第5話 メイド喫茶で相席食堂

「アキハバラー!」


 ラジオ会館の前で、バンザイしながら叫んだのは、うちの相方です。

 ディスカウントストアでいいじゃんと思っていたが、メイド服を買うなら秋葉原だと断言したのでやってきました。

 乃絵美は私服です。制服は目立つ。

 めちゃくちゃ地味な灰色のパーカーと、普通のジーンズにしてもらった。それでも隠せない美少女っぷりだ。

 若々しい肌、健康的なスタイル。眩しい笑顔、元気な動き。

 ここで「おにいちゃーん」と叫んだなら、全アキバの男性が振り向くことだろう。


「アキバ、詳しいんでしょ?」

「まあ、それなりに。とはいえ服を買うとなると店がわからんな」


 とりあえず歩き出す。

 するとさすが秋葉原。すぐにメイド喫茶の呼び込みに声をかけられる。


「ご主人さま~、メイド喫茶いかがですか~」


 こんな超絶美少女が隣にいるのに、よく声をかけたな。

 お前らを眺める必要なんてないわ!


「えー。これがメイドさんか~、カワイイ~」


 メイドさんを褒める乃絵美。

 なんでやねん、お前のほうがカワイイだろ!


「お嬢様もカワイイです~」


 お嬢様のほうが、だろ。間違えてますよ?


「よし、入ろう」

「ええ~!?」


 なんで?

 今日秋葉原にやってきたのは、メイド服を買いに来たのであって、メイド喫茶に入るためではない。

 止める間もなく、メイドさんに連れられて店に入っていく。

 しょうがない……。

 中は丸テーブルが6つほど。メイドさんが3人ほどくるくるお給仕している。メイド服は青かったり、ピンクだったり。俺は黒がいいんだがな……。

 デザインは結構しっかりメイド気味。乃絵美が着たら可愛すぎて死ぬかもしれない。


「「おかえりなさいませ、ご主人さま、お嬢さま!」


 はじめてやってきても、おかえりなさいませ。それがメイド喫茶のルールだ。

 乃絵美はふむりと頷く。


「なるほどねっ」


 なるほどねっ?

 どういうこと?

 乃絵美はメイドさんの案内を無視し、いかにもアキバっぽい雰囲気のアラサー男のところの席に。

 謎は深まるばかりです。


「相席、いいですか~」


 ちょっと、待てぃ!

 なんで相席する必要があるのだ。

 意味がわからなすぎる。


「え? え?」


 オタクさんが困惑してるじゃない。そりゃそうよ。


「わたし、メイド喫茶が初めてなんです。それでいろいろ教えて欲しいんですよ~」


 そうですか。意味はわかりましたが、だとしてもそれはメイドさんに聞けばいいのよ。


「そ、そうですか。じゃあ、どうぞ」

「ありがとうございま~す」


 座っちゃったよ。

 しょうがない、俺も座るか。


「すみません、どうも」

「ああ、はい。お兄さんですか?」


 相方です。ややこしいわ。


「そんなようなもんです」

「むう……」


 機嫌を損ねるな。説明めんどくさいのよ。


「このお店は結構来られるんですか~?」

「そうですね、あのその、まあまあ来ます」


 美少女すぎてビビってるのか。是非も無し。本来一生口が聞ける立場じゃないですからね。


「メイドさんのどこが特にいいですか?」

「そ、そ、そうですね。か、かわいらしいので」

「そうですよね~」


 乃絵美さんはずっと何をしてるんですか?

 オタクがメイド喫茶来てる理由なんて、聞かなくていいだろ。どうせエロい理由だよ。

 

「どこが一番かわいいですかね、服ですかね?」

「服もかわいいですが……仕草とか?」

「仕草か~」


 仕草か~。確かに、なんかイチイチ手を猫にしたり、ハートを作って腰を振ったり。なんか普段しない動きをしてるな。


「口調というか、喋り方も」

「はいはい。そうですよね~」


 確かに。

 普通の喫茶店でウエイトレスがこんな喋り方してたら、炎上するかもしれんよな。語尾がすごいよね。ねっとりしてるというか……そのくらい媚び媚びというか。ブリブリというかね。


「あとはそうですね、スキンシップですかね」

「へえ?」

「握手とかしてくれると、嬉しいですね」


 へえ。そうなのか。

 メイドさんってなんとなく知ってるつもりだったが、いわゆるメイド喫茶のことはそんなに知らなかったな。


「個人的な推しっているんですか~?」

「そうですね、チェキをお願いしてるのはあそこの女の子です」


 チェキ。そういうのもあるのか。地下アイドルとかがやってるのは知ってるが。


「どこがいいとか、聞いても大丈夫ですか?」

「そうですね、まず笑顔が素晴らしいというところと、誰に対しても優しいところ、それにハツラツとした元気さがあるから、僕も元気をもらえるということがありまして」


 オタク特有の饒舌キター!

 それを真面目にメモる乃絵美。なんでなん?

 俺が普通にコーヒーを飲んでる間に、乃絵美はオタクやメイドさんにいろいろ喋ったりメモったりしていた。


「ごちそうさま」

「いいよ、そりゃ」


 確かに相方に奢る理由はないが、まさか女子高生に払わせるわけにはいかない。食えない芸人であっても、社会人だからな。


「メイドさんを演じるにあたって、勉強になったよ」


 真面目だな~。

 演技なんてしなくたって、可愛いだろうに。


「どういうところが男性に好まれるのかもわかったし」


 努力家だな~。

 そのままで最高にカワイイだろうに。


「どう? いろいろ情報が得られたから、ネタ作りに役立つ?」


 !?

 俺のネタ作りのために聞いてくれてたの?

 相席までして!?


「まあな。役立てるよ」

「そ。よかった」


 うちの相方は最高です。

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