第23話 魔王

 体を襲った激痛に、ルリは目を覚ます。


 記憶を探り、何が起こったのかを思い出す。確か、魔族の将軍を討って、ミケちゃんが無茶をしたから休もうとしたら、門が現れてそこから光が自分達を薙ぎ払ったのだ。


「そうだ! リュカちゃん! ミケちゃん!」


 起き上がり、周囲を見回し呼びかける。


 門の周囲は薙ぎ払われた光によって、石畳が破壊され地面は抉れ剥き出しになっていた。それだけではなく、奥に見えていた古城や周囲の城壁さえも破壊され、瓦礫の山となっている。


 これほどの破壊を受けて自分が無事なのは、光が放たれる直前に駆けつけたリュカが自分を庇ってくれたからだ。


「皆! 何処にいるの!?」


 声の限りに叫ぶルリに反応したのか、近くの土砂の中から腕が生えてきた。


 ルリは慌ててその手を引っ張ると、中から現れたのはリュカだった。


「リュカちゃん、大丈夫!?」


 リュカは手足を動かして、異常がないことを確認する。


「とりあえずは大丈夫かな。……ミケは?」

「ここだよ」


 声の方を見れば、土がボコリと盛り上がり、中からボロボロになったミケの姿が現れた。


「一体、何が起こったんだい?」


 ミケの言葉に、ルリは門を見る。


「多分、門の向こうからの攻撃、だと思います」

「門の向こうってことは、誰かがそこにいるってことかい?」


 そんなミケの言葉に呼応するように、門の内側の空間が歪んだ。


 誰かがこちらにやって来ているのだと、その場の全員が理解した。


 コツン、と足音が聞こえた瞬間、リュカの背中に嫌な汗が流れた。


「これは……ヤバイかも」


 背中だけでなく、頬に冷や汗を流しながらリュカはつぶやく。


 圧倒的な威圧感を伴った何かが、こちらにやって来ている。それも、先程の魔族とは比べものにならないほど強力な何かが。


「この魔力の波長……そんな、まさか……」


 ルリが青ざめた表情で呟く。


「どうしたんだ?」


 リュカの言葉は、しかし青ざめたルリには届かない。


 やがて、歪んだ空間から一人の男が現れた。


 豪奢な黒い鎧に漆黒のマントを身につけた男の肌は、先の魔族とは違い人間に近い肌をしていた。背丈はヘーベモスと同じくらい、成人男性よりも二回りほど大きな体格。頭部以外の全身を覆う鎧に隠れて見えないが、彼もまた筋骨隆々とした逞しい体をしている事だろう。


 そんな男は辺りを見回し、リュカ達に目を向ける。


「子どもが二人に、天使が一人。……情けない。こんな子どもに負けたのか」


 男は不愉快そうに呟くと、リュカの手に握られた大斧……爆砕斧を見据える。


「成るほど、神器か。神が賜わした武器を持っているということは……そこの小娘、貴様はこの世界の勇者だな?」


 勇者と呼ばれて、ルリがリュカを見る。


「違うよ。勇者なら他にいるし、爆砕斧は神器じゃない」

「フン。誤魔化しても無駄だ。その武器からは強い神の力を感じるぞ。……いや、まさかその価値を知らないだけか?」


 リュカはルリを見て、目が合った。


「ルリ、コイツは誰だ?」


 ルリは、青ざめた表情でリュカの問いに答える。


「……アラネス。わたしの居た世界では、魔族の頂点に立つ者……魔王です」


 それを聞いた瞬間、リュカは迷わなかった。


 爆砕斧を構え、魔王に向かって突撃する。


 魔族の頂点、つまりコイツを倒せば、父ちゃんと母ちゃんがずっと楽を出来るようになる。ならば倒す。それに相手は、七魔将の一人を討伐した自分達を見逃さないだろう。そうでなければ、わざわざこちらに来た意味がない。


 相手は強い。紅玉狼ほどの絶望的な差はないにしろ、それでも戦えば間違いなく負けるくらいには強い。


 加えてミケはもう戦えない。無茶をさせれば、こいつよりよっぽどヤバイ眷属がこの世界に再臨することになる。


 しかし、どうしようもない、という訳ではない。なぜならば、ミケが切り札を持つように、リュカにも切り札があるからだ。


 限界まで身体強化を施し、大気中の霊素に加えて身体に残った全霊素を爆砕斧に注ぎ込む。先程の戦いで消耗してしまったが、リュカの見立てではギリギリ足りるはずだ。……爆砕斧の二段階目の解放に。


 赤熱するだけだった大振りの刃に、何かの紋様が浮かんだ。これこそが、爆砕斧の第二段階が解放された証だ。


 予想通りギリギリ足りた。あとはいかにして、一撃を当てるかだけだ。


 魔王は右手をこちらに向ける。まさか、それだけで爆砕斧を防ごうというつもりではないだろう。


 次の瞬間、魔王の目の前に何重にも重ねられた結界が展開された。その結界に注ぎ込まれた膨大な霊素を感じ取ったルリは魔王の力に戦慄する。


 だが、その結界を見たリュカは魔王の意図を察し、心の中で拳を握った。


 恐らくは、小手調べだ。こちらの攻撃がどれほどの物か、調べるための結界だ。


 つまり相手には、避ける意図がない。それを理解したリュカは、自身の勝利を確信した。


 勢いを止めることなく、リュカは爆砕斧を振りかぶり、結界に叩きつける。


 最後の瞬間まで、魔王は結界を解くことも避けることもしなかった。


 次の瞬間、轟音と衝撃の二重奏が、古城跡地だけでなく、周囲の森中にまで響き渡った。




 驚いた鳥達が一斉に飛び立ち、獣だけでなく瘴獣さえもが身の危険を感じて音の方角から遠ざかるように逃げ出す。


 爆砕斧は、霊素を注ぎ込む事で段階的に機能が解除される武器である。それを知った上で、ルリは爆砕斧に疑問を懐いていた。


 リュカが使う爆砕斧は、赤熱した浄化の刃で相手を叩き割る武器だ。決して爆砕斧などという大層な名前の付く武器ではない。リュカが魔王の結界に爆砕斧を叩きつけるまでは、そう思っていた。


 爆砕斧の二段階目。それは、注ぎ込まれた霊素に火の力を注いで方向性を爆発に定め、刃の接触と同時に注ぎ込まれた霊素を一気に放出することで大爆発を引き起こし、対象を粉砕する力だ。


 それだけではない。放出された霊素に接触した時、爆砕斧の力はその物体を構成する霊素に干渉し、火の力を分け与えて方向性を爆発に上書きすることで、干渉した物体も同じように大爆発を引き起こすのだ。


 例えば膨大な霊素を動員した結界に干渉すれば、その結界が全て炸薬となって対象を粉砕する爆発を引き起こす。いかなる強固な結界も防具も、それどころかどれだけ強固な肉体であっても爆砕斧の前では無意味となる。それこそが、爆砕斧が神を滅ぼす兵器である所以だ。


 故に、神滅兵器『爆砕斧』



 轟音と衝撃と共に伝わる確かな手応え。その一撃は、魔王を鎧ごと消し飛ばした。



 爆発が収まり爆煙が晴れた後、そこに残されたのは、魔王の足首のみ。


 ルリはその光景を見て爆砕斧の恐るべき力にへたり込み、リュカは拳を天高く挙げて叫ぶ。


「よっしゃぁ!!」


 そして、バタンとぶっ倒れた。


「リュカちゃん、大丈夫ですか?」


 ぶっ倒れたリュカの姿を見て、慌ててルリが立ち上がって駆け寄る。


「あー、うん、大丈夫。ちょっと霊素と体力が空になっただけ」


 大丈夫そうなリュカの返事に、ルリはホッと息を吐いた。


「今のが、爆砕斧の本当の力、なんですか?」

「……一応、ね。ただ、爆砕斧の力を全部引き出した訳じゃないよ」


 その言葉に、ルリは驚き目を見開いた。


「まだ何かあるんですか!?」

「攻撃方面では、あれがほぼ全部。ただ、爆砕斧には使用者を強化する機能があるんだ」

「身体強化みたいな?」


 リュカは倒れたまま頷く。


「そう。使用者の傷を癒して、神と戦えるくらい……それこそ、音より早く動いたり、小さな島なら素手で叩き割れたりするらしいよ」

「音より早く動いて、素手で島を割る……」


 戦慄した様子で呟くルリに、リュカは疲れたから暫く休むと告げて大きく伸びをした。



 その時、ボコリ、と何かが沸き立つような事がリュカ達の耳に届いた。

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