8

 零士の言葉に柚子はどうしたらいいか分からなくなる。こんなに真っ直ぐに「好きだ」と言われたことない。こんなにも胸が高鳴ることはなかった。

「……零士さん」

 顔が上げられない。恥ずかしくて上げることが出来ない。そんな柚子の手を取り優しい声で零士は言う。

「すぐに答えは出さなくていい。考えておいて」

 優しさが柚子に降りかかるようだった。

(零士さんが私を……。そんなこと、信じられない。ほんとに?)

 嘘ではないのかとそんな思いを抱えながら、零士に手を握られていた。


 そのあと零士は、たわいもない話をしながら海の見える街を一緒に歩く。さっきの柚子への告白なんてなかったかのような振る舞う。それが余計に柚子を混乱させる。

「ハラ減ったなぁ」

 そう言った零士は柚子に「メシ食いに行こう」と言う。柚子は頷いて零士の隣を歩いていく。


 再び車に乗り込んだふたりは海沿いをまた走っていく。窓を開けていると潮風が入ってくる。暑いんだけどその潮風が心地いい。

「どこに?」

「そうだなぁ」

 零士は少し考えてから丘がある方へハンドルを切る。

 どこに行くのか全く分からない柚子は零士の横顔をじっと見つめるだけだった。

 丘を登って暫くすると白い建物が見えた。ハワイアンな雰囲気の建物。そこはちょっとお洒落なカフェだった。

「かわいい……」

「女の子はこういうの好きだねぇ」

 目を細くして柚子を見る零士は柚子の手を掴み、店の中へ入っていく。

 店の中も想像した通り可愛らしい雰囲気だった。海の近くらしいマリン雑貨が置いてあって、壁紙などは白と水色で統一されていた。

 青や水色が好きな柚子はこの店の雰囲気がとても気に入ってしまった。

 テーブルや椅子だって可愛い。窓にかけられてるレースのカーテンも可愛い。壁にかけられた時計も可愛い。とにかく柚子にとってはこの店のひとつひとつが夢中になってしまうものばかりだった。

 そしてこの店の一角には雑貨やアクセサリーが並んでいた。

「可愛い」

 それらを見て呟いた柚子にくすっと笑う。

(女の子だなぁ)

 そう零士が思ったことは柚子は気付いてない。


「柚子ちゃん」

 零士に促されて窓側の席へ座る。

(こんな可愛いお店知ってるなんて……。やっぱり今までいろんな女の子と付き合ってきたに違いない)

 自分への気持ちはきっと一時の迷いなのかもしれない。じゃなきゃこんなにカッコいい人が……。

 そういう思いが柚子を中を駆け巡る。でもせっかくこうして連れてきてくれてるから楽しまないと悪いという思い、精一杯笑顔でいることにした。


「柚子ちゃんが好きな食べ物なに?」

 メニューを見ながら言う零士に柚子は「特に嫌いなものはありません」と答える。

「また敬語になってる」

「だって……」

 年上の男の人にタメ口は出来ないと心の中で思った。

「仕方ないなぁ。ゆっくりでいいから普通に話して」

 目を細めて言う零士に頷く。

 ゆっくりでいいからと言われても普通に話せる日が来るのかは柚子には分からなかった。



 夕方。まだ少し明るさがある頃に零士の車は柚子の家の近所に停まった。駅までていいと言ったのに零士はここまで送ってきた。

「ありがとうございます……」

 零士の顔をまともに見れない柚子は頭を下げたまま車を降りようとした。

「待って」

 と零士は柚子を引き止めた。振り返った柚子の前髪に触れるとキレイなオーロラ色をした石が付いたピンを留めた。

「え……?」

「うん。似合う」

「これ?」

「あの店で見てただろ?」

「いつ買ったの」

「内緒」

 悪戯っ子のような顔をして柚子を見る零士はにこっと笑う。

「人が来る前に帰りな」

 頭にぽんと手を置いて柚子の背中を軽く押す。柚子はそのまま車を降りた。柚子が降りるのと同時に車は走り去っていく。



(どうしよう……)

 胸のドキドキが止まらない。柚子はドキドキを誤魔化すかのように家までの道を走り出した。

「ただいま!」

 玄関に入るとそのまま階段をかけ上る。部屋の扉とカーテンを閉めて、部屋にある姿見を覗いた。

 髪に付けてくれたピンはオーロラ色の石ではなく、樹脂のようなものだった。あの店に置いてあったものはハンドメイドものなのだろう。

 ピンを外すとぎゅっと胸に抱いた。


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