第三夜:髑髏は望まない。

第一幕 軒下にて

「学校裏の更地か~。この前レン君に体操着を届けに行った時に初めて近くまで行ったけど、オレはあそこ好きじゃないなぁ」

 ラムネの瓶をカラカラと鳴らしながらそう言ったのは夜笛だ。

 夏休みに突入し、八月の真っただ中。世間一般で言うお盆期間になったというだけあって、外は霊や妖が元気いっぱい溢れかえっている。蓮夜が行きつけの駄菓子屋の軒下でラムネを飲んでいたところ、たまたま通りがかった夜笛が美味しそうだというもんだから御馳走してやった。中身のビー玉が取り出せないことが少々不満らしい。空き瓶ごと持って帰りそうだ。

「夜笛がそういうなら、次の怪異はやっぱりあそこかなぁ……ロクロウも怪しんでたし」

「ってか、そいつ! レン君と最近一緒にいる男、あれ何⁉ 悪霊じゃん!」

「えーっと……僕の使命と彼の利害が一致したから契約して手伝ってもらってるんだけど……」

 苦笑いでなんとかやり過ごそうとするが、夜笛は実に不満そうにラムネの瓶を振り回す。

「契約したなんて何やってんのさ~。危ないかもだよ?」

「大丈夫だと思うよ。最初こそ乱暴な出会いだったけど、何だかんだで助けてはくれる。それに、七獄の年をどうにかするのが最優先だって考えたら、契約したことは間違ってないと思う」

 残りも三体だしと、きっぱりと言い切る蓮夜を見て、「本気かよ~」と夜笛が頬を膨らませた。

「でも、あんまり害があるようならあの悪霊、オレがどうにかしちゃうからな」

「いやいや穏便に頼むよ……」

 ラムネの最後の一口をあおってふぅと息を吐く。軒下とはいえ昼間の日差しは暑いなぁとぼんやり考えていると、ふいに目の前が陰った。誰かが目の前立つ気配がして顔をあげて目を細める。逆光になって姿こそシルエットでしか把握できないが、声ですぐに誰かわかった。

「蓮夜じゃない、こんなところで休憩?」

 ピンクの半袖シャツに白の短パンという私服、髪の毛を緩く一つに束ねた姿は深雪で間違いなかった。足元のサンダルが涼しそうだ。

「あ、うん。図書館に行った帰りなんだ。ここでラムネ飲むのが好きで」

 アケビは一緒じゃないのかと問えば、「アケビは今満春と一緒に夏越あんたの家よ」と答えが返ってきた。そういえば背中の痣を一度祖母に見せると言っていたなと思い出す。

「おいおいレン君、この美しいお姉さま誰だい?」

 二人のやり取りを横で眺めていた夜笛が、蓮夜の肩に腕を回しながら楽しそうに言う。美しいという単語に深雪が一瞬嬉しそうな顔をしたのを蓮夜は見逃さなかった。

「そういえば夜笛は初めて会うよね。こちらは逢坂深雪さん。僕の一つ上の学年で二年生だよ。軽音楽部ですごく人気者なんだ」

 手を深雪の方に向けてそう紹介してみれば、深雪はどうもと丁寧に頭を下げた。夜笛は夜笛で何か珍しいものを見るように目を輝かせて「へー!」と頷く。

「深雪ちゃんか~名前も素敵なんだなぁ! オレの名前は夜笛! 放浪癖の強い妖怪! 神出鬼没だけど仲良くしてよ。 しっかし、オレの気のせいか……深雪ちゃん、どことなく人間とは違う気がするんだけど……?」

「さすが妖怪、鋭いのね。ご名答、私もう死んでるの。でも色々あって……実体化して今はまだ高校生として生活してるわ」

 なんてことない風に深雪はそう言うが、蓮夜は内心深雪が傷ついていないか心配だった。夜笛は妖怪であるゆえに、空気を読まないところがある。

「そうなのか! じゃあオレと近い存在? 仲良くできそうだな~」

「そうね。あなた放浪癖が強いなら色んな場所行ったりするんでしょ? 今度色々お土産話聞かせてよ。私、生きてる時に旅行とかあんまり縁がなかったのよね」

 そう言って笑う深雪の表情を見ていると、確かに満春となんとなく似ているなと思う。しかし深雪はこの暑さの中、汗をかいていない。ああ、本当に見た目は生きている人間でも……彼女はもう死んでいるんだと……胸の奥が少しチクリとした。

「さて、ラムネも飲み終えたし! オレ散歩してくる!」

 言いながら夜笛はすくっと立ち上がると、空になった瓶を持ったまま一飛びで駄菓子屋の前の塀の上に着地した。それから蓮夜と深雪を振り返ると、「ご馳走様!」と言って消えた。神出鬼没とは、彼のような妖のためにある言葉かもしれないとぼんやりと思う。

「妖怪って自由ね」深雪が言う。

「そうだね……僕もそろそろ家に帰るよ」

 深雪さんは? と問えば、まだ買うものがあるとの事だった。ラムネの瓶をお店に返してから軒下に出れば、頭皮が焼け付きそうなほどの日差しだ。帽子でも被ってくればよかった。

「そういえばこの前の三個目……箱之蟲だっけ? あれ以降六怪異の話ってどうなってるの? 次の目星ってついてるわけ?」

「うん、一応。学校の裏の更地に何かあるんじゃないかってロクロウは言ってる。明日あの更地でお祭りだから、今日のうちに調査してみようって」

 こればっかりは一度行ってみないとわからないけどと蓮夜が言えば、深雪はちょっと複雑そうな顔で前髪をかき上げつつ言う。ふわりと花の様な良い香りがした。

「まぁあんた達に任せるけど、満春は危ない場所に呼んだりしないでよ?」

「うん、わかってる。僕たちだけでどうにかするよ」

「……馬鹿ね、何かあったら私のことも頼りなさいよ。あんたに憑いてる悪霊――ロクロウだっけ? 私はまだ百パーセント信用なんかしてないんだからね」

 信用、という言葉がごとりと心の奥に落ちてくる。夜笛にも大丈夫なのかと心配された。心配されるということは、皆から見れば彼がそれなりにに見えるということか。確かに悪霊と言われれば、誰だってそれなりに警戒するものだろうか。

「……あの、深雪さんと一緒にいるアケビも火車っていう妖怪なんだよね? その……アケビとはいつ出会ったの?」

 ロクロウを連れている自分を思い浮かべた時、ふと深雪も同じように妖怪を連れているなと思い出した。ロクロウは火車という妖怪だと言っていたが、その妖怪と深雪が果たしてどういった経緯で一緒になったのか。それを蓮夜は認知していないことに気が付いた。

「アケビはね、私と中学校一年の時からの付き合いだったの。それこそ最初は私もただの猫だと思って世話してた。だけどいざ死んでみたらびっくりよ、妖怪だって言うんだもの」

 何かを思い出すように深雪は肩をすくめて見せる。

「アケビは……私に死んでほしくなかったんだって。だから今でもそばで力を貸してくれてる」

「……家族だったんだ?」

「どうだろ。両親が死んで私と満春には祖父しかいなくて……私は飼うつもりじゃなかったんだけどね。それでも、一緒にいてくれた」

 どこか遠い日を思いだすように、噛みしめるように深雪は呟く。生温い風が彼女の髪を揺らして通り過ぎていく。その姿は生きていても死んでいても、美しいことには変わりなかった。

「深雪さんが優しくしてくれたから、アケビからの恩返しなのかもしれないね」

 思ったことをそのまま口にしてみれば、どこかくすぐったそうに深雪は目を細めて笑う。

 そうだったらいいわね、と言った彼女の表情は少しだけ切なそうだった。


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