第3話 瘴獣と怪物
不規則に並ぶ巨樹の太さは、一番細い物でも大人が十人は手を繋げられそうなほど太く、この森の入り口に来る度に、リュカ達はまるで自分が別の世界に迷い込んだかのような錯覚を受ける。
「いよいよだな、ミケ」
「いよいよ、だね」
二人は緊張した面持ちで、森の中に足を踏み入れる。
森に入るのはこれが初めてではない。だがカザリナの大森林は幾つもの層に分かれており、二人が入ったことがあるのは、ヘーベモスのような獣人の戦人が狩りをする第一層と呼ばれる表層だけだ。森は全部で四層まであり、今日の調査では最深部である第四層の入り口付近まで立ち入る予定である。
足を踏み入れた二人がまず最初に見たのは、薄暗い森の奥からこちらをじぃっと見つめてくる青い短毛の鳥の一団だった。
大きさはまちまちだが、大きいものでは樹木の後ろにいても隠れきれないほどデカい。その見た目から安直に青ヒヨコという通り名で呼ばれているその鳥は、リュカ達が近づいても逃げる素振りを見せず、ただただこちらを観察するように眺めている。
「今日は遊んでやれないんだ、ゴメンな」
そういってリュカは、一番手近にいた小さな青ヒヨコ……といっても、それでもリュカの腰に届くほど大きな子どもを、優しく撫でる。
森に何度か入ったことのあるリュカだが、獣人の戦人と違って鳥獣狩りをすることはない。リュカが目当てとするのは、青ヒヨコの様な食物連鎖の底辺に位置する鳥獣達ではなく、むしろそういった鳥獣達の天敵とも言える連中なのだ。
それ故か、青ヒヨコのような一部の鳥獣達はリュカの事を自分達を守ってくれる存在だと認識しており、リュカが来るとこうして寄ってくるのだ。
ちなみにミケが近づくと、青ヒヨコ達は凄まじい俊敏さを発揮して逃げ出す。リュカがこうして青ヒヨコを撫でているのを、羨ましそうな目で見ているのをリュカは知っている。
青ヒヨコと別れを告げて、森の奥へ進むリュカ達。第一層と呼ばれる森の表層を抜けるには暫く時間がかかる。
その間、森の木々の狭間からは、リュカ達をじぃっと見つめてくる獣達がいた。そのどれもが二人の背丈よりもずっと大きい。しかしこれは、別段変わったことではない。巨大な樹木が乱立する大森林に住まう鳥獣達は、そのどれもが巨大樹木が乱立する森に見合うだけの巨大な体躯をしているのだ。
「リュカ、待った」
その途中、何かの音を察知したミケが、先頭を歩くリュカを静止する。それから身振り手振りだけでリュカに音の方角と、その正体を告げる。
リュカは頷いて、足音を殺して音の方角へと進む。とはいえ、ここは森の中だ。積もった落ち葉を踏めば当然音は出る。しかしそれでも慎重になるべく音を立てないよう、リュカ達は森の中を進む。
暫く進むと、やがてミケが聞き取った音の正体が二人の前に現れた。
ソレは、明らかに動物ではなかった。それどころか生き物ですらなかった。
ぱっと見た感じの外見は、狼の姿をしている。しかし、その身体は黒い霧の様なものが集まって形成されており、どう見ても尋常の生物ではない。ついでに言えば、巨大生物の多い森なのに大きさは普通の狼程度だ。
「いたよ。瘴獣だ」
瘴獣。それは瘴霊石と呼ばれる石を核として、瘴気が集まって出来た、生きとし生けるもの全ての敵。災害とも呼ぶべき存在である。
数は五体。いずれも獣型と呼ばれる形をしている。
瘴獣は放っておけば、森を抜けて町に出てくることがある。なので遭遇した瘴獣を駆除するのがカザリナでの決まりである。もちろん、勝てる相手に限られるが。
リュカは視線だけでミケに合図を送る。ミケが頷くと、二人は瘴獣達へと襲いかかった。
まず最初に犠牲となったのは、二人にもっとも近かった瘴獣だ。リュカ達の接近に気付いたその瘴獣は吠えて仲間達へと異常を通達する。が、その遠吠えが終わるよりも前に爆砕斧の刃が狼の姿をした瘴獣を叩き割った。
「まず一つ!」
異変に気付いた瘴獣達が一斉にリュカ達を見る。しかし次の瞬間には短剣を抜き放ったミケが、近くにいた瘴獣へと飛びかかりその首をあっという間に切り落とした。
突然の襲撃者に怯んだ瘴獣達。その隙をリュカは見逃さない。
爆砕斧の刃が、瘴獣達を薙ぎ払う。一体は咄嗟に回避したが、残る二体は爆砕斧の刃に切り裂かれて黒い霧となって霧散する。
残された一体は、形勢の不利を悟り二人に背を向けて逃げだそうとする。が、投擲されたミケの短剣に貫かれて他の瘴獣と同じように霧散した。
あっという間に五体の瘴獣を倒した二人は、けれども気を抜くことなく周囲を警戒する。稀にだが、瘴獣を囮にする程の知恵を付けた獣がいるのだ。瘴獣を倒した後、気を抜いたところに襲いかかるという狡猾な獣が。
だが、今回はそういった獣が近くにはいない様だ。二人はゆっくりと武器をしまったところで、やっと警戒を解いた。
「さて、回収、回収っと」
そう言って、リュカが瘴獣達が消えた辺りの地面を調べ、何かを拾い上げる。
一見すると紫水晶に似た美しい宝石の欠片だった。これが、瘴獣達の核である瘴霊石だ。
瘴霊石はそのままにしておくと、やがて瘴気を吸収して再び瘴獣となって復活する。瘴獣を倒した後は、瘴霊石を回収して瘴気を遮断する袋の中に入れておくか、砕いて復活できないようにする必要があるのだ。
二人は瘴霊石の回収を終えると、更に森の奥へと進む。
その途中、ミケの耳がまたピクリと動いた。
「……ん?」
「どうしたんだ?」
リュカは何事かと尋ねると、ミケは眉間に皺を作りながら耳をピクピクと動かし、何かの音を探りながら答える。
「多分、足音だと思うんだけど、何かがいる。ただ、何だこれ……?」
ミケは首を捻りながら、更に耳をピクピクと動かして音の正体を確かめようとする。ミケは動物の足音を聞くことで、その正体が大体わかるのだ。
しかし今回は、何度聞いてもその正体が分からないのか首を横に振った。
「なんか、今まで聞いたことのない足音だよ。本当に何だコレ?」
「近づいてきてるのか?」
「うん。どうする?」
リュカは腕組みをして唸る。こういう時は慎重になるのが基本だ。とはいえ、戦人かつ竜人でもあるリュカは未知の敵を相手に後退するつもりはない。戦人は戦うために生まれた存在であるし、竜人は戦うのが好きだからだ。
「とりあえず、相手を見てから決めよう。ちょうどいい隠れ場所もあるし」
そう言ってリュカは、手近な巨大樹木を見上げた。
樹木に登り枝の上に座る。巨大樹木の枝は人が一人は寝転がれる程大きく、姿を隠すにはもってこいの場所だ。
姿を隠してから数分の後、やって来た敵の姿を見て、リュカは思わず目を疑った。
「……え?」
巨大な目玉である。自分達の背丈と同じくらいの大きさの目玉が、森の奥から歩いてきているのだ。
その目玉からは無数の触手が生えており、その触手を器用に使って目玉は森の中を闊歩している。瘴獣とは別の意味で、尋常な生物ではないのは明らかだ。
「なんだ、これ?」
思わず口に出してしまってから、リュカは慌てて口を塞いだ。声を聞かれてしまったら、折角隠れた意味がない。
ミケから視線が投げかけられる。声を出した事への非難ではなく、この奇怪な生物への対処をどうするのか、という意味のこもった視線だ。
少しの間、その怪物を観察する。幸い、どうやらこちらに気付いている様子はない。
リュカは考える。怪物の進む方向にはカザリナがある。この目玉の怪物はそこまで強いようには見えないし、リュカの直感も大した敵ではないと告げている。戦っても勝てる相手だ。相手が狡猾に力を隠していなければ、の話だが。
リュカは決断し、手振りで怪物に奇襲を仕掛けると伝える。ミケは頷いて、援護の体勢に入った。
慎重に襲撃の瞬間を見極める。相手はゆっくりと歩いているので、その瞬間を見極めるのは容易い。
怪物がリュカ達の真下付近を通りかかったそのとき、ここだとばかりにリュカは巨大樹木の枝から爆砕斧を構えて飛び降りた。
さながら断頭台の落ちる刃の如く、リュカが目玉の怪物目掛けて落下する。
目玉の怪物は、まだこちらに気付いている様子はない。
相手は全くの未知の敵である。こちらの攻撃が通じるかどうかすら怪しい。目玉の怪物がどんな反応を示しても、即座に対応できるようにリュカは集中する。
目玉の怪物がこのまま進めば、狙い通りの所で最高の一撃を与えることが出来る。このまま何事も起こらないことを、リュカは心の中で祈る。
落下する爆砕斧の刃がいよいよ怪物を捉えるという時になっても、怪物はこちらに気付いた様子を見せない。その姿に、リュカは奇襲の成功を確信する。
完全な奇襲。そして必殺の一撃。だがリュカは決して気を抜かない。最後の最後まで、何が起こるのかわからないのだから。
落下速度に振り下ろす力を加えた必殺の刃が、怪物の頭……即ち、目玉を叩き割った。
リュカは咄嗟に目玉を蹴って、爆砕斧を引き抜きながらその場から飛び退く。
怪物は目玉から体液を勢いよく吹き出すと、ビクンビクンと痙攣する。体液に何が含まれているのか分からないのもあり、リュカは体液がかからない場所まで更に飛び退く。
やがて目玉から体液の噴出が止まり……そのまま動かなくなった。
慎重に、リュカは近づき爆砕斧の先端で怪物を突く。
反応は、ない。
「え? 終わり?」
何ともあっけない結末に、リュカは拍子抜けした。
ミケに視線を向けると、彼女はふぅ、と息を吐いてから枝から飛び降りた。
音もなく着地したミケは、目玉の亡骸を観察する。が、やはり絶命している様だ。
「どうしよう、これ?」
「どうするって言っても……うーん」
自分達はこれから森の奥の調査をするのだ。こんなデカブツを引っ張っていく余裕はない。
目玉の怪物をどうしようかと考える二人は、とりあえずこの死体は放っておいて先に進むことにした。
今は調査に来ているのだ。ここで引き返すわけにはいかない。放っておけば、そのうち誰かが見つけてくれるだろう。森の獣達に食われなければの話だが。
それに怪物がやって来た方向は森の奥からだ。となれば、もしかしたらまた同じようなモノと遭遇するかもしれない。
そう決めた二人は、ミケが聞き耳を立てて細心の注意を払いながら森の奥へと進む。こういう時、ミケの耳の良さは頼りになる。
そうして暫く進んだ先にある物を見て、二人は思わず立ち止まった。
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