尋問
慶隆は乱暴に前髪をかき上げ、低い声で尋ねた。
「お前、何者だ? 所属は?」
「さっきの人にもいったんですけど、
「そんな話を信じるやつがどこにいる」
「慶隆さんでしたっけ。あなたが信じてくれれば、少なくとも、ここに一人です」
ナギは親しげに微笑んだ。
慶隆は腰に差した拳銃の銃把――グリップに手をかけままマジックミラーに目をやり、また向き直る。額に細かな汗を浮き立たせ、慎重に口を開いた。
「ウチの突撃部隊を殺したと聞いてる」
「僕じゃありませんよ」
「――答えたな」
「あっ……ですね。答えちゃいました」
ナギが困ったように少し眉を寄せた。
「まあ、でも、誤解されたままよりはいいですよね。……というか、あの人たち死んじゃったんですか? 僕が最後に見たときは息をしてた気がするんですけど」
「本当に現場にいたのか」
「はい。迷い込んじゃったみたいで」
慶隆がナギを警戒しながら椅子に戻った。
「お前は、なんでミスクに攻撃されなかったんだ?」
「ミスクっていうのが、あの人の名前なんですか?」
「あの人?」
「あの、剥いだ皮で服を仕立ててた方です。背が高くて、長くて黒いウィッグの」
「あれはウィッグじゃない。人から剥いだ頭皮だ。髪の毛つきのな」
「そうなんですね」
「なぜ攻撃されなかった」
「どうでしょう……」
ナギは幽かに首を傾げ、小さく唸った。
「――挨拶したからとかじゃないですか?」
「ふざけんな!」
慶隆が拳を握り固めてテーブルを殴った。衝撃でファイルの位置がズレる。ナギの眉間に細かな皺が寄った。
「あの、ファイルの位置が」
「うるせぇ!」
慶隆の怒声に、ナギは目を瞬かせた。
「位置、直してもらえます? また手錠を外してもいいんですけど」
「……いつまでもシラを切り続けられると思うなよ?」
「あの、位置――」
顔面に汗を浮かせ、慶隆は下唇を舐めた。
「元の位置に戻してやるから、代りに本当の名前をいえ」
「じゃあ、先に戻してもらえます?」
「名前が先だ」
「だったら外して戻します」
「撃つぞ? 脅しじゃない」
恐怖と怒りが交じる慶隆の目を見つめ、ナギはこたえた。
「どうぞ、ご自由に」
バチン! と音がし、またナギの右手が机に伸びた。慶隆が椅子を蹴倒して今度は拳銃を抜いた。ナギは気にせずファイルの角度を直して手を戻す。
「本当に撃つぞ!?」
銃を構えたまま、慶隆がいった。
しかし、彼の動きを制止するかのように、部屋のスピーカーが短なハウリング音を立て、つづけていった。
『
ナギは音の出処を探るように首をめぐらし、マジックミラー上方の格子に目をとめた。
「こっちの声も聞こえます?」
『……聞こえるよ、もちろん』
声質からして、ナギを部屋まで先導した中年男――加木屋だ。
「向こうを出る前に伝えたんですけど、僕のロッカーに私物が入ってるんです。バッグのなかに雑誌が入ってて、それを返してもらえますか? 月刊アトランティスと月刊アインシュタインです。返してくれたら、いくつかの質問に答えます」
スピーカーは沈黙した。
慶隆が、銃を構えたままいった。
「どうやって手錠を外した?」
「コツがあるんです。私物を返してくれたら教えてあげますよ」
「無理矢理にでも喋らせる方法はある」
「痛いのは嫌いですけど、まあ、我慢します」
「耐えられる自信があるわけだ」
「自信なんてないです。でも、長生きしたいですから」
「……どういう意味だ?」
「慶隆さんは僕について知りたいわけですから、話してしまったら用済みです。生かしておく意味がないですよね? でも、黙っていれば、その間は生きていられます」
整然と答えるナギに、慶隆は口を噤んだ。スピーカーが鳴り、いった
『戸呂戸一等調査官、こちらへ』
背を向けた慶隆に、ナギはいった。
「フーディーニに習ったんです」
手錠から外した右手をひらひらと振り、またキリキリと閉めた。
「昔と違って合金製のダブルロックですから、親指を外す方が簡単ですけど」
慶隆が部屋を去り、扉が閉まった。ナギはふぅと息をつき瞼を閉じる。
*
慶隆が隣室に入ると、加木屋は興奮した様子でマジックミラー下部のモニター類を見つめていた。
「いやいや、凄いね、あれは」
加木屋は自分以外のすべてをあれと呼ぶ癖がある。職員も、上司さえも、同じ人間という存在であると認めていないかのように。
「なにがどう凄いっていうんです? ただのガキですよ」
「ただのガキに随分と怯えてたじゃないか」
嬉しそうにいい、加木屋がモニターの一つを指差す。部屋の様子をサーモグラフィで撮影している。
「凄いよ。あれはまったく体温が変わらないんだ。ほら」
加木屋が録画映像に切り替え、慶隆が銃を抜いた場面のサーモを映した。慶隆の体表温度が急上昇していくのに対しナギに変化はない。加木屋の指が横のモニターに滑った。音声波形と画像診断による呼吸、鼓動の変化が動的グラフで表示されている。
「あれは常に平静というより一定だった。とても嘘をついているとは思えない」
「つまり、あいつは柳川裕太で二十五歳だと?」
「ありえんよ!」
加木屋は楽しげに笑い飛ばした。
「体温や心拍の統制は簡単だ。訓練を積めば人間にもできる。古い研究に自律訓練法というのがあって――自己催眠の一種だが、才能さえあれば脳波すら統制できるようになるそうだ」
「それだけ訓練を積んでいると?」
「――か、人間ではない」
加木屋が唇を歪めた。
「可能性の話だがね。見たまえ、これを」
モニターが現在のナギの状態を示す。しかし、慶隆には脳の活性マップやら呼吸の変化の意味はわからない。
「なにが起きているんです?」
「――寝てるんだ」
「は?」
「いま、彼は、寝ているんだよ。この状況で」
慶隆は顔をあげ、マジックミラー越しにナギを見た。
退室時に見たときと同じだ。背筋を立てて椅子に腰掛け、瞼を閉じている。
「君が部屋をでてすぐ、一秒とかからずにあれは深い睡眠に入ったのだよ」
加木屋は心の底から嬉しそうに目を細めた。
*
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