竜人少女の英雄譚 天使編
ヤツレウサギ
第1話 リュカの誕生日
食卓を彩る豪勢な料理の数々に、リュカは眼を輝かせた。
今日はリュカの七歳の誕生日。食卓に並んだ特別な料理の数々は、リュカを祝うために作られたものだ。
「父ちゃん、母ちゃん、早く早く!」
愛娘の催促に、台所で料理をしている両親が作りがいがあると笑みを浮かべる。
リュカはウキウキしながら隣に座っている親友のミケを見て、その様子がおかしいことにふと気がついた。
「ミケ、どうしたんだ?」
「ん? ああ、ちょっとね」
彼女はそう言葉を句切ってから、改めて周囲を見回す。
「誕生日にこうやって祝うのは、人間も戦人も変わらないんだなって」
戦人。それは竜人や獣人、半獣人といった、人の形をしていながら人ならざる者達の総称である。
リュカもミケも戦人だ。リュカは竜人の戦人で、ミケは猫人の中でも半獣人の戦人である。二人とも人の形をしてはいるものの、肘から先と膝から下は、それぞれ青い竜の鱗と茶色い獣の体毛に覆われている。そしてその人と混ざり合った種族を現すように、彼女達には竜と猫の尾、ミケにはそれに加えて猫の耳まで生えていた。
「そういえば、ミケは人間の町に行ったことがあるんだっけ?」
「あんまりいい思い出はないけどね」
「待たせたな、リュカ」
最後の料理を持ってきた父が、食卓に持ってきた料理を並べる。リュカは会話を中断して、並べられる料理を食い入るように見つめている。
料理を並べ終えて両親が席に着くと、父は娘のリュカに目を向けた。
リュカは目を輝かせて父を見る。いつもなら既に食事に手を付けているリュカだが、今日は特別な日だ。なのでお行儀よく……とまでは行かないが、ちゃんと祝いの言葉と食事開始の合図を待っていた。
「さて、リュカ。今日の誕生日に用意した、父さんと母さんからの大事な贈り物があるんだ」
「父ちゃん、それ後じゃダメ?」
贈り物は確かに嬉しい。だがそれよりもリュカの興味は目の前の料理に釘付けだ。
「まぁ、そう言うな」
食い気を全開にしている愛娘の姿に微笑みながら、彼は妻に視線を向ける。
彼女は頷くと、部屋の隅に置いてあった箱を持ってきた。子どもならすっぽり入ってしまえるほどの、長方形の大きな箱だった。
「それ、どうせ狩りに使う武器でしょ? それなら後でもいいよ」
昨日から置いてあった箱の中身が何なのかは、リュカにはおおよその予想がついていた。
中央大陸南部に聳えるカザーブ山。その南麓を開拓して作られた町『カザリナ』では、男女問わず七歳を迎えた子どもに武器を贈るという風習がある。
普通の人間が聞けばおかしな風習だと首を傾げるだろう。だがその町が、戦人達によって作られた町だと知れば、誰もが納得する風習だ。
なにせ戦人というのは、戦うために生まれたのだと人間達の間では言われているからだ。
「はい、リュカ」
母親がリュカの傍に箱を置く。置いた時のやけに重量感のある音に、リュカはやはり予想通りだと思った。
「開けてみなさい」
「はーい」
父と母が食事の前にどうしても見せたいのだと理解したリュカは、素直に返事をして椅子から降りて箱の蓋を開ける。そしてそこに収められていたのは、やはり先程の予想通り狩りに使うであろう武器だった。
さっさと開けて料理を食べようと考えていたリュカは、けれどもその興味が料理から武器に注がれることになった。
「え……!」
リュカの口から、驚きの言葉が漏れる。
入っていたのは、長柄に大振りの刃を取り付けた一振りの大斧だった。無駄な装飾の一切を廃し、ただ敵を打ち倒すことを目的に作られたと思われる、いっそ無骨なまでに簡素な斧。
何も知らない人が見れば、武器を用意するのならもう少しマシな物を用意するべきだと言っただろう。だが、それが何なのか一目で理解したリュカは言葉を失った。
ただ食い入るように、大斧を見つめるリュカ。その反応に、両親は期待通りだと笑みを浮かべた。
「気に入ったかな?」
父の言葉に、リュカはハッとして顔を上げる。
「父ちゃん、母ちゃん、これ……」
「リュカが、一人前の戦人になって、ファズミールのような立派な竜人になれますように。その願いを込めて、これを選んだのよ」
ファズミール。それは赤い炎と呼ばれた竜人であり、世界を繋ぐ門を通り幾多の世界を渡り歩き、そして幾多の世界を救ってきた竜人の英雄だ。
同じ竜人であるリュカも、その英雄の事をよく知っている。むしろ、カザリナ出身の英雄の事を、カザリナで生まれ育った者で知らない者はいないだろう。
それどころか、外から移り住んできた猫人のミケも、その英雄の事もその武器の事も知っている。だからミケは、贈られた武器を見たとき目を丸くしてリュカに尋ねた。
「リュカ、もしかしてそれって……」
「……爆砕斧。ファズミールが使ってた武器の一つ、古代人の遺産だ」
かつて英雄が振るっていた武器。それは世界に一つしかない武器……という訳ではない。
今より遥か昔、まだ神々が力を持っていた神話の時代。古代の人々は敵対した神々を討ち滅ぼすために様々な超兵器を作り上げ、それを何百何千と量産してきた。爆砕斧も、その超兵器群の一つである。
ただし、量産されているといっても実際にそれを手に入れられるのは、極々一握りの者達だけだ。なぜならば、それらの超兵器群の中には一度使えば戦局を大きく変えてしまえる程の力を持った物も数多くあり、古代人が残した遺産として今では国宝にも指定されるような代物ばかりだからだ。
爆砕斧にはそういった戦局を変えるほどの力はない。が、神殺しの武器を担った者が神殺しを成し遂げたのは事実であり、竜人の英雄ファズミールにも幾つかの世界を救う過程で、邪神に分類される神を討ち滅ぼしたという逸話も残されている。間違いなく国宝級の代物だ。
そんな武器をどうやって手に入れたのか、リュカには判らない。判らないが、両親が途方もない苦労をした事だけは間違いない。
「本物、だよねこれ」
「多分。何となくだけど、オレにもわかる」
食い入るように見つめる二人を見て、両親は苦労した甲斐があったと微笑んだ。
「そういえば、ミケちゃんからも贈り物があるのよね?」
そう言われて、ミケは気まずそうに目を逸らした。
「ん。まぁ、そうだけど……爆砕斧の後だとちょっと……」
そう言いながらミケが何処からともなく取り出したのは、爆砕斧の時とは違い両手に乗るほどの小さな箱だった。
リュカが箱を受け取って「開けてもいいか?」と尋ねる。ミケが頷いたので箱を開けると、その中に収められていたのは一本のリボンだった。
それを見て、リュカは思わず目を丸くする。
「ミケ、コレって……」
「いやさ、戦人が戦うために生まれたってのは、猫人とはいえアタシも同じ戦人だからわかってるよ。でもさ、リュカはもうちょっとお洒落に気を使ってもいいと思うんだよ。……女の子なんだからさ」
恥ずかしさを誤魔化すように、早口で言い訳を述べる親友からの贈り物を、リュカは嬉しそうに受け取った。
「これ、月光布のリボンだろ?」
「まぁ、そうだけど」
月光布は月の光を織って作られており、カザリナでは手に入らない布生地の中でも最高級の代物だ。ミケは日頃から狩りで手に入れた成果物を、密かにお金に代えてコツコツとため込んでいたのはリュカも知っていたが、まさか月光布のリボンを買うためだとは思わなかった。
「一応言っておくと、おじさんとおばさんに頼んでタルカ王都で買ってきてもらったんだよ。だから礼なら二人にいいな」
「あら、お金を出したのはミケちゃんよね?」
リュカの母がクスクスと笑う。
確かにミケはお金を出したが、最高級のリボンを子どもの貯金で買えるはずもなく、実際の所はまるで足りていなかった。なので、そこはこっそりと大人たちがお金を足して買ってきたのだが、それは言わぬが花だろう。
「大事にする。ありがとう、ミケ」
「ん。大事にしろよ」
微笑ましいものを見るような表情で、リュカの両親は二人を見つめる。
「さて、じゃあ、冷めないうちに食事といこうじゃないか」
父の言葉に、一同が食事を開始しようとした、その時だった。
――カーン! カーン! カーン!
外から甲高い鐘の音が響き渡る。その音に、リュカの両親は思わず椅子から立ち上がった。
「な、なんだろう?」
リュカが不安そうに両親を見ると、二人は険しい表情で窓の外を見ていた。その姿になにかただならぬ事態が起こったことを悟り、リュカの不安が加速する。
鐘の音が止むのとほぼ同時に、ドンドンドン、と激しく扉を叩く音が響く。
「リュカ、ミケ。ここで待っていなさい。……いや、先に食べていなさい」
父と母が険しい表情を顔に貼り付かせたまま玄関へと向かう。
「どうしたんだろう?」
隣のミケを見れば、彼女は耳をピクピクと動かして盗み聞きをしている様子だった。猫人であるミケは、竜人のリュカよりもずっと耳がいいのだ。
「……ヘーベモスのおっちゃんが来たみたい。何か話してるみたいだけど」
更にピクピクと動かすミケの表情が、段々険しくなってくる。
ヘーベモスとは隣に住む獅子人の獣人だ。先程の鐘の音といい、リュカは嫌な予感がした。
両親が戻ってきたのは、玄関に行ってからほんの少しだけ時間が経ってからだ。恐らく二人がヘーベモスと話したのは、ほんの僅かだったのだろう。
二人は椅子に座ることなく、リュカとミケに席を立ったときと同じ表情のまま告げる。
「少し面倒な事が起こった。父さんと母さんはこれから出かけるが、二人は夕飯を食べたら、ちゃんと歯を磨いて、今日はもう寝なさい」
不安そうにリュカはミケを見る。ミケはリュカをチラリと見た後、「わかった」と頷いた。
そうして両親が出て行ってから数秒後、外が俄に騒がしくなった。家の外、大通りの方からは大人たちの声だけでなく、多くの人々が地面を踏み鳴らすような足音まで聞こえた。
「ミケ、何があったんだ?」
リュカがそう尋ねると、ミケは険しい表情のまま答えた。
「……敵襲だって」
「敵襲!?」
リュカは驚いた声を上げた。
それもそのはずだ。カザリナに住まうのは、戦うために生まれた戦人ばかりで、その戦人は人間よりもずっと強い。それこそ、人間達が恐れるくらいには。
「でも、人間達が攻めてくるなんて」
「いや、人間達じゃない」
リュカの言葉を遮って、ミケは首を振った。
「どうにも、よく分からない連中が攻めてきてるみたい。ヘーベモスのおっちゃんは『楽園』の悪魔達か『永遠王国』の不死者達だって言ってた」
どちらの名前も、リュカは聞き覚えがあった。だからこそ首を傾げた。
中央大陸北部には、別の世界からやって来た二つの大きな勢力が存在する。
一つは楽園と呼ばれる国を作った悪魔達、もう一つは永遠王国と呼ばれる国を作った不死者達だ。
その勢力のどちらかが、中央大陸南部にあるカザリナまでわざわざ攻めてきた、というのだろうか。
「大丈夫かな……」
不安そうに、リュカはミケに尋ねる。
「わかんないよ。でも悪魔も不死者も、相当強いって話を前に聞いたことがあるよ。つい先日も、人間達が『世界』を一つ奪われたって話だし」
その言葉に、リュカはますます両親の安否を心配する。
同時に、自分に何か出来ることはないだろうかと考え、ふと足元を見た。
自分の足元の箱には、一振りの大斧がある。しかも、ただの大斧ではない。かつて英雄が使った大斧と同じものであり、遙か昔に古代人が作り上げた超兵器の一つだ。
確かに悪魔や不死者相手では、いかに竜人とはいえ子どもの自分では足手まといになってしまうだろう。
だが、爆砕斧があればどうだろうか?
リュカは逡巡し、だがしかしやはりダメだと首を振った。
父は家に居ろと告げたのだ。それはつまり、たとえ爆砕斧の力があったとしても、足手まといになるということだ。
「……ミケ、ご飯、食べよう」
「いいのかい?」
「うん。オレ達が行って足を引っ張ったら、父ちゃんと母ちゃんが危なくなるかもしれないからさ」
両親の言いつけ通り、二人は料理を食べて寝ることにした。
翌日、ヘーベモスから伝えられたのは、両親が戦いの最中に行方不明になったということだった。
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