第30話 後悔? させてみろよ、三下
ステインの行動は、予想外過ぎるものであった。
いや、彼の性格を考えれば、当然の結果、と言えないこともない。上から命令されたり、誰かから強要されたり、そういうのを突っぱねるのがステイン・ソウルウッドという男だ。
だが、今回は話が違う。
「き、貴様……っ、自分が何をしたのか、分かっているのか!?」
ヒブリックにしてみれば、ステインが取った行動はあまりにも常軌を逸している。
自分はヨークアン家の使い。そう伝えた。魔術世界において二大貴族と呼ばれる家からの使い。その要求を断るどころか、書類を目の前で破り捨てるなど、最早暴挙である。
けれど、ステインはまるでどうでもいいと言わんばかりに口を開く。
「うるせぇな。話が終わったんならとっとと帰れ。俺は忙しいんだよ。ただでさえ料理初心者に手間がかかるコロッケの作り方教えねぇといけねぇのに、こんなことに時間使わせんな」
こんなこと。
ステインにとって、ヒブリックの脅迫はコロッケを作るよりも優先順位が下だと言い放った。
そんな彼の言葉を聞き、顔を真っ赤にさせながら、ヒブリックは叫ぶ。
「馬鹿な……自分の身内がどうなっても構わないとでも言うつもりか!?」
「そうだが?」
即答。
脅されているにもかかわらず、しかしステインの態度は一貫して変わらない。
これまたヒブリック……いや、レーナですら予想していない言葉であった。
「俺は俺の好きなようにやる。そのせいで周りがどうなろうと知ったことじゃあない。たとえ家族だろうとな。だからお前らが連中に手を出すんなら、どうぞ好きにやれよ」
ステインの口から出てくる言葉は、言ってしまえば白状なモノであった。
仮にも自分の家族が危険に晒されているというのに、「で? だから?」という物言いに態度。それら全てがヒブリックの想像とはかけ離れたものであった。
彼の計画では、一方的に脅し、誓約書を書かせてさっさと終わらせる。そういう魂胆だった。そういう風になるはずだった。それが当たり前。でなければおかしい……そんな、あまりにも上からな考えではあったが、しかしそれができてしまうのがヨークアン家というもの。
なのに、だ。
目の前の男はこちらの言うことを全く聞こうとしない。
これでは、まるでこちらが馬鹿にされているようではないか。
「貴様……私を舐めているのかっ!! どうせそんなことはできないだろうと、タカをくくってそんな発言を……!!」
「はぁ? なめてる? それはそっちだろうが。人を脅せば自分の言う通りになると思ってんのか? 本当、下に見てくれたもんだな」
二大貴族? それがどうした。
そんなもので自分をどうこうできると思われることが、ステインは何より嫌悪していた。
「俺は人から舐められるのが心底嫌いなんだよ。だから断る。それだけだ」
「ふ、ふざけるな……!! そんな理屈で、自分の家族を危険にさらすなど……っ」
「危険? はっ、冗談抜かせよ。三下」
「さ、三下……? 貴様、誰に向かって口をきいている!!」
「テメェ以外に誰がいる? テメェ如きにあの連中の相手が務まるわけがねぇ。ウチの連中に手を出す……そんな言葉を口にしてる時点で、テメェは三下だっつってんだよ。そんなこと、流石の俺でもやりたくねぇわ」
ステインは自分が強いと自覚している。
その上で、自分の家族を相手することは絶対にやりたくない。
それは別段、家族だから、という理由ではない。個々人ならともかく、「ソウルウッド家」を敵に回すというのはとにかく厄介であり、面倒だから。
というか、だ。
「つーかよ、お前、何をそんなにビビってんだ?」
「は? 何を……」
「だってそうだろ? お前はあいつをゴミクズだと散々言っている。そんな奴が大会に出場したところで、普通は勝てないと思うのが当たり前だろ? 本当にあいつを弱いと思ってんなら、堂々と無視してればいい。なのに、こんな回りくどいことをしてるってことは、ビビってる何よりの証拠だろ?」
そう。そもそもにして、そこがおかしい。
ルクアを自分たちより下、ゴミクズだ、などと本気で思っているのなら、こんな工作などせずとも大会で負けると思うのが普通だろう。
少なくとも、ルクアの父親はそう思って、隷属の契約書の内容を「比翼大会優勝」にしたのだろう。
「黙れっ。私が言っているのは、大会に出場するというその事実が冒涜だと言っている!!」
「はっ。俺らが出場するのは代表戦だ。たかが学校内での試合に一々口出すのかよ。それとも、テメェは俺らが代表戦に勝ち残って比翼大会に出れると思ってるわけか?」
「そんなことなど、万が一にもあり得んっ!!」
「ならそれこそ口出しすんなよ。俺らはクズで、比翼大会本戦には出れない。そう思ってるんだろう?」
「このっ……」
揚げ足を取るステインの言葉に、ヒブリックは言葉を失いながら顔を真っ赤にさせていた。
ステインも分かっている。自分が言っていることが、屁理屈であること。けれど、どのような形であれ、理屈であることには変わらない。現にヒブリックはステインの言葉の前に何も言い返せなくなっていた。とはいえ、この程度で怒り狂うことしかできないとなれば、元々語彙能力がそこまで高くないのだろう。
まぁ、そもそもにして、ステインの目的はそこにあったのだが。
「ああ、そうそう。そういう顔が見たかったんだ」
「何……?」
「お前らのような連中は、いつも上から目線で物事を言う。自分の方が立場が上で他者を見下すのが当然だと思ってやがる。俺はな、そういう連中が悔しがる顔が見たくて見たくて仕方ねぇんだ……だが、テメェの顔はもう見飽きた。だから、もう一度言う。とっとと帰れ、三下。二度と俺の視界に入ってくんじゃねぇ」
「貴様……っ!!」
最早激昂の言葉すら出てこない。
どこまでいっても、ヒブリックを見下す言葉の数々。到底二大貴族の一員である者に対しての態度ではない。
けれど、その態度、その言葉は、ヒブリックが先ほどまでステインに対して取っていたものと左程変わらない。いや、ステインに対してだけではない。今まで彼は多くの者に同じような上から目線で多くを強要してきた。
だが、今回は違う。
彼は今、見下す側から、見下される側に立場を逆転させられているのだ。
「後悔することになるぞっ」
「させてみろよ、三下」
血走った睨みをきかせてくるヒブリックに、ステインは飄々とした態度で言い放つ。
どれだけ怒気を見せても、どれだけ大柄な態度を取っても無駄だ。
何故なら、目の前の男にステインは全く脅威を感じないのだから。
ヒブリックはそのまま「失礼するっ」と言い放ち、その場をまるで半ば逃げるようにその場を立ち去ったのであった。
その姿が完全に消えた後、レーナは焦った表情を見せながらステインに言い放つ。
「い、いいのですか!? あのような態度を取って……」
「あ? 何か問題あったか?」
「大有りです!! あの男はヨークアン家でも強引な手口を次々と行使しています。やると言ったら本当にやる男です。このままでは貴方の家族にご迷惑が……」
「だから、それこそ気にすんな。その時は、マジであいつが終わるだけだからな」
「?」
「とにかく、余計な心配はするなってことだ。そら、さっさと仕込みの続きするぞ」
そう言って、ステインはまるで何事も無かったかのように、厨房へ向かう。
レーナはステインの言葉の意味が分からず、不思議そうな顔をしながら、その後ろについていくのであった。
「―――ああそうだ。今すぐソウルウッド家に対する『処置』を施せ。無論、徹底的にだ」
帰りの馬車の中。
ヒブリックは水晶に向かって荒々しく言い放つ。
今の彼はまさに怒髪天状態。
それだけ、先ほどのステインの態度と言動は、彼にとって恥辱に値するものであった。
「私に恥をかかせたこと、後悔するがいい……!!」
ヨークアン家……いや、自分に歯向かった者の末路を知らしめる。そうでなければ、自分の怒りは静まりはしないのだから。
だが、この時の彼は知らなかった。
自分が、絶対に敵に回してはいけない者達に手を出してしまったことを。
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