第24話 一難去った後の不穏な影

「おいおい、マジかよ。こんなにあっさりやられるとは」


 とある暗い部屋。

 その中で水晶を通してステイン達の試合を見ていた男が、小さな笑みを浮かべながら呟いた。


『……何を嗤っている。こんな大失態を前にして』


 どこからともなく聞こえてくる声。しかし、真っ暗な部屋には男以外は誰もいない。

 そんな声に対して、男はふざけたような態度で言葉を返す。


「いやだって、俺は『薬』を用意しただけ。あの連中に渡したのはアンタだ。俺は何もしてないし、俺の責任じゃあないからな」

『貴様……っ』


 声から伝わる怒気。それに対し、「落ち着けって」とへらへらした態度を崩さないまま、男は続ける。


「別に問題はないだろ。今回の作戦は急ごしらえで、ルクア・ヨークアンを退学に追い込めばラッキー程度のモンなんだから」


 そう。今回の試合は、自分たちの作戦の一つ。

 ルクア・ヨークアンが模擬試合をするということで、それを利用しようとしたに過ぎない。とはいえ、急遽実行した作戦のため、ここで目的が達成されるとは、誰も思っていないはずだ。あくまで成功すれば御の字。その程度のもの。

 ……いや、もしかすれば、声の主は本当にこの模擬試合で終わると思っていたのかもしれないが。


「それより、『薬』についてはちゃんと細工してあんの?」

『当然だ。彼らの記憶はいじってある。誰に貰ったかは覚えていないはずだ』

「そりゃよかった。アレで足がつくなんてことがあったら笑えないし」


 そんなことになれば、恥さらしどころの話ではない。

 万が一にもそんなことにはならないよう注意はしているが、念には念を、と言う言葉がある。用心するに越したことはない。


「それにしても、ルクア・ヨークアン。思ってたより結構やるじゃん。あれの相手をするのは、ちょっと骨が折れるんじゃない?」

『何をおかしなことを言う。あんな魔術も使えないゴミクズに、我々魔術師が後れを取るとでも?』

「いや実際、目の前で遅れ取られてるじゃん。しかも一方的に」


 顔は見えていないが、声の主がドヤ顔で言っているのは簡単に想像できた。だからこそ、男は心配になる。この男は今の試合をちゃんと見たのだろうか?


『あれはギーツが油断したからだ。隙をつかれなければ、あんなクズなどどうとでもなる』

「そうですかい」


 あくまでもルクアを認めない声の主。それもそうか。何せ、魔術師は全てにおいて優先される存在だ、というのが彼の持論。魔術が使えないどころか、魔力をまともにもたないルクアが魔術師に勝つなんてことはどうあっても認めたくないのだろう。


『それよりも、厄介なのはステイン・ソウルウッドの方だ』

「まぁ、確かに。ルクア・ヨークアンとステイン・ソウルウッド。どっちの相手が嫌かと言われれば、断然後者だろうからねぇ」


 ルクアの相手の魔術を読み切る観察眼と人間を辞めてるとしか思えない身体能力は確かに脅威だ。けれど、それ以上に魔術が届かないステインの方がやはり危険度は高いだろう。


「でもまぁ、何とかなるでしょ。あくまで俺らの狙いはルクア・ヨークアンだし。んで? 今後の予定は?」

『まだだ。我々が動くのは最終手段。次は「あの方」が手を打つ。それが駄目だった場合……」

「俺らが動くと。了解。それじゃあまたしばらくの間は大人しくしておきますかね」


 そうして暗闇での会話は終わったのであった。



 ****



 後日。


「あの~……これは、一体……」


 目の前に出されている料理の数々に、ルクアは思わずたじろいでいた。

 時刻はもう夕暮れをとうに過ぎている頃。時間帯からして、これが夕食なのは理解できるが、しかしその量と質がいつものとは違う。

 廃棄寮の料理はおいしものばかりなのだが、今日はそのさらに上の料理が盛りだくさんなのだ。


「見ての通り、歓迎会でございますよ。色々とゴタついてしまい、遅くなってしまいましたが、今回の模擬試合の勝利も含めて、お祝いの席を用意しました。まぁ、とは言っても料理を作ったのは、ステイン様なのですが」

「……………………え?」


 クセンの言葉をまるで受け入れたくないと言わんばかりに、レーナは呆けた顔になる。


「こ、こここ、これ……全部、貴方が作ったんですか?」

「…………新しい奴が来たら、寮長が歓迎会で飯を作る。そういう決まり事なんだよ」


 面倒くさそうに言うステイン。

 レーナの反応は失礼極まりないが、しかし当たり前と言えば当たり前だ。ステインの外見、態度、言動。それらを知っている者からすれば、彼が料理ができるとは到底思えない。


「さぁさぁ、どうぞおかげになって食べてくださいまし」


 クセンに急かされながらも、レーナとルクアは恐る恐る目の前のスープを飲む。

 すると。


「こ、これは……っ」


 今まで味わったことのない体験が、そこにはあった。

 他の料理も同様だ。パンに肉に魚にパスタ……並べられている全ての料理が、まさに絶品と言わざるを得ない出来であった。


「~~~っ、う、嘘。滅茶苦茶美味しい……」

「ええ、ええ。そうでございましょう? ステイン様はお父様はとある地方の領主様なのですが、料理の腕は超一流で、王宮料理人に匹敵するほど。その料理食べたさに、多くの方がわざわざ会合の場にしており、その中には国王もいるとか。そんな御父上の手ほどきを受けたステイン様の料理は絶品なのです」


 おだてるクセンに、ステインは睨みを聞かせる。余計なことを言うなという想いを込めてのものだが、しかしクセンは全く意に介していない。ただただ「ほほほ」と笑うだけである。


「人は見かけによらないっていうのは、こういうことを言うんですね……」

「……いいか。言っとくが、今日だけ、今日だけだからな。明日からは絶対に作ら……って、ちょっと待て。何で泣いてんだお前……」

「っ、すみません。こんなおいしい料理食べたの、初めてだったから……」


 何故か涙を流しながら食事を続けるルクア。

 その姿はちょっと……いや、かなり奇妙なものであり、ステインも反応に困るものであった。

 そこから色々と話が続きながらも食事は進んでいき、山のようにあった料理もほとんどなくなりつつあった。

 そして食事が終わりに差し掛かった頃合いに。


「―――さて。食事も堪能してもらった後で恐縮なのですが、皆さまに少々お話ししなければならないことがあります」


 クセンは少し間を置いた後。


「簡潔に言いますと、あのギーツという方は退学が延期になりました」


 そんなことを口にしたのであった。

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