第23話『お茶会!?』


 パメラの支度が整い次第リンドブルク公爵家の屋敷を出発した。


 護衛の都合から馬車は同じもの使用して欲しいと指示されたため、殿下と同じ馬車を使用している。


「あのう、殿下……」


「なにかな? グレタ嬢?」

 

 流石に成人前の子供とは言っても、男女を二人だけで馬車に乗せる訳にはいかないと、パメラも私の隣に座っているのだが……目の前に座ってニコニコと笑顔で穴が開くんじゃないかってくらいに見つめてくるアルノルフ殿下の視線が辛い。


「……なんでもありません」


 見んなやコラァと言ってしまえればどれだけ楽だろうか、内心ため息をつきながら、後ろへと流れていく馬車の外の街並みを眺める。


 フランシス父様も、テオドール様も私を残してどこに行ってしまったのかな?


 昨日の騒動で疲れているだろうと気を使ってゆっくり休めるように、伝えずに出かけたのだろうなと言う事はわかるけど……できれば一言パメラに教えていって欲しかったと思うのは……きっとわがまま……よね?


 王妃殿下は美味しいお菓子を用意してくださるとおっしゃっていたけど、出来れば屋敷でフランシス父様とテオドールの帰りを待ちたかったと言うのが本音だ。


 とりあえず昨日の騒動で亡くなるはずだったアルノルフ殿下が生きているのだから、ゲームのように王位後継者に エステル殿下が指名される事はない筈だ。


 だけど、どうしてかな?


 黒い霞は見えないのに、心がザワザワと落ち着かないのよね……


 モヤモヤとした違和感に苛まれながら、王城に到着した。


 出迎えにきていた侍女長に続いて移動すると、既に王妃殿下とエステル王女が和やかに談笑しながら、庭園に設置されたあずま屋で優雅に座っていた。


 今回は本当に私的な茶会らしく、私と王妃殿下、エステル王女殿下、アルノルフ王子殿下が座れる分だけの椅子が用意されていた。


「あら待っていたのよ? 早くいらっしゃいグレタ嬢は私の隣ね」


 本来ならば私が挨拶をしてから、許しをいただきカテーシーを解くのだが、ご挨拶の前に来いと言われて椅子を勧められたら、どう対応すればいいのだろうか……誰か教えて……


「……本日はお招きいただきありがとうございます」


 悩んだ末に、カテーシーを決めて最低限の挨拶を口にし、許可が出ているものと仮定して早々にカテーシーを切り上げてアルノルフ王子殿下に手を引かれて王妃陛下に示された隣の椅子へと腰掛けた。


 動きがぎこちなくなってしまったようで、私の行動を見ながらエステル王女殿下が口元に手を当てて小刻みに震えている。


 王女殿下、笑うならいっそひと思いに笑ってください。


 王妃殿下の隣に私、その隣にご機嫌な様子のアルノルフ殿下、アルノルフ王子殿下と王妃殿下の間に座ったエステル王女殿下も幼いアルノルフ王子の拙いエスコートを笑顔で見守っている。

 

「急なご招待になってしまいごめんなさいね、早朝からリンドブルク公爵と小公爵には緊急で登城してもらわなければならなかったものだから……」


 困った様子に首を傾げる。


 一体何があったんだろう?


 手際よくテーブルの前に琥珀色の紅茶が置かれ、目が泳ぐ。


 ミルク……砂糖か蜂蜜ないかしら……


 取り繕ってテーブルの上を探してみたものの、残念ながらそれらしいものは見当たらない。


「母上、ミルクと蜂蜜はございませんか? リンドブルク公爵家で教えていただいたのですが、紅茶に混ぜると大変美味しくいただけるのです!」


 アルノルフ殿下、ありがとうございます!


 王妃殿下がすぐに待機していた侍女に指示を出してくれ、テーブルに並べられた蜂蜜ポットとミルクポットに心の中で感謝を述べながら、さっそく紅茶へ投入する。


「私たちも試してみましょう?」


 私の行動にならってアルノルフ殿下も蜂蜜を私の倍量入れてご機嫌にかき混ぜている。


 その姿を見ながらエステル王女殿下も、王妃殿下も蜂蜜入り紅茶に挑戦するようだ。


「ミルクの代わりにレモンなどの果物を足しても美味しくいただけますよ」


「まぁ、それはぜひ試してみなくてね!」


 しばし、他愛無い話をしていたが、気になることを先に聞いておくことにした。


「あのぅ、王妃殿下、リンドブルク公爵と小公爵が急遽登城する事になったとお聞きしたのですが、なぜですか?」

 

「そうね、あなたには話しておかなければならないわね」


 先ほどまでの朗らかな様子がかき消されるように表情が曇る。


「実は……隣国との停戦が破られてしまったのよ」


「停戦ですか?」


 数年前までこの国は、グリセリア王国と言う名前の隣国と、長らく戦争をしていたらしい。


 その戦争に参戦して留守だったフランシス父様の目を盗み、リンドブルク公爵家に賊が侵入して、赤子だった私を拐われてしまったと聞いたような、グラシアル英雄伝で読んだような気がする。


「停戦協定が結ばれて数年、やっと国内も落ち着きを見せてきたところでしたのよ?」


 くるくるとティーカップの中身をかき混ぜながら、悩ましげにため息を吐き出した。


「そうだったんですか……ではフランシス父様はまた戦地へと赴かなければならないのですね」 


 この停戦破棄の状況で、先の戦いに参戦したフランシス父様は出兵せざるを得ないのではないだろうか。


 ミルクで濁った紅茶は、混乱した私の心の中みたい。


 どれだけ見つめても私の顔を映し出すことはない。


 今、私はどんな表情をしているのかな……


 やっと家族として再会できて、父様、兄様と呼ぶことにも抵抗がなくなってきたところだった。


 それなのに、また離れ離れになるの?


 パメラたちのように良くしてくれる使用人たちは屋敷に沢山いるけれど、フランシス父様やテオドール兄様は世界に二人しか家族なのに。


 リンドブルク公爵家の屋敷で二人の無事を祈りながら、私は平穏に暮らせるの?


「皆揃っているようじゃな」


「はい、陛下。 リンドブルク公爵とのお話はおわりましたか?」 

 

 男性の声が聞こえてきて、食い入るように見つめていたカップから顔を上げる。


 国王陛下の斜め後ろに付き従う様に、フランシス父様とテオドール兄様がすぐそばまでやってきていた。


 ツキンと小さな痛みが首元のアザに走る。


 悪意があるもの、害になるもの、黒い霞の他に昔から私を救ってくれたもう一つの危機察知能力が教えてくれる。


 そうだ、どうして気が付かなかったの!?

 

 思い出せ、思い出すのよグレタ!


 物語のエステル王女殿下はなんと言っていた?

 

 『あの子が私の目の前で毒で亡くなることなく、大人となっていれば、私は貴方の元に嫁ぐことが出来たのに……』


 そう、エステル王女殿下の目の前で毒で亡くなるとグラシアル英雄伝に書かれていたのだ。


 その毒がどのような形で、何に入っていたのかなどの情報が、一切無い。


 思い出した、アルノルフ王子はエステル王女の目の前で毒を……と。

 

 アルノルフ王子が毒殺されるのは、エステル王女の目の前であって、エステル王女殿下と王妃殿下が席を外されていた先日の王妃殿下のお茶会とは別!?


「父様!」


 ツキン……ツキンッ……ズキン……


 まるで警鐘を鳴らす様に、アザの痛みが強くなっていく。


 あたりを見回して黒い霞が無いか探すけれど、見つけられない。


 テーブルの上の茶器も、お菓子もカトラリーも黒い霞のかかったものはない。


 侍女や侍従、近衛騎士にも霞は掛かっていないのに、アザの痛みだけが危険を知らせている。


「父様!」


「グレタ嬢?」


 突然パニック状態に陥った私の様子を不審に思ったのか、王妃殿下、エステル王女殿下、アルノルフ王子殿下が心配そうに私を見ている。


 ズキン……ズキン……


 何か異変を感じ取ったのだろう、フランシス父様が陛下の後ろから進み出てこちらへ走り出した。


 ……あっ、見つけた。


 アルノルフ殿下の後方、生垣の葉と葉の隙間から黒い霞のが見えた。

 

「アルノルフ殿下!」

 

 私は咄嗟に椅子に座ったままのアルノルフ殿下を地面に引き倒し、私とさして変わらない身体をドレスで覆う様にして被さる。

 

 「グレタ嬢、一体何が……」


 困惑したエステル王女殿下の声を風切り音を立てた矢がアルノルフ殿下の座っていた椅子に突き刺さった。


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英雄の愛娘に転生しましたが、お父様の死亡フラグが折れてくれない!? 紅葉ももな @kurehamomona

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