54.海から来るもの
フーチェンでは結局、俺たちを日本まで運んでくれる船は見つからなかった。
向こうの地球の地理で考えれば、朝鮮半島まで北上してから日本へ渡る方法を探すのが、距離的に考えれば一番可能性としては高そうだ。
だが、問題はこちらの世界での地形だ。地図で見たこちらの台湾が小さいように思えたのが気のせいでないと判った以上、こちらのイタリア半島の南東部がバッサリと海没していたように、朝鮮半島が大きく変化していても不思議ではない。
そう考えて、確認のためにタブレットを亜空間から取り出し、野外へ出る。すると、電源を入れて起動が完了するやいなや「ポロロン、ポロロン」と、タブレットが今まで聞いたことのない音を発した。
画面下部をタップしてバーを表示させると、今まで目立たなかった一番右側のアイコンが赤くなって自己主張している。タップすると、表示されたウィンドウに、ルーメンで習った文字でメッセージが表示された。システム内の言語は日本語化できても、外部から送られたメッセージを翻訳してくれるわけではないようだ。
それは、向こうのアルファベットで表記するなら『Destination notitia accepit』。最初の単語は、英語そのままなら『行き先』とか『目的地』だろう。次はパッと思い出せないので飛ばして、最後が確か『受け取った』というような言葉。
――目的地の何かを受け取った。
とりあえずは深刻な不具合の告知などではなかったことにホッとする。そして、メッセージの意味を考えるが……分からないのでメッセージをタップしてみる。すると、元より起動するつもりでいた地図アプリが立ち上がる。
現在位置を中心に、中程度の縮尺で表示された地図。その、現在地の北側に、今までは見なかった赤いマーカが明滅している。地図を拡大してみると、それほど遠い場所ではないようだ。
――さて、これをどう受け取るべきか。
先ほどのメッセージから普通に考えれば、このマーカが指す場所が『目的地』なのだろう。
だが……この、ちょうど困っているタイミングでこのメッセージが届いたことが、何というか、気持ち悪い。まるで監視でもされているかのようだ。
ただ、ルーメンで『太陽神の書』と呼ばれていた端末には、予言めいたメッセージが届く、ということも思い出す。これが、そうなのだろうか?
目が覚めたら真っ暗な場所、そこからようやく出られたら、周囲にあるのは何にも無い荒野。あそこでアントーノたちに出会えなかったら、俺たちはどうなっていたことか。改めて考えたらぞっとする。最初こそ不安もあったが、彼らが来てくれたことが、俺たちにとってどれだけ有り難かったことか。そして、そのアントーノ達の行動は、端末に届いたメッセージに従ってのものだった。
そう考えれば、俺もこのメッセージに従うべきなのだろう。
従うことによって、俺たちが救われるのか、あるいはアントーノたちが俺らにしたように、俺たちが誰かを救うのか。だが、どちらにしてもそれは、従うべき理由を補強するものだ。
何かの罠、という考えも頭を過ぎるが、俺たちを呼び出して罠にはめたとして、この世界でそこに利を得る存在というものがまるで思いつかない。
ならば、やはりメッセージに従って、このマーカの場所を目指すべきだろう。
そう決めてしまえば、のんびりしている理由もない。最低限の準備を整え、翌日にはフーチェンを発った。
北には何があるのか。フーチェンで何人かに聞いたところほとんどが「二日も歩けば『チューチァン』だ」という答え。ただ一つ、「半日も行かない北の海沿いに『墜落以前』の遺跡の一部が残っている」という話を聞けた。
右手に海を見ながら北上するうち、眼前にフーチェンで見た木造建築とは明らかに異質な建造物が現れたのと、地図のマーカの位置に到着したのは、ほぼ同時だった。
おそらく話に聞いていた遺跡だろう建造物は、海の方へ向かって緩やかに下っていく坂の途中で地面から突き出すように現れていて、ずっと海上の先まで伸びている。
坂の上側に立って、建造物を少し見下ろす角度から眺める。その印象を一言で言うなら『高架道路』だろうか。
幅は大雑把に見て六車線から八車線ほど。ただ、両サイドには、壁から少し離れて、だが車が通るにはやや狭い位置に朽ちた手すりのようなものが見えるので、そちらは歩道部分かも知れない。そんな道路が海の上に向かって真っ直ぐ延びていく光景は、少しアクアラインや海ほたるを彷彿とさせる。
道路自体は普通のコンクリートに見えるが、よほど頑丈な素材なのか、あるいは魔法的な保護があるのか、遠くから見るぶんには目立った損傷はないようだ。
もう少し坂を上って、さらに高所から俯瞰すると、どうやら道路は海の向こうにぽつんと見える小さな島まで伸びているようだ。
ただ、地図のマーカは海上にはない。ここから見る限り、やはりタブレットの表示する地図よりも実際の地形は海に侵食されているようだが、それでもあの島までの距離を考えればマーカがあそこを指しているとは思えない。つまり、この道を辿ってあの島へ向かう必要ははなさそうだ。いくら見た目は健在でも、内部がどれだけ劣化しているか判らない道路を歩くには勇気がいくらあっても足りないので、ちょっとホッとする。
再び坂を下り、その“遺跡”に、一応警戒しつつ、直接触れてみる。が、やはり何も起こらない。この辺りに近づいたときに魔素溜まり特有の違和感がなかったので、そうだろうとは思っていたが。『遺跡』と言っても、ここは本来的な意味でのそれなのだろう。
海の方へ近づいていくと、徐々に道路を支える柱が姿を現してくる。柱も上部と同様にコンクリート的な質感に見えるが、一部、崩れ落ちて中の鉄骨(その金属の種類までは判らないが)らしきものが顔を覗かせている。……やはりこの上を歩かないで正解だったようだ。
海際には、小さな砂浜があった。今の水位になったのがどれほど昔か知らないが、少なくともささやかな砂浜を作り出す程度の年月は経っているようだ。おそらくは、道路を飲み込んだ土砂も、それ以上の長い年月を経て積み重なったものなのだろう。
この世界では珍しい、だが、俺には理解できる建造物。それが土砂に飲み込まれるほどの年月。
――たとえここがパラレルワールドの地球だとしても、俺が生きていたはずの時代は遠い昔なのだ。
そんな思いに、感傷とも感嘆ともつかない感情が胸に去来する。これは、どういう感情だろう?
「あっ! 何か来る!」
俺がその感情の正体を掴む前に、そのミラの声によって現実に引き戻された。
ミラが指さす海の方を見れば、確かに、水を掻き分けて海上を走る――船。それがこちらへ近づいてくる。まだ遠いが、それはかなりのスピードで航行しているように見えた。
充分に距離が縮まって、その全容が知れると、それは俺の知識ではクルーザと呼ばれる船であるように見て取れた。……マニャ・フラトで運航する大型船のように、過去の遺物なのだろうか?
水位の問題だろうか、少し離れた海上に停止した船。そのバウ(先端部)に、人が姿を現した。体格は細身で、女性に見える。長い、ポニーテールにした黒髪が、ふわり、と風になびく様子が、不思議と印象的だった。
「おおっ! ほんなこて人がおるっ!」
その人物が上げた声は、少し解らなかったけど、それでも確かに、日本語だった。
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