第36話 ぎゅーして
「阿比留ちゃん行くよ! 五月くんのことは渚がなんとかしてくれるだろうから安心して」
「あ、はい!」
シャキッとした返事をした阿比留は、早歩きをする栞さんの後をそのままついていった。
阿比留もさぞかし幸せだろうな。栞さんみたいな美少女アイドルに専属で案内されるなんて。
渚さんがお店に来なければこんなことはありえない話だったからな。
俺としても、まぁ毎日が退屈しなくていいのだが、渚さんと出会わなかった世界線も体験はしてみたかった。
バイトをして、家に帰ったらゲームをして、勉強もして、不安なことがずっと頭の片隅にない生活が恋しい。
今は、色んな意味で渚さんが頭の中を過る生活だからな。
「五月くんこっち」
「ちょ、どこ行くんですか⁉」
「いいから着いてきて」
2人になった途端、渚さんは俺の手を引っ張りながらどこかへと連れて行く。
廊下で話すとなると人目も気になるしな。見られていると変な噂を流されかねない。
見知らぬ男と廊下で話してるとなると、渚さんに支障が出る。写真を撮られて流失でもしたら俺まで被害が来てしまう。
2人きりになるのは少しばかり怖いところはあるが、今回ばかりは仕方ない。
「ここ入って」
「うわ、狭っ」
連れ込まれたのは、一畳分ほどの広さしかない用具入れ。
元々が狭いにも関わらず、用具も押し詰められていたため、中に2人入るのがやっとであった。
「流石に狭すぎません?」
「これでいいの」
あまりよくない気がする。
苦笑する俺の顔と、正面にいる渚さんの可愛げのある顔との距離はざっと30センチほど。
体に関しては、豊満な胸があるせいでもう少しで俺の体に密着してしまう。
こんな至近距離でどうやってまともに会話をしろと?
「それで、話って……」
いち早くにでもこの場を離れたいので、早速話を切り出す。
「話というか、私からのお願いがあるんだけど」
「それは今しなきゃいけないやつですか?」
「これをしなきゃ私はライブを成功させられません」
どれだけ重要なお願いなんだよ。
どうせライブの時に全力でペンライトを振って欲しいとか、名前を呼んでほしいとかそうゆうお願いだろうけど。
そうだとしたら、阿比留はペンライト余分に持ってるだろうし、借りるとするか。
「ぎゅーして」
「……はい?」
「ここでぎゅーしてって私は言ったの」
口をすぼめて、少し赤くなった顔のまま上目遣いをしながら、両手を広げるのだった。
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