、ってこと。」
完全に混乱しているフィルに、姉が眉根を寄せながら言う。
「フィル、言い方は悪いけど、あんたはちょっと傲慢なところがある。いや、あんたの性格の話じゃない。無意識にそういう言動を取るところがある。責めてるわけじゃない。あんたは悪いことをしてないよ。」
愕然としたフィルに、姉が顔をしかめて言う。
「あんたは色々と恵まれてる。人当たりの良さも、対人能力も、頭脳も。一般的には顔もそうなんだろうな。質の悪いことに、そのうえで努力ができる。……自分を基準に他人を評価するな。自分ができることが、他人にもできて当然だと思うな。それを言いたかっただけ。」
「いや、そんなことないよ!」
フィルは唖然として言い返す。
「同期はみんな面白いし、僕の人当たりが特に良いなんてことないよ!みんな賢いし!むしろ、僕にはこれと言った得意分野がない。例えばエリオット……暗号解読者の彼は、数学に関しては僕なんか足元にも及ばない天才だ。めちゃくちゃ可愛いし!他にも剣とか、音楽とか、料理とか、とにかく僕を超えた人間が大勢いる。僕が傲慢だったらそいつらは……。」
「フィル、もう一回言うけど、あんたの性格が悪いなんて言ってない。」
フィルの言葉を姉が遮る。
「あんたが裏表のない性格なのは、少し話せばわかる。努力できる人間だということも。そういった自信がお前を輝かせている。持たざる者にとっては、お前の何気ない発言は時に刃になる。そうだな、お前は持たざる者の気持ちが全く分からない人間だ。」
「……そんなことない。大学では、僕は持たざる者だよ……。」
「その謙虚さも、持たざる者を傷つけるよ。」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「ごめん、それは私にも分からない。」
「なんなんだよ!言いたいことだけ言ってさ!」
思わず怒鳴り、我に返ってさっとモニを見る。きょとんとした顔でこちらを見ていた。慌てて笑いかけると、少し怪訝そうにしながらも再び自分の遊びに没頭し始めた。しばらくそれを眺めた。口を開く気にはなれなかった。姉が溜息をつく。
「ごめん。あんたを傷つけたかったわけじゃない。ただ、姉である私ですら、たまに性もなくあんたが羨ましくなる。それだけ。」
ゆっくりと姉の方を向く。申し訳なさそうな様子の姉に尋ねる。
「ちなみに、姉さんは僕のどこが羨ましいの。」
「男性であることとか。」
「……世の中の半分じゃないか。」
「知ってる。ちなみに私自身、私は持つ側の人間だと思っている。その上で、さっきあんたに言ったことを、私がちゃんと気に掛けているかと言われると決してそんなことはない。その、あんたが今すぐ言動を変える必要はない。ずっと変えなくていいかもしれない。でも、今日この会話をしたことを、心のどこかには留めておいて欲しい。……変なこと言ってごめん。今日の夕食はあんたの好きなものにしよう。なんでも食べたいものを言って。」
納得はできなかった。フィルは姉をぎろりと睨んだ。
「……なんでも食べたいものって言うけど、どうせ作るのは義兄さんだろ。」
「まあ、そうなる可能性が高い。サラダとかなら私が作るけど。」
フィルは深く溜息をついた。姉の目を見て言う。
「姉さんが僕のためを思って忠告してくれたことは分かる。でも、姉さんの言葉の意味は、僕には理解できない。……一応、覚えておく。この先ふと理解するかもしれないし。」
「それでいい。年寄りの忠告なんて、全部そんなもんだよ。」
姉が微笑んだ。二人は黙ったまま、ミルクティーを飲んだ。外では雨が降り続いていた。
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