六話 強さを求める兄、知恵を振るう弟

「うらぁあああ!!!! 次、来いやぁ!!」

「は、はっ!」


 屋敷の北東の対屋たいのやの軒先でふわりとした金髪の男児が屈強そうな大人の侍従を次々と相撲技で投げ飛ばしていた。


「まだまだぁ! もっと本気でぶつかって来い!」

「「「はっ!」」」


 投げ飛ばされた侍従たちはキツそうな顔をしながらも、何度も何度も男児に立ち向かっていく。

 子供相手だからと手を抜いている様子は無いが、真正面からぶつかるのみで、やっていることが少々単調に見えた。


「爺ちゃん、キント兄ってあんな性格だったんだね......」

「まあ、以前に顔見せした時はムスッとしていて終始無言じゃったからのう......」


 あれが俺の兄、キント・トール。八歳。生まれつき両親とは違う金髪の髪色だったのでサキ母様がプラム婆様に不貞を疑われたという。

 詳しく調べたところ獣憑きという特異体質で体毛が金色なことと、粗暴な性格になりやすく一般人の数倍の力が出せるという体質らしい。

 五歳の頃には勝手に山野に飛び出しては魔熊マユウ魔猪マチョを投げ飛ばしていたというから驚きだ。


 金毛な理由は分からないが、後の二つは恐らくアドレナリンの過剰分泌とかで常に興奮状態になってて脳のリミッターが緩いんじゃなかろうか。と前世のマンガ知識から勝手に推測してみる。


「あぁ? お前、ツナだったか? 何しに来た!?」


 一息ついたキント兄がこちらに気づいた。

 話し方がケンカ腰だ。

 ヤンキーが絡むような言葉遣いにビクッとしてしまった。


「えっと、兄上のお顔を拝見しに......」

「丁度いい! 来い! 稽古つけてやる!!」


 もっと落ち着いてそうな時に会いに来ればよかった。と後悔したのも束の間、キント兄によって無理やり土俵に引きずり込まれてしまった。


「オレ様の弟なんだから多少は強いんだろう? ほら! 構えろよ!」

「えぇ!?」(爺ちゃん助けて~)

「ツナよ。なんでもいいから全力で勝ってみせい」


 視線で爺ちゃんに助けを求めるも、興味深そうに笑いながらとんでもないことを告げてきた。

 一体、何をしてくれているんだ!


「オレ様に勝つってか!! いいぜ! おもしれぇ!」

「ちょっ! 火に油注いでどーすんの!?」


 もう相撲を回避する方法はなさそうなので素直に投げ飛ばされて終わるか......。

 いや、爺ちゃんは””って言ったのか。

 

 ふむ。それならやれないこともない? 


 目を閉じて意識を集中し、先ほどまで見ていたキント兄の動きを頭の中で反芻する。

 七回程見ていたが、その取り組みのどれもが立ち上がりから全力でぶつかり合って、がっぷり四つ組んだ後は力任せに投げ飛ばす展開だった。

 膂力は大人をも投げ飛ばす程に強いがただそれだけだ。


「おい! いつまでボーっと立ってんだ! 早くしろよ!!」

「分かったよ。どんな手で俺が勝っても恨みっこなしだからね!」


 やれないこともないけれど、上手くいくかどうかは成功率四割ってところだろうか。


「見合って見合って! はっけよーい! ......のこった!」

「らぁ!!!!」


パンッ! ズサッー! 


「......は?」


 爺ちゃんが行司として合図を出したと同時に、俺は目の前で両掌を叩いて猫騙しを仕掛け、キント兄が目を瞑った瞬間に横に避け、右足を引っ掛けて右手で背中を押すとキント兄は見事に前に倒れた。

 決まり手は猫騙しからの蹴手繰けたぐり。


「なんでオレ様が倒れてんだ?」

「キント兄が負けたからだよ」


 キント兄は何が起こったのか理解できていないようで座り込んだまま呆然としている。

 これまでは真っ直ぐぶつかってくれるような相手しかいなかったのだろう。

 寧ろ相手方もわざと投げ飛ばされることで、キント兄を満足させて余計な問題を起こさないようにという接待相撲のような感じだったのかもしれない。


「ひ、卑怯じゃねぇか! 正々堂々勝負しろ!!」

「俺がキント兄と真っ向からの力比べで勝てるわけないでしょ!」

「わっはっはっはっはっは!! そこまで! 勝者はツナじゃ!」


 キント兄が不服を申し立て始めたところで爺ちゃんが俺の勝利判定を下した。

 それを聞いたキント兄はムスっと不満を露わにしている。


「キントよ。実際の戦いでもそうじゃが、勝つ為の方法は決して一つではない。力任せにぶつかる以外の勝ち方も学んでみるといい。お前の糧になるはずじゃ」

「わかった......」


 もっと駄々を捏ねるかと思ったが、意外にもあっさりとキント兄は聞き入れたようだ。

 忘れがちだが爺ちゃんはトンデモないくらい強いらしい。ぶっきらぼうな兄も強者の言う事は素直に聞くのかもしれない。


「キント兄、じゃなかった、兄上が色んな戦い方を学んでもっと強くなるの楽しみにしてますね!」

「呼び方、キント兄でいい。次は負けねぇからな! ツナ!」


 ニカっと笑ったキント兄の笑顔が眩しい。

 頭に血が上り過ぎてない時は気持ちいい熱血少年なんだなぁ…...。

 今は思いもよらぬ敗北で良い具合に気が抜けているのかもしれない。

 キント兄には心を落ち着ける効果のあるものをプレゼントしてあげると本人も周囲も喜んでくれるんじゃないだろうか。


 こうしてキント兄との唐突な初稽古は俺の勝利に終わった。

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