持つ者の苦悩(2)

旧校舎の幽霊について、おおまかに説明する。現実主義者の姉はこういった話に興味を示さないかと思ったが、意外にも質問を挟みながら最後まで聞いてくれた。

「幽霊の噂か。うちの業界にもあるよ。コンペに落ちて命を絶ったデザイナーの霊とか。」

「どこにでもあるんだね。……そのデザイナーの人、かわいそうに。」

「大概の人間は怪談が好きだから。ちなみにそのデザイナーの霊は実在しない。噂はあるけど、うちの会社で自ら命を絶った人間はいない。」

「え、そうなんだ。それは良かった。」

少し拍子抜けした。事件がなくとも、霊の噂は出現するのか。姉は首を捻りながら続ける。

「私自身は、幽霊を信じているわけではないけど、いるとは思っている。」

「どういうこと?」

「そうだね……。」

うんうん唸りながら考え、姉がゆっくり口を開いた。

「物理的には存在しないと思う。でも、概念としての幽霊はある。……という言い方で正しいのかな。言葉にするのって、難しいな。」

フィルは怪訝に思う。

「ええと、空想上の存在、としての幽霊ってこと……?」

「違う、おとぎ話のことでもなくて……。」

「信じている人の心には存在する、ってこと?」

「近いけど、少し違う。なんというか……。」

姉が指でくるくると髪をいじりながら悩む。ふと顔を上げ、ぽんと両手を合わせた。

「例えばさ、モニは幽霊が見えるよ。」

「はあ?」

慌てて居間のモニを見る。平和に積み木で遊んでいる。姉が朗らかに続ける。

「誰もいないところを見て笑ったり、何もない空間を目で追ったりするよ。見えない誰かと喋ったりもするし。面白いよ。」

「いや、それは、幽霊とは違うんじゃないかな……。」

「うん。職場の先輩のお子さんにも、こういう子は何人かいる。頭の中にお友達を作っているんだろうね。成長するにつれて徐々になくなっていくみたいだ。よくあることだよ。ちなみに、フィル、あんたもそうだった。」

「全然覚えていない。」

「だろうね。」

けらけらと姉が笑う。頬杖を突いてモニを眺めながら微笑む。

「別に、家の中に死んだ人間の恨みつらみが彷徨っているとは思わないよ。モニのそれが、幼少期にはよくあることだとも分かっている。でも、ちゃんと視線が動くんだよ。そのお友達の動きに合わせて。何も見えていないとは思えない。幽霊、という単語を使うと違和感があるけど、なにかしらは存在するんじゃないかな。大人の理解を超えた何かが。」

フィルもモニを眺めた。モニは今、ぬいぐるみを正面に置いてごにょごにょと話しかけている。

「ごめん、これ以上の言語化は私にはできないよ。頭ごなしに否定する気は無いってだけ。いないことの証明はできないし。」

「……そうだね。そうかもしれない。」

人智を超えた存在か。あるいは純粋さゆえに視認できる存在か。旧校舎の幽霊はどうなのだろうか。僕は幽霊の行動の結果しか見ていない。アルは気配を感じ取れた。僕とアルの違いはなんだろう。アルの観察力は確かに優れている。でも、それだけでここまで変わるのかな。そういえば、グレンも感じていたな。剣をやっていると、第六感が研ぎ澄まされるのだろうか。

「私たちも昔は子供だったのにね。もう、子供のころの感覚は思い出せない。寂しいね。……あんたはまだ子供か。」

「もう大人です。」

笑顔の姉に向かって口をとがらせる。姉がカップを口に運びながら言う。

「まあ、幽霊が何者なのかは分からないけど、あんたたちがいると思ったんならいるんだろうね。……くれぐれも怒らせないように。死者には敬意を払うように。呪われても知らないよ。」

「それは重々注意します。論文を差し戻されたくはないので。」

厳粛に宣言し、再度姉が笑った。そしてふと真顔になる。

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