第57話 狂気のティーパーティー

 ティティはカップに紅茶を注がれた紅茶を優雅な所作で口に運ぶ。誰がどう見ても貴族のご令嬢そのもので、孤児院でみんなと大笑いしていたあの頃の面影はどこにもない。


 きっとここに連れてこられてから、ものすごい努力をしたんだろう。


 そんなことを考えていると、ヴァレンティーナが口を開いた。


「ねえねえ、セレスティアちゃん。うちのファウストなんてどう? セレスティアちゃんったらとっても綺麗だし、うちのファウストも適齢期でしょう? だからとってもお似合いだと思うの」


 これは、お見合いの打診か? ファウストっていうのはたぶん、この女の息子ってことだよな?


 ……貴族のご令嬢となったティティの結婚は、やはりこうやって決まってしまうのだろうか?


 貴族の結婚はそういうものなのだろうと頭では理解できるが、やはり胸がチクリと痛む。


 だが、俺はティティの返事に耳を疑う。


「ファウストお兄さまにはとても感謝していますが、今はまだそのようなことをお話する時期ではないでしょう」

「そう? 家族だしいいと思ったんだけど」


 お、お兄さまだと!?


 まさか、こいつは血のつながった兄妹での結婚を勧めていたのか?


 いきなりの衝撃的な会話に唖然あぜんとしていると、新たに三人の女性がやってきた。そのうちの一人はティティと同じ縦長の赤い瞳だが、黒髪で顔立ちもまったく似ていない。しかし見るからにお淑やかそうで、これぞまさに貴族のお嬢様という雰囲気を醸しだしている。


 残る二人は普通の青い目をしているが、やはりお嬢様然としているのできっと貴族なのだろう。


 そんな彼女たちをティティたちは立ち上がって出迎えた。


「ごきげんよう。あら、セレスティアじゃない。貴女も来ていたのね」

「はい、ロザリナお姉さま。ヴァレンティーナおばさまにご招待いただきました」

「ふうん、そう。あら? あれが貴女のペットかしら?」

「はい。お父さまからいただきました。名前はイヌです」


 それを聞いたティティの姉らしいロザリナは優しく微笑む。


「そう。いい名前じゃない」


 そう言って俺のことをジロジロと観察してきた。それから俺に近付き、ペタペタと触り始める。


 不快だが、ここは我慢するしかない。


 暴れたくなるのをぐっと堪えていると、ロザリナはとんでもないことを言いだした。


「ねえ、セレスティア。このイヌ、わたくしに譲って下さらない? コレクションに加えたいんですの」


 は? コレクション? この家では人間を物扱いするというのはよく分かったが、妹が父親からもらったものを寄越せと姉が言うのか?


 しかしティティに動じる様子はまったくない。ごく普通の表情で、まるで何気ない日常会話をしているかのように返事をする。


「ロザリナお姉さま、申し訳ありません。お父さまから、このペットを躾けるようにと命じられておりますので」

「あら、お父さまから直接? なら仕方ないですわ」


 あっさりと諦めたロザリナは俺から離れ、ヴァレンティーナを挟んでティティとは反対側の隣の席に着いた。


 するとようやくティーパーティーが始まった。どうやらロザリナの到着を待っていたようだ。


 それから彼女たちの会話を聞いていて分かったのだが、どうやらロザリナと一緒に来た二人の女もティティの姉で、それぞれアンナとサラというらしい。


 ただ、気になることがある。二人は姉であるにもかかわらず、ティティに対してへりくだった態度を取っていることだ。


 やはり前に聞いたとおり、この家においてあの赤い瞳は何よりも価値があるということなのだろう。


 ということは、このロザリナとかいう女が後継者になってしまうとティティは殺されてしまうはずだ。


 それなのにこんな風にティーパーティーをしているなんて……ん? 待てよ? そういえば男が後継者になると、残された女は妾にされるんじゃなかったか?


 ……なるほど。それでさっきのお見合い話になったというわけか。胸糞悪い。


 そうこうしていると、ここからガゼボを挟んでちょうど反対側に黒い布を被せた巨大な四角い物体が運ばれてきた。するとヴァレンティーナが立ち上がり、声を張る。


「さあ、皆さん! ご注目ください。今日は我が息子、ファウストの素晴らしい研究成果をお披露目したいと思います」


 その声に参加者たちの視線が一斉にその物体へと向く。


「さあ、どうぞ!」


 その声と共に布が取り払われた。


 四角い物体はどうやらケージだったようで、その中には……ええと、あれはなんだ?


 ディノウルフ……のような? いや、違う。見た目はディノウルフによく似ているが、何か黒いオーラのようなものを薄っすらと身にまとっている。


「これはディノウルフをベースに強化したモンスターです。今日は、愚かにもマッツィアーノ公爵家に逆らった冒険者を使い、その強さをお見せしましょう」


 それを聞いた参加者たちは目を輝かせ、口々にファウストとやらを称賛する言葉を並べ立てる。


 ティティは……まるで興味がないようで、無表情のままティーカップを口に運んでいる。


「続いてその冒険者は、これです」


 続いて人が一人入れそうなサイズの四角い物体が運ばれてきた。すぐに幕が取り払われる。


 幕の下には金属製の檻があり、その中には……えっ!? ケヴィンさん? あれは、ケヴィンさんだよな?


 え? いや、ちょっと待て! どういうことだよ! なんでケヴィンさんがあんなところに!


 思わず暴れ出しそうになるが、ギリギリのところでそれを堪える。


 ダメだ。今ここで暴れても勝ち目はない。


 それにケヴィンさんは剣を持っているんだ。ディノウルフごときに負けるはずがない。


「まあ! 立派な体ね!」

「本当ですわ。わたくし、あれもコレクションにしたいですわ」

「ロザリナちゃん、これが終わったら譲ってあげるわ」

「まあ! ヴァレンティーナ、本当ですの? 嬉しいですわ」

「もちろん。さあ、皆さん! せっかくですから、どちらが勝つか、賭けてみてください」


 目の前のやり取りが信じられない。


 モンスターを強化して、それとケヴィンさんを戦わせる? しかもそれを賭博に? 終わったら譲る?

 

 こいつら、本当に人間なのか?


 やがて賭けが終わり、モンスターとケヴィンさんの試合が始まる。


 大丈夫だ。ケヴィンさんは俺たち黒狼のあぎとのリーダーだ。負けるはずがない。


 俺はそう信じ、固唾をんで見守るのだった。


================

 次回更新は通常どおり、2024/01/12 (金) 18:00 を予定しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る