第69話 癇癪を起こす女魔術師

 夕刻。

 既に森の中に陽の光がほとんど入ってこない状態の中。


「どういうことですのっ!?」


 グレイスは、作戦本部において喚いていた。

 その表情にあるのは、怒り……というよりも、驚きに近いものであった。


『どうもこうもないだろう? 君の作戦が次々と失敗している。それだけの話さ』


 そんな彼女に指摘するのは、一枚の紙。

 正確に言うのなら、伝達魔術が利用できる紙の魔術道具から指摘するリューネであった。


 本来、魔術道具なくても、グレイスは伝達魔術が利用できるが、あるのとないのとでは消費する魔力量が大きく違う。

 サバイバル戦において、無駄な魔力の消費は命取りになる。なるべく魔力を使わないことは鉄則といっていい。

 とはいえ、今の彼女にとって、重要な点は別にあるのだが。


「何を呑気なことを……!!」

『呑気? それはこっちのセリフだよ。ボクは何度も言ったよね? こんな作戦が本当にうまくいくのかって』

「それは……っ!!」

『確かに、ステイン・ソウルウッド個人を狙うよりも、ルクア・ヨークアンを集団で狙うという点は理にかなっていると言っていい。だが、それはあくまでルクア・ヨークアンが弱ければの話だ』


 ステインとルクア。どちらを重点的に狙うべきなのか。それは流石にグレイスも理解していた。

 魔術がほとんど通用しないと言っていいステインよりも、魔術が使えないルクアを狙う。それは当然の選択と言っていい。

 だが、それはあくまでそのどちらかを狙うのなら、というだけの話。

 ルクアを狙えば、確実に成功するというわけではないのだ。


『ルクア・ヨークアンは確かに魔術師としては劣等と言っていいだろう。だが、戦闘面においてはそんじょそこらの魔術師では歯が立たない。それは模擬戦やこの前の事件で君も知っているはず』

「けれど……!!」

『言っておくけど、相手が男だったから、なんて理由はこの場ではもう通用しないよ? 既に彼は君の部下を何人も倒してる。しかも、不意打ちをくらっているにも関わらず、逆に返り討ちにした。傷一つ負わずにね。これでもう、君のご自慢の言い訳は通用しない』


 いつもなら、「それは相手が男だったから」「女なら話は別」と切り返してくるが、もうそんな戯言は通用しない。

 何故なら、そのご自慢の女魔術師が悉く返り討ちにあっているのだから。


『加えて言うのなら、ミア・ムーアとタッグを組んだのも痛い。ルクア・ヨークアンの弱点、魔術が使えないという点を補われてしまった。彼女の場合、結界魔術しか使い物にならないと言われているが、その結界魔術が何よりも厄介だ。それもまた、今回のことで実証されている』


 まだ学生とはいえ、三十人以上の魔術攻撃を一時間喰らい続けて、びくともしない結界魔術。この状況においては、それは要塞に等しいレベルの代物だ。


 驚異的な身体能力の持ち主と難攻不落の結界魔術の使い手。

 攻撃と防御。図らずも、片方ずつかけていた者たちがお互いを補う形になったわけだ。


『シルヴィア・エインノワールも潰したいがために、彼女の相棒に賞金をかけて、他の参加者にも狙わせるだなんて、欲深過ぎた結果だね。おかげで、厄介な二人を同時に相手しなくちゃいけなくなった』

「何を言うかと思えば……そんなの、ただの偶然でしか……」

『偶然? それはどうかな? 大勢に狙われている者同士。立場が同じとなれば、その二人が手を組むなんてこと、簡単に予想できたはずだよ。当然、これはもう一方のことも含めて』


 それが誰のこと言っているのかは言わずもがな。

 しかし、それこそがグレイスにとって一番の予想外な展開であった。


「どうして……どうして、あの二人が手を組む展開などになるんですの!? ステイン・ソウルウッドはシルヴィア・エインノワールと出会えば確実に戦いを始める!! そう思って、わざわざ引き合わせたと言うのに……!!」

『そこも彼を甘く見過ぎた結果だね。確かに彼は自分の力で何事も解決するところがある。だが、時と場合によっては他者の手も借りる。それこそ、自分の宿敵だとしてもね。それに、ステイン・ソウルウッドとシルヴィア・エインノワールは面識がある。なら、話も通じるし、互いの実力もしっている。双方、この相手が相棒なら文句なしとわかっている。 

なら、彼らが友誼を結ぶのは不思議なことじゃない』


 最強と最恐。

 その二つはこの学校において、個人の力で彼らを超える魔術師はいないだろう。


 故に、グレイスは彼らには潰しあってもらう必要があった。

 だというのに、結果は御覧の有様。 

 潰しあうどころか、手を取りあうという、グレイスにとって最悪の形になってしまった。


「くっ……そもそも、シルヴィア・エインノワールも、どうしてあんな野蛮人と……!! 彼女は、自分が女であるというプライドがないのかしら」

『そこは君が勝手に想像するといい。ただ、彼女の選択は正しかった。これは揺るぎようのない事実だ。何せ、こうやってボクたちは追い込まれているわけだしね』


 シルヴィアをどれだけ罵倒しようとも、この状況が変わるわけではない。

 だからこそ、打破すべき提案をリューネは告げた。


『それで? もうそろそろボクの出番でいいのかな?』

「冗談じゃありませんわ!! この程度で貴方の出番が来るだなんて、思い上がりも甚だしい!!」


 しかし、リューネの願いは即座に却下された。

 とはいえ、それは別段、間違ったことではない。仮にもし、リューネが負けてしまえば、それはグレイスの敗北を意味する。そんな危険な橋をわざわざ渡るなど、普通はしない。


『そうは言うけどさ。君、これからどうするつもりさ』

「無論。当初の予定通り、ルクア・ヨークアンとミア・ムーアへ集中攻撃を追加していきますわ。どれだけ身体能力が強く、どれだけ結界魔術が優れていようと、相手はたった二人。攻撃をし続ければ、疲弊は溜まりますし、隙もできる。そこを一気に叩きますわ」

『確かに……って、その口ぶりから察するに、もしかしてこれから夜戦を仕掛けるつもりかい?』

「当然ですわ。なにか文句でも?」

『いいや。君がそうしたいのなら、そうするといい』


 ただ。


『それで倒せるほど、そちらの二人は甘くないように思えるけどね』


 リューネはどこか不敵に笑うかのように、そんなことを呟いたのであった。



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