第7話 異界という場所
ダンジョンというのはある程度、物理法則さえ変わっている場所である。
これを迷宮や遺跡ではなく、ダンジョンと呼ぶのだが、異空間というか小さな異世界である。
そして初心者向きであるのは、ダンジョンと魔境のどちらであるのか。
それはダンジョンである。
ダンジョンとは超越者により創造されたとも言われる。
転生者であるディクスンには、より異常さがはっきり分かるが。
そこは限定的な異世界なのだ。時空の考え方については、前世よりも現世は常識が違う。
ゲームの中で森や山のマップに、さらなる森や山のダンジョンがあったのは、これを反映してのものなのだろう。
ダンジョンは厳密なルールがあるため、初心者向けと言える。
一つには階層ごとに出る魔物の強さが、一定であるということだ。
魔境にも生態系が存在するが、浅いところに強力な魔物が出ることもある。
獲物に不足した深層の魔物が、人間という脆弱な生物を食らいにくる。
頻繁にあることではないが、滅多にないというわけでもない。
なのでまずダンジョンに、ディクスンは赴くこととなった。
貴族はおおよそ、護衛に守られながらも、少年期にダンジョンでの討伐を経験する。
ただそれでも、クラスを得た後に行われることだ。
もっともディクスンが既にクラスを獲得していることは、説明されている。
神官ではなく、魔法戦士とのみ。
とにかくクラスを二つ持つというのは、異常なことであるのだから。
三人の護衛を連れて、ダンジョンに潜ることになる。
とりあえずレベルが1上がれば、今日はそれでいい。
相手となるのはゴブリンを選択した。
「強いかな?」
「強弱ではなく、危険度で考えるべきだな」
護衛のレベルは充分に高いので、経験値はディクスンのみが得られることになる。
最初は三匹も倒せば、レベル2に上がると言われた。
少数の集団を相手にすれば、危険性はほぼない。
ゴブリン。成熟しても大人の胸までほどの体格しかない、弱い魔物である。
知能はそれなりに高いが、高度な道具を作成するほどではない。
ただ原始的な罠は使い、狩猟と採取で生存する。
最弱と言ってもいいが辺境においては、常に害獣としての脅威がある。
繁殖力、生存力、適応力、早熟性などによるものだ。
また時には、亜種や特殊個体が現れる。
(地球の知識のゴブリンとはどう違うのかな)
薄れていく前世の知識ではあるが、記憶ではなく知識としては、それなりに定着している。
(前世では空想の生物だったのに、こっちでは実在している)
そこは不思議なことであるが、やはり転生者の存在があるのだろう。
はるか昔の転生者が、地球にゴブリンの存在を、架空のものとして広げたのだろうと思う。
ただ地球におけるゴブリンというのは、いたずら好きの妖精という面もあったはずなのだが。
魔物の研究については、またの機会があるだろう。
今回はとにかく、レベルを上げるのが目的だ。
雇われた護衛は二人で、残りの一人はグラッド。
護衛は彼が以前に、世話を焼いていたという後輩らしい。
装備を見るに、斥候職と神官か。
ダンジョンの魔物を知る彼が、それで充分と考えているなら、そうなのであろう。
おそらくゴブリンを先に発見するのが、まず大事なことだ。
奇襲をかけることが出来れば、それだけで有利なこととなる。
騎士は盾となり、ディクスンは魔法か槍か、どちらかでゴブリンを倒す。
万一にも傷を負えば、治癒の奇跡が必要になる。
辺境伯の屋敷から、目立たない馬車で街を抜ける。
この光景さえディクスンにとっては、初めて見るものであった。
(少し乾いた土地なのか?)
屋敷はともかく他の住居は、おそらく石材や粘土で作られたと思われる建物が目立つ。
木材らしきものも、ないではないが少ない。
そして巨大な城壁の門を出て、また囲まれた城壁へと。
「これはいったい」
「あちらの壁は異界を囲んだものなんだ」
なぜそんな必要があるのかと思ったが、入場するのに許可証のようなものが必要であった。
なるほどダンジョンは、辺境伯家の管理下にあるということだろう。
「さて、ここからは坊主の名前はディックと呼ぶからな」
見た目は質素な革製の防具と、短槍を装備したディクスン。
それでもこの年齢では、目立ってしまうことは避けられない。
ただ貴族や富裕層が、クラスを得た子供を、傭兵を雇ってレベル上げをさせるのは珍しくない。
ディクスンの年齢は、小柄ということで通してもらおう。
そして侵入したダンジョン。
階段を下りていくと、第一層である。ゴブリンが存在する階層であり、意外とここで挫折する人間も多い。
前世ほどではないが、生き物を殺すことに抵抗のある者がいる。
ディクスンも自分が、そうでないかと心配にはなっている。
それに自分に向かって、明確な害意を持つ魔物は、どうしても恐ろしいものなのだ。
邪悪な害獣であるが、人間の姿に近い。
人型を殺すというのに、抵抗がある者もいる。
もっともこの世界では、害獣駆除に反対するような、脳みそお花畑の人間はいない。
「前から四体来ている」
斥候が先行し、それを告げてきた。
少しでも成長したら下の階層に行くため、この階層は完全に初心者向け。
ただ魔石の収集で、どうにか生活できる者もいる。
向かってきたゴブリンは、毛皮をまとった程度の装備で、武器は棍棒という程度。
四匹も倒したら確実に、レベルが2に上がるだろう。
斥候が二匹を引き付けて、残る二匹がこちらへ向かってくる。
神官の祈祷により、防御力が上がっている。
そして片方はグラッドが受け持ち、もう片方のゴブリンにディクスンは槍を突き刺す。
命を貫く感触がした。
おそらく致命傷であるのだが、即死ではない。
致命傷であってもある程度、まだ動けるのが生物である。
それは魔物であっても変わらないのか。
ゴブリンは特に、死ににくい魔物であるらしい。
ディクスンは槍を放して、スキルを使う。
武器収納には一つだけ、予備の武器を入れておくことが出来る。
そして取り出した手斧で、しりもちをついたゴブリンの、頭を叩き割った。
この世界では家畜が処理されるところなどを、あえて見るようにしていたディクスン。
少しでも殺すことに慣れようと、そう考えていたのだ。
だが他人がやっているのと、自分がやるのとでは違う。
わずかに痙攣するゴブリンに対して、ディクスンは手を合わせていた。
戦闘の安全マージンを、充分に取っていた。
「よくやったな。案外初めての戦闘で、戦えなくなるやつは多いんだ」
人型の生物であるが、それでも殺すことが出来た。
前世の自分は、こういうことに慣れていたのかもしれない。
(何かが入ってきたような)
経験値閲覧のギフトで、その何かが入ってきたのは感じた。
ゴブリンの死体は分解されて、その場に魔石が残る。
子供の小遣い程度にしかならないが、赤みを帯びた黒と言えようか。
ゴブリンの毛皮や棍棒さえも、消失してしまっている。
なるほどダンジョンは、確かにエネルギー保存の法則が違う。
各地のダンジョンはそれぞれ、特徴が違うものであるという。
異世界になりきれていない空間、と考えるならおかしくはないのか。
(神様も間違いなくいる世界だしな)
魔石を拾って、袋に入れる。
特に必要ともしないものだが、自由に使える魔石があってもいい。
まずは一度目の戦闘を終えたが、全員が傷一つない。
ディクスンはともかく他の三人は、まるで経験値が上がらないほど、既にレベルが高いのだろう。
ゴブリンを三匹倒せば、レベルが上がると言われていた。
これで残りは二匹である。
斥候がまたも先に見つけてくれたが、少し問題があったらしい。
「弓持ちだ」
ゴブリンの亜種である。
ゴブリンという種族にしても、この世界に存在するからには、成長というシステムの恩恵は受ける。
単純な棍棒ではなく、弓を使うゴブリンだ。
人間の世界では、数千年主力となっていた武器を、ゴブリンも使う。
原始人並の知能があるのか、あるいはただの真似事か。
「案外当たるから気をつけろ」
もっとも単純な弓であれば、それから守る魔法がある。
これに関しては、ディクスンに対処法がある。
「障害物があっても、どうにか視線が通るところまでもう少し近づきたいんだけど」
「何かあるのか?」
「魔法で弓を潰す」
「……なるほど、まあやってみろ」
失敗するかもしれないが、フォローは充分に可能、という思惑が見て取れた。
魔法戦士のクラスになると、多くの魔法が使えるようになる。
ただ魔法というのは術式を意識の中で構築しなければいけない。
明確に、そして集中して行う作業。
この過程を省くために、杖を持っていたり、スクロールを使ったり、あるいは自分の体に文様を描いたりする。
またなったばかりの魔法戦士でも、一種類は咄嗟に使えるよう、意識に刻むことが出来るのだ。
林の中の階層だが、少しは高低があるし巨木が障害物にもなる。
ディクスンたちの方が、先に向こうを見つけられる場所。
視線が通ったところで、ディクスンは指先を向けた。
「火矢」
それは通常よりも長い射程で、そしてわずかにずれていたはずの軌道が曲がって、ゴブリンの弓に当たった。
これで遠距離攻撃は使えない。
ディクスンが魔法戦士のクラスになって、獲得した魔法系スキルがいくつかある。
その中には、攻撃魔法と付与魔法、そして強化魔法の三種類を、瞬時に発動できるというものがあった。
ただしそれぞでの分類で、一つずつである。
今のは攻撃魔法の火矢と、付与魔法の誘導を使ったもの。
確実にゴブリンに当てるのに、MPを多めに使ってしまった。
これもまたゲームとは違うところだ。
あちらは魔法自体に命中率があって、広範囲攻撃の魔法などもあった。
しかし今の世界は、魔法の命中には集中力が必要となる。
それを省略するために、誘導の魔法を重ねたわけだ。
ゴブリン三匹は、そのまま逃げずに向かってくる。
弱いくせに攻撃的なゴブリンだが、特にダンジョンの中では命を惜しまない。
追いかける手間がないため、レベルを上げるのはやりやすい。
それに対してディクスンは、またも魔法を放っていた。
顔面を焼かれて動けないゴブリンに向け、斧を振り下ろす。
これで二匹目の討伐である。
ゴブリン討伐は順調に終わった。
二匹目に倒した弓持ちゴブリンが、レベルの高いゴブリンであったからだ。
弓を使うという、ある意味ではクラスを持っていたゴブリン。
このゴブリンを倒した時点で、ディクスンは力が上がってきたのを感じた。
「位階が上がったみたいだ」
「どうして……ああ、最初のうちはすぐに分かるか」
レベルが上がってステータスが上がるのは、特に低いレベルでこそ分かりやすい。
ステータスが10%から15%に上がった場合と、100%から105%に上がったことを比べてみる。
当然だが前者なら、はっきりと分かるだろう。
実際にはそのステータスの変化は、しばらくの時間経過と共に体に馴染む。
だがレベル一桁の時であれば、おおよそ分かるものなのだ。
正確な値までは一般人は分からないので、知りたければギルドや神殿、あるいはスキル持ちに見てもらう必要がある。
ディクスンの場合は、自分のステータス閲覧で、それが分かったのだが。
(かなり上昇しているな)
ディクスンとしても、思ったよりも上昇量が多い。
また新たなスキルが加わっていた。
スキルの考察については、帰ってからじっくりとすればいい。
ディクスンは帰還の途上で、神官に質問をしていった。
「咄嗟に使う祈祷法術ですか」
ディクスンが説明している、そのクラスは魔法戦士。
魔法を使うのはおかしくないが、神官の奇跡は全く違うものである。
神の権能に従って、どの神の信者かによって、使える奇跡がある程度変わったりする。
その中でも実戦向けなのは何か、という質問であった。
「状況によりますし、どの程度の相手を想定するかにもよりますが」
それは必要なものも変わってくるだろう。
「魔境でも異界でも、最初に必要なのは解毒です。これがもう少し相手が厄介になると鎮静でしょうが」
治癒や回復といった、そういうものではないらしい。
「治癒はポーションで代用が出来ますが」
解毒は魔法による解毒だと、毒の種類によって必要な魔法が違う。
また解毒薬にしても、対応している薬が違うのだ。
しかし奇跡であるならば、呪いをまとった毒など以外なら、万能で解毒することが出来る。
万能薬という解毒薬もあるが、これは極めて高価なものだ。
なので普通の探索者は、神官がいれば解毒を頼む、というものであるらしい。
「もう少し厄介な段階になると、相手は精神を惑わす場合がありますからね」
すると鎮静の奇跡で、精神状態を回復させるわけだ。
ディクスンはダンジョンから戻ると、そのまま屋敷に戻る。
中世などと思ったが、実際のところは近世に近いし、特定の部分では現代とも重なる。
水道や電気など、そういったものに準じたものが屋敷にはあるのだ。
その快適な人工空間で、ディクスンは今日の経験を、まとめながら考えていくのであった。
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