第9話 奈落 どん底からの帰還・・

 真冬、山形県鶴岡市の駅近くの下水工事現場で作業を監督するよう依頼され、シゲルくん、工法指導という体制で着任したことがあります。東京支店に在籍中、新潟県にてやはり真冬の日本海に面した現場で、横殴りの吹雪の中で作業してたこともあるので、九州育ちのわりには寒さはさほど気にしていませんでした。また、現場の控室も宿泊する旅館の離れみたいな場所を、すぐ近くに用意してもらっていたので気が楽だったみたいです。ただそこは、畳で30帖分くらいはあろうかという板張り倉庫の片隅に、長机が2つおいてあるだけですき間風はヒューヒューでした。


 新工法の指導が主体だったのに、他の現場でお世話になった先輩社員からの作業伝達で、①必要な機材が出払っていてスケジュール的に殆どそろわない、②人員的にもベテラン作業班が年度末で不足して、経験の浅い地元の方しか手伝えない、③工期に余裕がないので役所から早めの完成をお願いされている、などの無理難題を伝えられたのです。後々考えれば、この時点で「それなら、先ず施工は無理だと思いますので、お役所に施工時期の調整をお願いして下さい・」と進言し、工事に着手しなければ良かったのです。


 ですが、残念なことに当時の発注者と受注者は完全に主従の関係にあった上に、社内でも同じで、上の発言はほぼ100%反論できない時代でしたので、与えられた条件でとにかく無事に竣工できるよう祈ったのです。

 結果的には、工程通りの順調な作業は殆どできないうえに天候にも恵まれず、残念ながらシゲルさんが計画していた出来栄えとはなりませんでした。


 一日の作業を終えて控え室の広い板張りに帰って、一人きりで色々考えてると、どんどん悪いほうに思考が動き、どうしたら改善できるかなどと思うことすらできなかったのです。そんな日が数日続いたことから、いよいよ行き詰まってしまい、これはもう全てをぶん投げて死んだほうが気が楽やな~などと、声に出してしまったのです。もちろん今みたいに携帯電話で相談できるはずもなく、心のすき間に寒さだけが深々と感じられたのです。落ちこんでしまい大の字になったシゲルくん、暫く目をつぶっていた時、”ハッ!”と背筋が固まり、故郷にいる両親の事が瞬間思い浮かんだのです。まさにお告げみたいな感じで、故郷(ふるさと)を離れて大学に入るとき、そして4年後に再度社会人として東京に着任した時に送ってもらった際の顔が浮かんだのです。うっすらと涙も出ていたかもしれません。

 「こりゃいかん!お前はなんば考えよっとな、今が絶対底の底のどん底やけん、今

  からは必ず上向きになる!悪くてもそのまんまたい。ちゃんと生きとるたい!」

と自分に言い聞かせて、溜まった書類をほったらかし、小雪の中すぐ旅館に帰り普通に風呂入ってビールを飲み、ぐっすり寝てしまったのです。


 その後は、先輩社員や支店の課長、そしてお役所の担当者の協力などもあり、何とか竣工検査に繋げられ、無事に本社の方へ何事もなく帰任できたようです。


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