10:呪殺屋と詐欺師2
「とは言え、これは、元々は人を呪い殺すほどの凶悪さは持っていなかったはずだ」
はっとして顔を上げる。
「救われる道がないわけじゃない。それも俺が昨日言ったとおりではあるんだけどね。心当たりがあるのなら、真摯に反省すればいい」
俺はこう見えても、どこかの誰かさんと違って、嘘は吐かない主義でね。嘯いた呪殺屋に、行平は食い気味で問い重ねた。
「どういう意味だ? 反省していないから、呪われるのか? 呪われて、死んでいくのか?」
「半分正解で、半分外れ」
呪殺屋は、お手玉のように人型を放り投げて手遊びをしている。「年頃の女の子は難しいわね」とうんうんと頷いた見沢が、おもむろにタロットカードを切り出した。
そちらに目をやって、けれど、行平は呪殺屋に視線を戻した。縋る気持ちで続きを待つ。
「呪われる、ということは理由がある。世間一般的に正解かどうかはしれないけれど、仕掛けた人間にとっての絶対だ。つまり」
もったいぶるように、言葉が一度止まった。
「少女Aは呪殺を行った誰かの恨みを買った。それは間違いがないし、昨日の様子から見ても自覚していたはずだ。呪いの人型を創った誰かは、彼女に贖罪の気持ちを持ってほしかったんだろう。少なくとも、最初は。ただの脅しだったんだ。だが、彼女は自戒しない。それどころか私は悪くないと開き直る始末だ。そして」
人型の首の部分に呪殺屋が指先を当てる。その指が、トンと首を落とすような動きを見せた。また背筋がぞわりと粟立つ。
「受けどころのない恨みつらみが溢れ出した」
これでお終い、と薄く笑うと、呪殺屋は人型を放り投げた。
過たず飛んできた人型を受け取った行平は、じっと見つめた。救われるはずだった道は、彼女の身勝手さによって閉ざされたと言いたいのだろうか。
行平は、明島恭子を知らない。本当にいじめがあったのかどうかも知らない。だから、唯一、この目で見、言葉を交わした、鳴沢英佳の立場に寄っている自覚はある。
呪われるだけのことを、彼女はしたのかもしれない。けれど、だからと言って、殺されていいとは思うことはできなかった。
「止められないのか」
「あの様子だと、少女Aに反省はないよね。そうなると、呪術者に直接交渉するしか道はないかな」
呪術者。脳内で反復して、行平は齟齬を噛んだ。溌溂として、気の強そうな鳴沢英佳。彼女と「呪術」はまったく似合わない。けれど、彼女は呪われている自覚があったのだ。
そして、おそらく、――誰が自分を呪っているのかということも知っている。ただ、そのことを口にすることはできない。口にすれば、自分が悪者になると知っているから。
「いじめ、か」
呪殺屋はなにも言わない。鳴沢英佳と諍いを起こしていた少女は、無気力で無表情だった。彼女もまた、いじめを受けていたのだろうか。それとも、いじめられていたと推測される明島恭子の真実の友だったのだろうか。
明島恭子の呪いでないのなら、呪術を仕掛けたのは彼女なのだろうと行平は思った。
「子どものいじめは他愛無いのに残酷で、無邪気なのに達磨式にエスカレートしていくわ」
そっと息を吐くように、見沢が笑む。
「あたしのところにも、たまにその手の相談がくるの。逃げたくても逃げられないのよ。彼女たちにとっては、自分を取り囲む狭い世界がすべてなの。そこから逃げることは、自分を殺すことと同義なのかもしれないわね」
「呪殺屋」
行平は、ひたりと呪殺屋の瞳を見据えた。
「おまえだったら、呪いをかけた人間に会えば止められるのか」
「誰が呪いをかけたか、滝川さんは知ってるの? 昨日の様子だと、少女Aに鉄槌が振り下ろされるまでの猶予はあまりなさそうだけど」
「おそらくは。それで、おまえはできるのか」
呪殺屋の瞳が行平を見返してくる。子どものようにも狡猾な老人のようにも見える、不思議な瞳。
「できるよ」
呪殺屋は軽く請け負った。
「俺は呪殺屋だからね」
「なら……!」
「ただ、呪殺屋だから、見返りなしには難しいな」
当初の台詞との矛盾に行平が口を挟もうとした瞬間、呪殺屋の目に微かな喜色が浮かんだ。
「あんたが望むなら、してやってもいい」
人型に触れていた右手が、熱を帯びたように痛む。その熱を無視して、行平は呪殺屋に宣言した。
「無視はできない」
あぁ、結局ここに戻ってくる。行平は思った。諦めの境地に立ったみたいだった。相沢さんの言うとおりだ。俺は、非科学的で非合理で、そのくせ問答無用に日常を蝕んでいく不可思議を憎んで、求めている。
「俺にはできない」
「へぇ」
呪殺屋が笑った。
「あんたらしい」
「お話がまとまったところで、ひとつ確認したいのだけれど。ゆきちゃんは、その呪術者がどこにいるか知っているの?」
タロットカードを並べながら問うた見沢に、行平はあっと短く叫んだ。顔はわかるが、名前さえ知らない少女をどうやって探せばいいというのだ。
「あんたらしいね、滝川さん。超突猛進でまるで猪だ」
呆れ顔の呪殺屋に八つ当たり気味に「黙れ」と小さく叫んで、頭を抱える。
――いや、だが、待てよ。
真面目そうな少女だった。規定通りに着こなされた制服に、中身のずっしりと詰まった重たそうな鞄。
地面に散らばった複数の教科書。あの独特な色表紙は、参考書か、あるいは塾の教材か。記憶を辿るうちに、手を伸ばそうとした先の本の表紙映像が鮮明になってきた。
「まほろ塾……」
「塾?」
眉を上げた見沢に、行平は繰り返した。
「まほろ塾。そう書かれた教材を持ってたんだよ、その子。学校帰りに塾に通ってるのかもしれない」
「このご時世、学習塾なんて商売、どれだけの数が展開されてると思ってるのよ。――でも、そうねぇ、折角だから、あたしも出血大サービスで探し物を手伝ってあげるわ」
鼻歌まじりに、見沢がタロットカードをふわりと宙に浮かせた。一枚、二枚、三枚。
詐欺師お得意のマジックである。理屈はわからないが、行平はそう思うことにしていた。たぶん、きっと、酸化させたワイヤーかなにかで天井から吊るされているのだ。
「あら、塔の正位置と、法王の正位置に、審判の逆位置じゃない」
茶目っ気たっぷりに見沢が片目を閉じる。
「良いカードばかりよ、ゆきちゃん。彼女にとっての終焉ばかりだわ。そしてここに、あなたのカード、逆位置の月を重ね合わせれば、……そうね。神ちゃんふうに言うならば、あんたの行動と判断で、危機はすべて回避される、だわ」
瞳を瞬かせるしかない行平に、呪殺屋が「さて」と錫杖を手に立ち上がった。
「行こうか、滝川さん。あんたが思った通りで、それが正しい」
「呪殺屋」
思わずのていで応じると、「見沢の占いは当たるからね」と昨日と同じ台詞を呪殺屋が口にする。
「あんたは大丈夫だ。なぜなら」
「なぜなら?」
含みのある言い方に首を傾げる。呪殺屋は、しゃなりと一度、錫杖を鳴らしてみせた。まただ。瞳の芯が猫のように金色に似た色を灯す。その瞳が、自信満々な笑みを刻んだ。
「俺がついていくからね」
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