12/23 苺のエクレア




 死神の休憩所にて。

 ドタバタと、どんどん大きくなってくる忙しない足音が耳に届いた櫂はけれど、持って読んでいる死神新聞から目を離さないでいると、その足音がピタリと止んだかと思えば、先輩聞いてくださいと怒った声が耳に直撃したので、死神新聞を円卓の上に置いて、顔を少しだけ上げて見た。

 黒いマントで全身も目元も隠す澪を。


「あの人!また!銀狼を!取り入れようとしているんですよ!」

「暖が阻止しただろ」

「しましたよ!」


 怒ってはいるが泣きそうだと、櫂は思った。

 いやもしかしたら、黒いマントの中で泣いているのかもしれない。


 澪は銀狼と分裂して吸血鬼ハンターに戻った蒼を名前で呼ばず、あの人と言い続けた。

 澪にとって、暖を兄貴と慕う吸血鬼が、蒼なのだ。


 銀狼を取り入れた吸血鬼ハンターの蒼が、吸血鬼になった蒼を喰らって銀狼と分裂した瞬間、時間は十二月一日に遡った。

 櫂の力だ。

 櫂は死神の力を半分使って蒼を創った際、あれやこれやと細工をしておいた。

 時間逆行もその一つである。


「もう!蒼さんが!蒼さんがせっかく!蒼さんは!」

「落ち着け」


 櫂は円卓の上に置いていた苺のエクレアを皿ごと持ち上げて澪に差し出した。


「糖分取って冷静になれ。あいつはおまえが知っている蒼じゃない。押し付けるな」

「じゃあ。黙って、銀狼を取り入れるのを見ていろって言うんですか?」

「言わねえよ。仕事はしっかりやってんだ。今まで通り、暖に知らせればいい。ただ、毎回毎回、カッカカッカと炎を上げながら俺にいちいち知らせるな。おまえのせいで、いつか耳が使い物にならなくなる」

「それは。すみません」


 皿を受け取った澪は、苺のエクレアのかわいらしさと櫂の気遣いに、怒りをゆっくりと腹の中に収めた。

 収めるだけ。

 まだ、散らせそうにはなかった。


「座れ。喰って、仕事に行け」

「はい」


 澪は椅子に座り、苺のエクレアを手に取って食べた。

 苺のチョコレートがかかった楕円形のエクレアの中には、さっぱりした苺の生クリーム、甘酸っぱい苺のピュレ、半分に切った苺が四つ入っている、苺尽くしのエクレアだった。


「おいしい、です」

「まだあるぞ」

「帰って来たら、いただきます」

「ああ」











(2023.12.23)



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