8 微力ではございますが
結局、その時は呪詛の原因は視えず、なんの手助けもできずにお帰りいただくことになってしまった。
そうして別れ際に、
「差し出がましい真似だとは存じますが、呪詛の症状の詳細をお教えいただけませんか?」
と
「白家の姫君に原因と症状がわからないのなら、教えられることはない。妾のことは忘れてくれ」
と言われてしまったのだ。
(木蘭様のお力になって差し上げたい。どうにかできないでしょうか)
それから悶々と悩んでいるうちに、新年を迎えた。
ほどなくして後宮の皇太子宮の封が解かれ、朱家からはあの幼い姫君が入宮すると風の噂で聞き及んだ苺苺は、『わたくしが木蘭様を後宮の悪意から守って差し上げなくては』と勇み馳せ参じたわけである。
(後宮は幼い木蘭様にとって、きっと魑魅魍魎の巣窟です。微力ではございますが、わたくし、全力を尽くして参りますわ)
苺苺が全力で推し活に挑む中で、異能を使ってこっそり悪意を祓っていることは、今のところ誰にもバレていない。
異能とはあやかしの力であると信じられている燐華国で、異能持ちは忌避される。
ましてやあの白蛇の娘が異能を振るっているとバレてしまっては、事実を歪曲した噂が立ったりして、推しに迷惑をかけてしまう恐れもある。
苺苺は胸の前で腕を引き、グッと握りこぶしを作る。
「推し活を嗜む者として、礼儀作法に則った推しとの距離感が大事ですものね。握手を求めるは『握手会』でのみ、ですわ」
市井では、演劇一座が定期的に開く『握手会』と呼ばれる素敵な催しがあり、役者と一対一で向き合って、握手をしながら応援の言葉を伝えられるそうだ。
その催し以外では、たとえば市中で休暇を楽しむ推しを見かけたとしても握手を求めたりせず、推しの憩いの時間の邪魔はしないとか。
それに倣って、苺苺も後宮内で木蘭を見かけた時は、適切な距離を取っている。
決してすれ違いざまに無闇に近づいたり、間違っても話しかけたりなんかしないのだ。
「木蘭様と同じ後宮にいられるなんて、わたくしは世界一幸せ者です! ですからこの苺苺。草葉の陰……では死者になってしまいますわねっ。ありとあらゆる物陰に身を潜めながら、ひっそりと木蘭様をお支えさせていただく所存ですわ! 木蘭様の髪の毛をいただけなくても、それを補う
苺苺はズタボロになった白蛇ちゃんを、いつも通り、棺にしている木箱に入れる。
そして棚から新しい白蛇ちゃんを取り出すと、懐紙に包んで綺麗に束ねて保管していた白髪を一本仕込んで、
「さてと」
と気を取り直すことにした。
「せっかくの快晴ですし、ぬい様と日光浴をしましょう。お日様の陽の気で効果も倍増です。さ、行きましょうぬい様!」
苺苺は藤蔓で編んだ籠にぬい様を入れ、意気揚々と水星宮を出た。
◇◇◇
久しぶりの快晴だからだろう。
外を歩いていると、風に乗ってどこからか女性たちの賑やかな声が聞こえてくる。
水星宮にほど近い大きな池〝
どこぞの妃が、女官たちと水上の花や鯉を鑑賞しているのかもしれない。
苺苺は散策しながら静かな場所を探す。
「あっ。ここなんか良さそうですね」
誰もいない水辺の
苺苺は中へ入り長椅子に腰掛けると、ぬい様を陽の気に当てた。
長閑な春の日の昼下がり。後宮に渦巻く悪意や諍いなどが幻想であるかのように、穏やかな風景が広がっている。
「うーん。いいお天気ですわ」
池の鯉がパシャリと跳ねる。
苺苺は両腕を伸ばしてぐぐっと背伸びをする。
(ふわぁぁ。少し眠たいかもしれないです)
そう思った時だった。
「きゃああっ!」
遠くで、女性の甲高い悲鳴が響いた。
「あらあら? どうしたのでしょう。大きな虫さんでも出たのでしょうか?」
(清明節を過ぎてこの天気ですものね。毒蜘蛛さんが枝から垂れ下がってきたり、
「お逃げくださいませ!」
人ごとのように思っているうちに、どんどん悲鳴が近づいてくる気がする。
「む、虫さんではないのでしょうか」
(だとしたら一体……?)
苺苺がぬい様を抱きしめて恐々と四阿を出るのと、鬼気迫った女性の声が「木蘭様!」と叫ぶのは同時だった。
「えっ」
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