第25話 師匠
どれほど泣き続けただろう。
瓦礫が崩れる音に、ミケは人の気配を感じて振り向いた。
「……先生」
その呟きに、リュカがピタリと泣き止んだ。
そしてミケの向いていた方に視線を向ければ、瓦礫の山となった城の向こうから一人の男がやって来ていた。
白、白、白。頭のてっぺんから爪先まで真っ白な格好をした、商人風の男だった。
「いやぁ、よく頑張りましたね、二人とも」
場違いなほどに明るい声が響き渡る。
彼を見た瞬間は緊張していた子ども達だったが、彼の言葉と纏う空気が決して悪いものではないとわかると、少しだけ身体の力を抜くことが出来た。
そして彼……ヒースが二人の前で止まると、手を打ち鳴らして拍手をした。
リュカは、手の平で涙を拭う。
やらなければ、言わなければいけない事があるのだ。ルリに、託された事が。
「あ、あのさ! 師匠!」
リュカがルリの事を説明しようとすると、彼はゆっくりと頷いた。
「わかってますよ。彼女は勇者を探していたのでしょう?」
「知ってるのか?」
ヒースは笑みを崩すことなく再度頷いた。
「向こうの世界の事情はさきほど確認出来ましたからね。大体は把握しています。それに」
そう一旦区切ってから、彼は続ける。
「見てましたから」
リュカは複雑な心境になった。
見てくれたなら、助けてくれてもよかったじゃないかと言う気持ちと、そんなのは甘えだという気持ち。そして、彼はやはり異世界の神々と敵対関係にあるのだという落胆。
だが少なくとも、今の彼はかなりの上機嫌である。これならば、ルリがリュカに託した頼みを聞いてくれるかもしれない。
「師匠、あのさ頼みがあるんだ」
「何でしょうか?」
「五年前、この世界にやって来た勇者を、元の世界に帰して欲しいんだ」
「それが、彼女の願いですか?」
「……うん」
ヒースは、深く頷くと、微笑んでリュカに告げる。
「お断りします」
「え?」
「そういうことは、自分でやらせなさい」
そういうと、彼は爆砕斧に触れた。
するとどういうことか、爆砕斧から光の粒子が溢れだした。
「え? え?」
リュカは爆砕斧と光の粒子を交互に見る。
光の粒子はリュカの目の前に集まり、それは人の形となっていく。その光景の意味を、その場の全員が理解できた。
「うそ……」
リュカが呟くのと、ほぼ同時に、ヒースの指をパチンと鳴らす音が響き渡る。
同時に、光の粒子に色が付き合わさり、やがて光が消える。
光が消えた後、そこに立っていた人物を見て、リュカは声を震わせた。
「ルリ……」
いなくなったはずの水色の髪の少女が、そこに立っていた。
少女は金色の目をぱちくりと瞬かせて、困惑したように辺りを見回す。
「あ、あれ? わたし、どうなったんですか?」
次の瞬間、ルリの体を凄まじい衝撃が襲った。リュカが泣きながら全力で抱きついたのである。
少女は泣きながら、ぎゅうぎゅうと体を締め付ける。本気で殴れば人間の頭部を粉砕できる竜人の力を受けて、ルリの身体が軋みを上げその顔がみるみるうちに青くなっていく。
「ルリ! ルリ! よかっ……よかった!」
「リュカちゃ……はなし……くるし……」
「リュカ! 離して離して! ルリが死んじまう!」
ミケが慌ててリュカを引き離す。リュカは離れた後もベソベソと涙と鼻水を流しながら、それでもルリの手だけはしっかりと握っていた。
それからルリに事情を説明し、彼女が経緯を理解したところでミケはヒースに問いかけた。
「それでえっと、先生。自分でやらせなさいってのは、どういう事だい?」
「言葉の通りです」
そう言って、彼はルリに視線を向ける。
「もしも彼女が、古代人が造り上げた世界群からやって来たのであれば、私も彼女を送り返していました」
「え?」
疑問の声を上げるミケに、彼は頷いてから告げる。
「彼女はその外側、他の神々が造り上げた世界からやって来たんです」
「ああ、やっぱり……」
ミケは別段驚かなかった。その可能性は頭の片隅にあったし、今ではその可能性が高いと考えていたのだから。
楽園の悪魔達の強さはミケの聞いた限りでは、雑兵ですら戦人に匹敵する強さだ。少なくとも、将軍ともなれば自分達が戦って勝てるような相手ではない。
ならば、自分達が打ち倒した彼らは一体何者なのか?
考えられる可能性は幾つかあったが、その一つに楽園の悪魔達とは違う世界の悪魔達、という可能性があった。
「……でもそうなると、どうなるんだい?」
彼は非常に困った顔で告げる。
「目的次第、と言ったところですね。私たちの住む世界群は外側の神々からの侵略を受けていますが、神々は必ずしも侵略を目的としてこの世界群にやって来ている訳ではないんです」
「目的次第……ルリの目的は」
「異世界の勇者を探して連れ帰ることでしょう?」
彼の視線を受けて、ルリは頷く。
「となれば、こちらとしては表向きには不干渉という立場を取ることにします。そもそも、積極的に送り返すのであれば、とっくの昔に勇者を送り返しています」
「あ……!」
ミケは今更気付いたとばかりに声を上げた。
そうだ。なぜ今までその事に気付かなかったのか。
ヒースは商業組合の中でも最大手とも言える商会に所属している。ならば、その力を使えば勇者の居所など簡単に探れるはずなのだ。
そして勇者が元の世界に帰っていないと言うことは、ヒースは勇者をほったらかしにしている、という事ではないか。
「ししょー」
ようやく泣き止んだリュカが、ヒースを呼んだ。
「ルリを元に戻してくれて、ありがとう」
彼は優しく笑みを浮かべて、そっとリュカの頭を撫でる。
「よく頑張りましたね、リュカ」
何処までも優しい声で、彼はリュカを労った。
「そんな頑張った子ども達には、ご褒美が必要ですね」
そう言って彼は、何処からともなく三つの白い宝石を取り出した。
「師匠、これって何だ?」
六角形に加工された宝石を見ながら、リュカが問いかける。
「この宝石には、とある術式が編み込まれていて、霊素を注ぎ込む事で使用者を記録した場所に転送する事が出来るんです」
「記録した場所?」
「今はどこも記録されていませんから使えませんが、狩人協会で拠点を貰えれば、その拠点の位置を記録することが出来るんですよ。そうすれば、どんな場所からでも拠点に戻れるという優れものです」
どんな場所からでも。その言葉に反応したのはミケだった。
「先生。これってもしかして……」
「ええ。古代人の遺産の一つです。」
古代人の遺産。それはつまり、国宝級の代物であり、下手をすれば金をいくら積んでも買うことが出来ない可能性すらある代物だ。
「いいのかい?」
「いいんですよ。世界の外側に行くのであれば、帰還手段は必要でしょう?」
「……そういえば、そうだったね。向こうに行くことばかり考えてて、そっちのことをすっかり忘れてたよ」
そうだと思いました。そう言って少し呆れたように彼は笑う。
「あ、あの!」
ルリはおっかなびっくりと言った様子で、ヒースに頭を下げた。
「色々と、ありがとうございます!」
その言葉に、彼は暫し考える。
「勇者の居場所を教えてあげることは出来ませんが、頑張りなさい」
「は、はい!」
「師匠、教えてくれないのか?」
リュカの言葉に、また困った笑みを浮かべて彼は首を横に振った。
「残念ながら、教えてあげられないんです。正直、今回の干渉でも結構ギリギリですからね。これ以上甘やかしたら、他の王達や貴重な情報を売ったとしてイコマさんに怒られます」
イコマという名前にはリュカとミケには聞き覚えがあった。確か、ヒースの所属している商会で一番偉い人の名前だ。商人として、そこだけは譲れないのだろう。
「なので、教えて欲しかったら相応の対価を用意しなさい。無論、自力で探すというのもいいですが」
「……ちなみに、いくらで教えてくれるんだい?」
「金貨で二万ですね」
「たっか!」
目を剥いて叫ぶミケに、リュカは首を傾げて問いかけた。
「ミケ、それってどれくらいなんだ?」
「……普通の人が真面目に働いてたら一〇〇年はかかる金額だよ」
「うへぇ……」
二人の反応にヒースは満面の笑みを浮かべる。
「成体の紅玉狼あたりを仕留めれば、一括で支払える金額ですよ」
「師匠、それってオレ達が勝てないことわかってて言ってるだろ」
「そりゃあもう」
ですから、と彼は告げる。
「まずは狩人協会に登録して、依頼をこなしながら世界を巡り探しなさい。時間はたっぷりとあるんですから」
「……そんな時間、あるんでしょうか? わたしがいた世界の人間達は、厳しい戦いを強いられているんです」
ルリの発言に、彼はおどけた様子で答える。
「おや、あなた達は七魔将の一人だけではなく、魔王すらも倒したんですよ? 今頃向こうの世界は大混乱でしょうに」
その言葉に、子ども達は全員があっと驚いた後、真顔になった。
「オレ達」
「魔王を」
「倒したんですね」
その様子に、彼はクスリと笑った。
「頑張りなさい、小さな勇者さん」
森を抜けたリュカ達は、これからの方針を確認する。
まずは南下して町に行き、狩人協会に登録して路銀を稼ぎながら勇者のいる国を探す。そして勇者を見つけて聖剣の力を借りれば、ルリが元いた世界へ続く門を開くことが出来る。
そして、その世界へ行き父と母を連れ戻す。そのついでに、ルリの世界を救ってしまおう。もう魔王はいないけど。
「それじゃ、行くか!」
リュカ達は互いに顔を見合わせ、頷き歩き出す。
青空に輝く太陽が、子ども達の行く末を祝福していた。
竜人少女の英雄譚 天使編 ヤツレウサギ @pumpkin-rabbit
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