調査二日目

翌朝、モニは少し寝坊した。疲れと興奮でうまく寝付けず、深夜までベッドでごろごろと転がっていたのだ。ぼさぼさの髪のまま台所に行く。誰もいない。叔父はまだ寝ているようだ。洗面所に行くのが億劫で、台所で顔を洗う。思ったよりも水が冷たく、ぷるぷると鳥肌が立った。急いでタオルを取り、手と顔を拭く。ともかく、目は覚めた。

紅茶を入れようと小鍋にお湯を沸かす。小鍋を火にかけたところで少し考え、小さいボウルにバターを入れて鍋蓋の代わりに乗せた。

戸棚から強力粉を出し、ボウルに入れる。卵1個と、砂糖、塩、牛乳を目分量で入れ、泡だて器で混ぜる。多少のダマは気にしない。大体混ざったところでボウルのバターを見る。完全に溶けていたのでこれも加える。沸いたお湯には茶葉を入れて3分放置する。

フライパンに油を敷いて過熱し、生地をおたま1杯分流しいれた。くるくるとおたまを回して生地を広げる。フォークで端をつついてはがし、両手で生地をつまんでひっくり返した。裏面も少し焼いて皿に移す。もう一枚を焼き始めたところで叔父が起きてきた。

「おはよう。いい香りがする。」

モニ以上にぼさぼさの頭を掻きながら叔父が言う。

「今日の朝はクレープです。さっさと顔を洗ってきてください。」

「わあい。」

叔父がほとんど開いていない目を擦りながら洗面所に消えた。10秒ほどして「冷たっ!」と洗面所から悲鳴が聞こえた。

叔父が洗面所から戻ったとき、モニはクレープ生地の上にベーコンと目玉焼きを乗せていた。千切った葉野菜を乗せるとそれなりに健康的な朝食に見える。

「僕、モニのクレープ大好き。」

「それはどうも。さあ、頂きましょう。」

朝食を食べながらモニは叔父に尋ねる。

「今日はグリュンワルド家にどうやって取り入るかを考える日ですよね。」

「そうだけど、言い方。」

叔父が顔をしかめる。目玉焼きの黄身をつつきながらモニが尋ねる。

「昨日聞くのを忘れたんですけど、手紙には『お父さんが遠くにいて』みたいなことが書かれていましたよね。実際グリュンワルド氏は不在なんですか?」

「そうらしい。」

「らしい?」

「まず、グリュンワルド家について簡単に説明するね。この街にはいくつか地主がいるが、その中でも最も規模が大きいのがグリュンワルド家だ。」

叔父がクレープを切り分けながら解説を始める。

「街の北西一帯の畑と牧場を所有している。ただ、それだけだと他の家と大差ない。実はグリュンワルド家は子爵位を持つ由緒ある家柄で、この街以外にも複数、土地と産業を持っている。まあ、爵位があるからどうこうという時代でもないけど、それだけ長く栄えてきた地盤は強いってことだね。もちろん首都に屋敷もある。この街にある屋敷は、先代の頃までは避暑地として扱われていた、まあ別荘みたいなものだ。当主は基本的には首都か、製鉄所を擁する東部の屋敷のどちらかにいるべきだろうね。先代が生きていたころは息子一家がこの街に住んでいた。だが先代が亡くなると、新当主となった息子は街を出ざるを得ない。この街の農業と畜産業は、グリュンワルド家にとってはおまけみたいなものだから。」

「そんなことまで年鑑に載っていたんですか?」

「多少はね。あとは、自前の本でも確認した。ともかく、今あの屋敷には奥方とお嬢さんしか住んでいないというわけだ。あとは使用人。」

「でも、どうして家族が離れ離れに暮らしているんですか?屋敷に管理人を置いて、家族ごと引っ越せばいいのに。」

「それはグリュンワルド家の人に聞かなきゃ分からない。一番可能性が高いのは、この街で働く小作人の監督目的だろうね。職場に雇い主がずっと不在よりも、雇い主の奥方がいた方が、働く側としては身が引き締まる感じがするんじゃないか?あとはそうだな……この街が好きとか。」

にこやかに発言した叔父に、モニは思わずぱちぱちと瞬きをする。

「急にロマンチックさを出してきますね。」

「実際この街、いいところだと思わない?空気はきれいだし水はおいしいし、山にはきのこが生えてるし。いろんな街に住んできたけど、僕はここが一番好きだな。グリュンワルド家には一人娘がいる。奥方がここに住みたがる理由が僕は分かるよ。東部なんかに連れて行ったら、きっと遅かれ早かれ喘息を発症するね。」

東部に行ったことのないモニはあいまいに頷くしかなかった。

「さて、テーブルを片づけて作戦会議と行こうか。ヘレナ嬢が僕らを待っているよ。」

「なんだか誘拐の計画を立てている気分になりますね……。」

モニはぼそぼそと呟くと、自分と叔父の皿を重ねて洗い場へ運んだ。

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