第18話 命を賭けたゲーム
そして現在、廃ビル。
拳銃を握ると、まるで生気を一瞬で吸い取られたかのように、背筋へと悪寒が走った。
今まで味わったことのない、独特で冷ややかな感触。手の中に収まりきらず、先端の穴は妙に無機質で、仏頂面が張り付いた堅物のようだった。初めてということもあり、あまり手には馴染まない。
「どう? 別に何も変な仕掛けとかされてないでしょ?」
「今のところはな」
用意された椅子に腰をかけ、皇はしばらく渡された拳銃を調べていた。
剣崎が提案したゲーム、それは己の命をチップとして扱う、まさに究極のギャンブル『ロシアンルーレット』だった。
回転式の拳銃に一発だけ弾を込め、適当にシリンダーを回した後、自分の頭に押し付けて引き金を引いていく。実力や技能などは一切問わない、ただ己の運を信じるだけという完全な確率ゲームである。
「なるほど、スペードのクイーンと言えば、ロシアじゃ有名な短編小説。そいつとのゲームにはお誂え向きってわけだ」
久遠は面白そうに呟き、下顎を指で軽く撫でた。
「へぇ、詳しいね……虹色頭くん」
剣崎は少し感心している様子だった。
皇は拳銃を調べ終えると、一旦剣崎に返した。
「ロシアンルーレットは初めてだ。一応ルールに関しては知っているが、念のために確認しておきたい」
「あはっ、いいよ。でも、ただ普通にロシアンルーレットをやるんじゃつまらないから、少し特殊ルールを加えようと思う」
「……特殊ルール?」
「だって普通にやったんじゃ、確率は単に六分の一でしかないじゃん」
ロシアンルーレットでは、基本的に二つのやり方がある。一つは、回転させたシリンダーを適当な位置で止め、相手と交互に撃ち合っていくパターンだ。この場合は先攻が有利になり、二回目以降の方が負ける確率が上がる。
二つ目のやり方は、互いの勝率を同じにして行う方法だ。シリンダーを回転させてから引くのは同じだが、それを毎回行うことで確率を常に六分の一で固定するというものだ。この場合は互いの条件が完全にフェアとなる。
「これ、地味に生き残る確率高いと思うんだよね。だからもっと死にやすくするために、確率を六分の五にしようと思う」
「ってことは……つまり……」
「そう、実弾は五発装填して行う。どう? 一発の重みが大きくなったでしょ?」
「私は構わないが、お前は本当にそれでいいのか?」
「もちろん、むしろ死ねる方が私的には燃えるんだよね」
剣崎は自殺が趣味の異常者、己が死ぬかもしれない確率が高くなることくらい些細な問題らしい。
「けど、私が死んだら『ジョーカー』の情報が手に入らなくて困るんじゃないのか?」
「あはっ、こっちの心配をしてくれるなんて余裕があるねぇ……でも安心してくれていいよ、あなたは負けるけど……死んだりはしない」
「……え?」
負けるが死なない、それでは矛盾している。ロシアンルーレットでは、片方が死ぬことでもう片方の勝利が決定するゲームだ。
「ルールの一つとして、引き金を引く前に勝負を降りるというものを追加しておくんだ。追い詰められた皇さんは、絶対に引き金を引けないよ」
薄く微笑み、自信満々に勝利宣言する剣崎。実力を問わない確率の勝負において、それは本来ありえないものだった。
「さて、細かいルールをもう少し説明しておこうか。当然ながら、私は初めてじゃない。だから問題点とそれを補う方法は既にわかってるんだよ」
剣崎は携帯を操作するの、皇に画面を見せてきた。それはルールの詳細が細かく記された画像だった。
『ハイリスクロシアンルーレット』ルール。
使用する拳銃には前もって五発の実弾と空砲弾を装填する。
どちらかが先に被弾するか、先に降参を宣言するかで勝負は決着する。
引き金を引く際、必ずシリンダーを回転させる。
先手後手はくじ引きで決める。
「なるほどねぇ……」
一通り確認すると、皇はその画面を久遠にも見せた。
「いくつか気になる点があるんだが、それについて質問してもいいか?」
久遠が膝を曲げた状態で軽く手を上げた。
「どうぞどうぞ、ていうか、君が質問するんだね」
「お嬢の付き人だからな、雑務は俺の役目だ。何か文句あるか?」
「別に、従順で立派だなぁ……って思うよ」
「んじゃ聞くが、空砲弾ってのはいったいどういうことだ?」
「あっ! やっぱり気になるよね、そこに関しては」
ロシアンルーレットにおいて、空砲弾などという単語を聞くことはほとんどない。実弾を空砲弾にして行うならまだしも、実弾の中に空砲弾を混ぜるというのには違和感があった。
「使用する空砲弾はこれだよ」
剣崎は取り巻きたちに机を持ってくるよう指示し、その上に二つの弾を置いた。両方とも見た目も大きさも全く同じである。
「二人から見て、右が実弾、左が空砲弾」
「見分けがつかねぇな」
「本番ではこれを実弾に混ぜるの、要するに生き残りたかったら、たった一つだけの空砲弾を引き当てればいいってわけ」
「それ、装填しないだけじゃダメなのか?」
「もっともな質問だね。けど、これはイカサマ防止で絶対に必要なことなんだよ」
「イカサマ?」
「ガンカードと同じだよ。弾の入っていない位置に印をつけたり、記憶したりするのを防ぐためってわけ」
「徹底してるな、それで見た目では判別できなくしてるってことか」
「そういうこと、あとこの空砲弾は重さも同じになるよう調整されてるんだ」
「重さ?」
「そう、もし一つだけ装填しないでプレイした場合、その位置はシリンダーの上に来る可能性が高くなるでしょ?」
剣崎が言っているのは重心の偏りについてである。弾が五発も込められている場合、その位置は確実に重たくなり、下の方に弾が行きやすくなるというロシアンルーレットにおける読みの基本のことだ。故に通常のロシアンルーレットでは二発目と三発目が最も危険であるとされている。
この理論に確実性は一切ないが、剣崎はあくまでフェアを望んでいるため、僅かでもそれに亀裂を入れたくないらしい。
「それに、ロシアンルーレットの熟練者なら、耳で空の弾倉がどこにあるかをシリンダーの回転音から聞き分けることもできる。これはそれを防ぐための処置ってわけ」
「だそうだ、お嬢」
「ありがとう、久遠」
「あっ、先に宣言しておいてあげるよ……皇さんは絶対に一度も引き金を引けない」
自信に満ちた表情で、剣崎は迷いなく言い放った。
「皇さんさぁ、冷静にゲームを考察してるつもりかもしれないけど……自分自身が全然見えてないんだよね」
「自分自身?」
「本当は怖いんでしょ? そうやって澄ましてられるのも今だけだよ。銃口をこめかみに当てたら、今までの自分なんてどっか行っちゃうんだから。何度もこのゲームで生き残ってきた私とじゃ、レベルが違いすぎるし」
その読みはあながち間違っていなかった。皇がこのゲームに対して底知れない恐怖を抱いているだろうということに関しては、久遠も心配の種を実らせている。
「あははっ、化けの皮が剥がれるのが楽しみだなぁ……それじゃあ、さっそく始めよっか!」
「いや、待ってくれ。もう少し考えさせてはくれないか? 久遠と別室で相談し、このゲームを受けるべきか改めて思案させてほしい」
「あれぇ? もしかして皇さん、びびっちゃったぁ?」
「完全に臆しているわけじゃないが、勝つ可能性を少しでも高くするなら、ゲーム内容の承諾は慎重でなくてはならない。そちらにゲーム内容を決めてもらいたいと言ったが、イコールどんなルールにもオーケーするとは言っていないからな。ゲーム内容を二人で相談し、問題ないと判断してから受けるかどうかの答えを決めさせてほしい。このくらいのわがままは当然だと思うが、違うか?」
「あはは、慎重だねぇ。石橋を叩きすぎると壊れちゃうよ? まあ、こっちがゲーム内容を決める以上、皇さんに断る権利があるのは当然かな。私としても、このゲームじゃないと嫌だなんて言うつもりはないし。それじゃあ、いい返事を待ってるよ」
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