第2話 #寿退社 #可愛い後輩
「
雑誌制作会社に勤めて丸五年と一ヶ月。事務所内で、左にブルーとホワイトで統一された花束を抱え、同時にその反対側の腕に泣きつく後輩を宥める。
同郷の後輩でもある彼女は、どうやら『縁凪ちゃん、結婚おめでとう♡』と書かれたアルバムを脇に抱えたまま、私に渡す役目を放念しているらしい。
証拠に、遠くからこちらを見据える同期の
「あおいちゃーんっ、本当に辞めちゃうんだよー」
「広告宣伝部はセンパイ無しじゃやっていけませんよ……!天職だったじゃないですかぁ!」
あおいちゃんの言葉に苦笑を浮かべながら、辺りを見渡す。
最後の挨拶を終え、拍手喝采の手順も終えた同僚たちは、揃いも揃って同じ
土日も事務所に缶詰めで働き者の
「せっかく同じ会社に入れたのにぃー……」
「あおいちゃんなら、私がいなくても大丈夫だって。ね?」
「無理です~~~」
このやりとりも三巡目に突入。さすがに周りに申し訳ないので、吉岡に「そろそろ助けて!」と視線を送ったけれど、ふいっと器用に
二週間前、私の薬指に通されたプラチナが羨ましいんでしょう。そうに違いない。
「どうしても続けられないんですか?ここの仕事」
「うん。ごめんね。相手が旭川の方に出向で——、」
そろそろ元さんと皆を解放してあげなくちゃ。と、あおいの肩を摩りながら視線を流す。
その先で、一角だけ窪んだ住処に向かい合った、二つの影に目が止まる。最終日まで変わり映えのないその光景を、私は感情もなく見据えた。
「やっぱり駄目なの?どうしても“人”は」
「駄目です。すみません」
あおいと同期にあたる男の後輩が、器用に頭を垂れている。他部署ではあるけれど、広いオフィスではないのでやり取りは丸聞こえ。主語のはっきりしない会話だけど、内容は耳にタコだった。
明日からも写真部では、あの不毛な攻防戦が続くのだろうか——。
フォトグラファーなのに、人を撮る仕事だけは絶対に受けない後輩・
「センパイ?どうかしました?」
「ううん、なんでも」
八坂くんは勿体ないなぁ、と嘆息を漏らしながら、彼と同期のあおいに首を振った。
「そうだっ。縁凪さん、ミンスタは続けますよね?!」
あおいが縋るように言う。
「個人の? 続けるよ。
「悪用しちゃ駄目ですよ?」
「もうっ、だから入れないんだってば。パスワード変えちゃったでしょ?」
「えへへ、そうでした」
ようやく冷静になったあおいに安堵したのか、同僚たちの顔が綻ぶ。それどころか、
「縁凪ちゃん、アカウント教えて」
と女子たちのスマホが渋滞した。同時に、男性社員はここぞと言わんばかりに椅子を引く。元さんは早々に目薬を差していた。
「QRでいい?」
「大丈夫ですよ~」
蛍光灯に向けて瞬きする元さんの傍ら、私は慣れた手捌きでアプリを起動する。
minstation——。通称『ミンスタ』と呼ばれる人気のアプリケーションだ。
幅広い世代に愛用されるSNSの一つで、投稿の鍵になるのは映える写真。綺麗な景色やおしゃれなデザートを前に誰もが“
「ねぇ、すごいね?!縁凪さんのフォロワー、一万人超えって」
「縁凪センパイはうちの島自慢のマドンナですから~」
「なんで
囲まれるなか、あおいは「センパイは私の自慢なんです~っ」と再び腕に巻き付いた。正直、満更でもないところがある。
《ユーザーネーム ena》
《フォロー 786 / フォロワー 11,589》
その数字に表れている通り、ミンスタは私を認めてくれる。
適切な角度や照度、自分を魅せるカラーと組み合わせ。広宣部で培った、SNSでウケる構文と構図を起こしながら投稿することがとても好きだった。
フォロワーが跳ね上がったのは、プロポーズをされる場面の投稿からだ。正直「これはバズるな」と思ったし、賞賛と羨望に溢れるコメントに心は満たされた。
その後も、ブライダルエステや婚約者とアクセサリーを選ぶ過程、式の進捗を伝える投稿を続けて、今ではすっかりインフルエンサーの仲間入り。“ena”での活動は、想像以上の反響を得ることになった。
特に「素敵」「綺麗」「SO PRETTY!」と謳ってくれる全世界の声が快感だ。かつて島中の声では決して慢心しなかった私も、努力を重ねた今は素直に称賛を受け止めた。
可愛い自分を思う存分に公開して肯定できる。何より、自分の
だって私は、私にしかない価値で輝ける
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