第16話 究極のギャンブル
「その『ジョーカー』というのは、いったい何の話だ?」
「とぼけているのか、それとも本当に知らないのか、どっちにしろ勝負に勝てばわかることかな。とりあえず今は言及しないでおこうかな。私の言う『ジョーカー』とは、この学園の生徒に与えられる『絵札』を超えた存在のことだよ」
「どうして……その『ジョーカー』と私が繋がるんだ?」
「候補の一人だから……かな」
「つまり、私が『ジョーカー』だと?」
「あくまで、候補の一人ってだけの話だよ。なんたって、敗北を知らない無敵の女王様だからね」
「なるほど。それで、私が『ジョーカー』だったとして、その情報がいったいお前にとって何の価値を生むんだ?」
腕を組み、ふてぶてしい態度で訊き返す皇。
「言ったでしょ、これは個人的な話だって、うちのリーダーはどうも『ジョーカー』を倒したくてあなたを舞踏会に招待したみたいだけど、私は逆なの」
「……逆?」
皇は目を細めた。
すると、剣崎は不気味に微笑んだ。
「だって……私たち『絵札』よりも上とされる称号を持ってるんだよ? そんなすごい存在ならきっと、私を殺してくれるじゃない!」
目の色を変え、興奮気味に声を上げる剣崎。
彼女にとってギャンブルとはただの勝負や賭け事などではなく、単なる自殺の方法にすぎないらしい。
「最近さぁ、こういうのが足りなかったんだよねぇ……死にたくても死ねなくて、もう私は現世とさよならしたいってのに、神様はどうしても私を殺してくれない」
剣崎の顔は僅かに紅潮し、何故か息遣いが荒くなっていた。
火照った様子で目を輝かせ、口の端から少量の唾液を溢す。尋常ではなかった。明らかにどこか狂ってしまっている。
「だからさ、『ジョーカー』の情報を賭けて、私と勝負してくれない? 仮に知っていたり、あなたが『ジョーカー』本人だった場合、学園のルールに従って全てを私に教えなくちゃならない。まあ、何も知らなかったら収穫ゼロになっちゃうけどさ」
「じゃあ私が勝った時も、お前の持つ『ジョーカー』の情報を全て渡すってことか」
「あ……やっぱり知りたい? まあ、それも含めて演技って可能性もあるかな」
「そうだな、ゲームに勝たない限りは信用できない。いいだろう、その条件を受けてやる」
「あはっ、そういうこと……いいねぇ、そうやって命を粗末にできる人……嫌いじゃないよ」
「お前なんかに好かれたくない」
「えー、酷いなぁ……可愛いのに口悪いよ」
瞬間、数秒の沈黙を過ごす。そして思い出したかのように、たっぷりと嫌味を込めて言葉を紡いだ。
「返り討ちにしてあげるよ……ハートのクイーン様」
剣崎は自信満々に啖呵を切り、懐から携帯電話を取り出した。それを見て、皇も自身の携帯を手に取った。あくまでも、ゲームは互いに端末を起動させてからマッチングさせなければ行えない。
「さて、肝心のゲーム内容だけど、ここは一応スペードのクイーンとして、ハートのクイーンに譲ろうかな、一応私のが格上なわけだし」
「いや、ゲームの内容はそっちが決めてくれ。私はそれに従う」
「……え?」
皇の信じられない解答に、思わず惚けた声を漏らす剣崎。普通に考えて、相手にゲームの内容を決めさせるのは単純にそれだけでリスクとなる。
「あはは、冗談でしょ? 私が得意なゲームを選択したら、あなたに勝ち目なんてないよ?」
まだ己の命を賭けたことがない皇と違い、剣崎は既に実戦経験がある。当然のことながら実力は上だ。皇もそれなりに場数は踏んでいるものの、それはあくまでも既存のギャンブルによるものばかりである。加えて、勝利そのものも自身の実力ではなく、運によって得られたものにすぎない。根本的な駆け引きならまだしも、剣崎が十八番としているゲームであれば、情報戦で何もかも敗北している皇が勝つのは非常に困難だ。
「二度も言わせるな、お前が得意なゲームで構わない」
「へぇ……そう、ならお望み通り、私に決めさせてもらおうかな」
剣崎の皇に対する警戒心が更に強くなった。ここで喜んで自分の得意とするゲームを選択するのは簡単だが、事はそう単純ではない。
仮に皇が、既に剣崎が多用しているゲームについて知っていて、事前にそれの対策をして来ていた場合、舞い上がって得意なゲームを選択するのは自殺行為になる。皇はどこまでこの状況を想定できていたのか、まずはそこから考えなくてはならなかった。
「早くしてくれ、お嬢を呼び出したのはそっちだろ」
ルールを決めてもらっている間、暇を持て余した久遠が横から野次を飛ばす。些細なことではあったが、それは少しずつ剣崎の苛立ちを増幅させていた。
いったい何を企んでいるのか、剣崎には全く読めなかった。目の前にいるというのに、まるで相手の姿が見えてこない。非常に不気味だった。
故に、慎重にならざるを得ない。久遠の底が知れるまで。
「君はせっかちだね、『札なし』くん。女の子にモテないでしょ?」
「やめろ、事実は時に人を傷つける」
「あ……ごめん」
「謝るな、なんかマジっぽいだろ」
「え? マジじゃないの?」
「それは誰にもわからない。ただ、少なくともあんたよりはモテる自信がある」
「あはっ、それはないよぉ……ねぇみんなー」
剣崎が迷いなく周囲へと返事を促すが、取り巻きは誰一人として返事をしなかった。それどころか、全員何故かバツが悪そうに目を逸らしている。
「……現実は無情だね」
「久遠、ちなみに私はモテるぞ」
「いや、お嬢は張り合わなくていいから」
「さすが『血煙の女王』は自身家だね」
あえてくだらないやり取りを混ぜつつ、剣崎は少しずつ探りを入れる。声、仕草、態度、あらゆる側面へと感覚を研ぎ澄ませる。何か不自然な動きはないか、自然と誘導されてはいないか、など猜疑心を強める。
だが、やはり何もそれらしい様子は見られなかった。まるで本当に、どんな勝負でも受け入れるつもりでいるような、そんな底知れぬ余裕が窺える。
「あのさぁ、もう一度確認するけど……本当に私が提案したゲームなら何でもいいの?」
「だからそう言ってるだろ」
即答だった。何も迷いが見えない。単純に舐められているのか、現状が何も理解できていないのか、それとも相当腕に自信があるのか、剣崎には皇の姿が見えていなかった。対面しているというのに、何故か視界の半分以上には靄がかかり、得体の知れない何かとしか認識できない。
こういった経験は、別に皇が初めてというわけではなかった。今までも、素性を隠した相手とゲームで対決することは何度かあった。そんな時、剣崎にとって有効となる手段は一つだけだった。
「じゃあさ、もちろん……命だって賭けられるよね?」
自然と、心臓のノックが激しくなった。剣崎は今、久しぶりに興奮していた。命を賭けられるかもしれないという期待に。
半端な覚悟と自信では、己の命まで賭けられる者などいない。もし乗ってきたとしても、それは蛮勇に過ぎないのだと、剣崎は今までの経験から確信していた。
口角を上げながら、取り巻きに目で合図を送る。それを見て、一人が部屋の隅に置いてある机に何かを取りに向かった。
「ならやろうよ、己の命を賭けた究極のギャンブル……ロシアンルーレットを……」
取り巻きが持って来たのは、リボルバー式の拳銃だった。
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