#5
見極めの儀から二日。
サンティエ・ルビのルージュ公爵邸に戻ってすぐに、私はロゼッタから庭の隅にあるガゼボに来るようにと呼び出しを受けた。恐らく、私の今後について話したいのだろう。
聖法の才とメイドとなる資格には関係が無い。事実、ルージュ家の使用人の中には、法理への適性が著しく低い者も多い。
しかしそれは一般メイドなどの話で、主の傍に直接控える者となると、聖法か武術の心得か、或いはその素質が必要となる。
十歳という年齢は、前世であれば社会に守られるべき子供でしかない。だが、この世界での十歳は子供として見られはしても、家業の手伝いをするか、何処かに奉公へ出るかという、大人に混ざって働き始める年齢だ。
貴族階級であれば別だが、ミミとしての立場は一介の平民に過ぎない。
現状の私では、ルージュ邸の一般メイド見習いとして生涯を終えるくらいしか許されない。しかし、それではロゼッタの死をただ待つだけだ。
ガゼボに向かう間に、さて、どのくらいの猶予を与えてもらえるだろうか、と考える。
欲を言えば五年は欲しいところだが、護衛もこなせる側仕えとして認めらる実力になるには、最低でも二、三年は必要だろう。
法理の鍛錬をその短い期間で行うのは現実的ではない。となるとやはり、誰かに剣を学ぶべきだ。
「剣道でも習ってればな………」
そう愚痴を吐いてみるが、細身で片刃な日本刀を扱う剣術を一般化した剣道が、両刃の西洋剣と相性が良いとは思えない。無駄になるとも言い切れないが、基本的に鋳造された剣の戦法は"叩き切る"ものだと聞く。
無論、剣を得物とする全ての者が力任せに振るう訳ではない。かつては決闘用とされたフェンシングに似た剣術もあるし、短剣や暗器を扱う者だっている。しかしやはり、それらは日本の剣道や剣術とは根本からして違うものだ。仮に私がそのどちらかの心得があったとしても、あまり役には立たないだろう。
仮に銃を手にしたとしても、戦闘で使える程度になるまでどれ程の訓練が必要になるか分かったものではない。
それに、この世界は前世で言うところの十五世紀前後の文明レベルだが、法理の存在によって銃などはあまり発達していないのだ。ライフリングすらない銃を武器にしたとしても、聖導師や魔法士との戦闘では牽制としてすら機能するか怪しいものだ。
「お待たせして申し訳ございません」
ガゼボの下でティーカップに口を付けているロゼッタに一礼する。彼女の背後に控えているのは、護衛隊長であるセリア・エクラだ。
セリアは騎士爵であるエクラ家に生まれた娘で、十三歳で騎士団への正式な入団が認められ、二年前────十五歳で准騎士の称号を与えられた程の実力者である。
そして、アルカンシェル女王国ルートでは、ロゼッタの身の安全を守る手段として、メメが率いるメモワールに属することになる。
その後、ロゼッタが魔竜に取り込まれて消滅したことでメメと対立し、最終クエストとなるメメと魔竜の討伐戦にてエステルと共闘するも致命傷を負い、舞台から退場する────というのが、セリアが本来のストーリーで迎える最期だ。
「座って、ミミ」
「わたし如きが同席しては、ロゼッタ様の品位を落とします」
「気にしないわ」
「なりません」
二年前ならいざ知らず、メイド見習いが貴族の娘、それもいずれ家督を継ぐ者と同席するなど、誰かに見られれば大事だ。エステルを含めた主人公キャラクターとの対立を回避できたとしても、他の貴族連中から反感を買ってしまう。
ロゼッタが"
「………少し、雰囲気が変わった?」
ロゼッタは、
しかし、雰囲気が変わったかとは、返答に困る。ロゼッタと顔を合わせている間は可能な限りミミとして振る舞っているが、やはり違和感を与えてしまっていたらしい。
とはいえ、特に追及されないのであれば、二年前の記憶が戻ったと説明すれば済む話だ。私の今後について話すのであれば、どちらにしろそう伝えておいた方が良いだろう。
「実は、ここに来るまでのことを思い出しましたので………。その所為かと」
セリアが若干眉を動かし、ロゼッタはティーカップを落とすのではないかと心配になる程呆けている。
「ここに来るまでの………。つまり、クワルツでのことを思い出した、ということ?」
「はい」
「何時?」
「一週間前、わたしが倒れた際に」
「ああ、あの時………」
今の私がミミ本人ではなく、ミミの記憶と混ざっただけの別人であるという点を除けば、これは事実だ。
「では何故、その時に言わなかった?」
セリアが追及する様な口調で言う。
「理由は二つあります。一つは単純に混乱していたこと。二つ目は、わたしがミロワール家の次女であると名乗り出れば、二年前の事件の首謀者にされる可能性があったからです」
「首謀者?」
ロゼッタが首を傾げる。
二年前の事件というのは、ロゼッタがシャルルに対して依存的な恋心を抱くきっかけとなった出来事のことだ。
大陸暦一四三六年の夏。アルカンシェル女王国西部の一画で、その事件は起きた。
結果から述べるのであれば、その地を治めるミロワール男爵家と領民の大半、そしてある公爵家に婿入りした男が死亡したのだ。
ストーリーに登場する人物の中でこの一件に関わりのある人物は六人。
ミミ、ロゼッタ、セリア、ロゼッタのメイドの一人、そして後に"メモワール"のメンバーとなる姉妹のハンターである。
"ラビランス遺跡事件"と呼ばれるこの件の発端は、ミロワール邸のあるクワルツという都市の南部に存在する遺跡がダンジョン化したことだった。
ダンジョン化とは、遺跡などに魔物が棲みついて局所的に魔力量が増加する現象を指す。
このラビランス遺跡は内部構造の複雑さなどから、時が経つ程魔物の数も危険度も上がると考えられ、すぐに調査隊が派遣されることとなった。
調査隊にはハンターや聖導師、武術家、魔物の研究者などが選ばれたが、その中にはとある貴族もいた。
その貴族は建築分野などを統括している家柄で、急を要するこのラビランス遺跡の調査の責任者として名乗り出たのだ。
その人物の名はポール・ルージュ。ロゼッタの父である。
先に述べた通り、この事件での生き残りは極僅かで、生存者の中にポールの名は無い。
調査隊や領民と共に、メメに殺されたのだ。
そもそも、件の遺跡のダンジョン化自体、メメが引き起こした事である。
メメは最終目的である女王国への復讐の第一歩として、ミロワール男爵領を文字通り破壊しようと目論んだ。調査隊にルージュ公爵家の人間が同行しているのは予想外だっただろうが、寧ろメメにとっては嬉しい誤算というやつだろう。
その調査隊の荷馬車に隠れて付いて来ていたのが、ロゼッタと護衛であるセリア、メイドの三人である。
クワルツに到着した後、ロゼッタはポールに叱られはしたが先に帰すのも危険だと判断され、ミロワール邸に預けられることになった。
その際、同じ年齢であるミロワール家の次女と友人となり、そして調査開始から九日目に、大人達から隠れて遺跡を見に行ってみようという話になる。
セリアとメイドに追われながらも悪戯好きな子供二人は遺跡に向かい、しかし、二人は遺跡近くの森の中で逸れてしまう。
いや、逸れたのではない。ミロワール家の次女────ミロエ・ミロワールの中にいるメメが、肉体の主導権を奪ったのだ。
ミロエを探すロゼッタ達三人が、遺跡の方角から、続いて街の方から聞こえる破壊音に鼓動を急かされ、遺跡に辿り着いた時には、全てが終わっていた。
ミロエの身を案じて周囲を探し、森の中で倒れる少女を発見した三人は、破壊されたクワルツへと戻り、街の外に出ていた僅かな住民と自分達以外に生存者がいないことを知る。
そして、目を覚ましたミロエは記憶を失っており、ロゼッタは彼女をルージュ邸に連れ帰ることにしたのだ。
ロゼッタからすれば、ミロエは自分と同じく、謎の存在によって家族を奪われた少女に見えたのだろう。
しかし実際は、そのミロエの中にいるメメ────いや、メラス・メモワールこそが、事件の首謀者なのだ。
メラス・メモワールは、二百程前に生まれた人物だ。
平民の娘でありながらも圧倒的な法理の才を持ち、ついには一代貴族として男爵位を与えられるまでに至った、所謂天才呼ばれる類の人物であった。
しかし法理の研究にのめり込んでいったメラスは、次第に聖法だけでは飽き足らず、魔法にも手を出すようになっていく。
そして処刑が決まったメラスはその法理の知識の全てを使って、聖霊や魔霊に近しい存在である"祖霊"となったのだ。
祖霊となったメラスは百五十年近くを放浪に費やし、十年前、とある場所で自身の依り代となる赤子を見つける。
その赤子には特別法理の才は無かったが、貴族の娘であることと、その貴族が治める領内に都合の良い遺跡があったこと、何より居心地が良さそうな精神構造をしていたらしい。
その赤子こそ、今はミミと名乗っているミロワール家の次女────私が転生したミロエ・ミロワールである。
メラスの憑依によって、ミロエはクワルツ家に仕える聖導師から『魔霊の堕とし仔』と呼ばれていた。その呼び名は次第に領民達の間にも広がり、家族からも疎まれる存在となったのだ。
「ロゼッタ様も、二年前にわたしがどのように呼ばれていたのか、覚えていらっしゃる筈です。
幸い────という表現は不謹慎ですが、ミロワール家の人間がわたし以外全員死亡していることで、ミロエ・ミロワールも"ラビランス遺跡事件"にて命を落としたことになっています。
しかし、『魔霊の堕とし仔』などと呼ばれたわたしが生きていると発覚すれば、クワルツの生き残りは皆良い顔をしないでしょう」
何より、謎の存在に滅ぼされた貴族家の生き残りを手元に置いているというのは、縁起の良いものではない。私の今後の行動を考えても、ミロエ・ミロワールは死んだままにしておくのが最善だろう。
「そういう難しい話は後でいいわ。ミミ」
ロゼッタが椅子から腰を上げて、私の前に立つ。
「思い出したなら、私と貴女はまた友人よ。友人とお茶をするのに周囲の視線を気にする程、私は傲慢じゃないわ」
再び同席を勧めるロゼッタ。
「そう仰っていただけるのは大変嬉しく思いますが、やはり今のわたしはミロエ・ミロワールではなく、ルージュ家メイド見習いのミミでしかありませんので………」
これ以上この話題を続けては、今後の身の振り方について話す時間が無くなってしまう。
そう感じた私は「ところで」と会話の流れを断ち切り、ここに呼び出した理由を尋ねることにした。
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