第6話 探索者の物語
父は鍛錬に励めと言ったが、それだけではなかった。
数日後に元探索者であるグラッドという騎士が、ディクスンの実戦教師として招かれたのである。
「言葉が荒いのは勘弁してくれ」
同じ騎士であっても、傅役のルクスとは全く雰囲気が違う。
成り上がりなのだというのは分かったが、それほど老いているわけでもない。
ただ膝に矢を受けて一線は退いたそうな。
それだけなら普通に治癒魔法で癒せばいいだけのはずであるので、何か複雑な理由があるのかもしれない。
まだ七歳のディクスンであるので、さすがに武器を扱うのも限度がある。
ただこの元探索者は、ディクスンにこの世界の、一般常識を教えてくれた。
長兄や次兄には必要ないと思われた、下々の者の生活。
ディクスンにとっては将来、それと混ざって生活することもありうる。
ディクスンからすると、この元探索者はあるいは、父よりも強いのではと思わせるものがあった。
「坊主は三男で戦闘系のステータスだそうだから、魔境の探索の最前線を任されるんだろうな」
ディクスンがコルネリウス家の家業とも言えるものを、正確に知ったのはこの時である。
魔境を開拓していく上で、どのような手順が行われるのか、それを教えてくれた。
この男はダンジョンの探索も経験していたが、大きく稼ぐには魔境の方がいいのだという。
だが危険度で言うならば、ダンジョンの方が安全である。
迷宮とか遺跡とか洞窟というだけではなく、物理法則が微妙に違う亜空間とも言える場所であるのだ。
ダンジョンの魔物は倒しても、魔石を残して消えてしまう。
ただ階層の主を倒すと、特別な力を得ることがあるのだという。
「
「ああ。俺も
スキルを後天的に獲得する、一つの手段である。
なぜ本にはそういうことが書いていなかったのか。
それは確実なものではないため、辺境伯家の書庫には相応しい内容でないと判断されたのだ。
もっとも探索者向けの大雑把な攻略書はあるらしい。
貴族の家の書架には、確かに似つかわしくないものかもしれない。
もっとも武門の辺境伯家なら、そういった実用書があってもおかしくない。
階層の主にも、特殊個体が稀に存在する。
強力である代わりに、得られるものも多いという個体だ。
(やっぱり
ゲームの中でも大きな都市のすぐ傍に、ダンジョンがあったりした。
そんな危険なところにどうして、人は住もうと思ったのか。
逆にダンジョンや魔境と離れた場所であれば、つまりダンジョンから得られる魔石や魔結晶などがなければ、街を維持するのが難しい現実がある。
もちろん前世のように、水運の発達した場所なら、普通に都市も発展している。
経験値、魔石、魔結晶、そしてスキル。
異界で得られるものは、主にその四つである。
対して魔境の魔物は、あくまでも生物だ。
解体すれば皮は防具になるし、肉は食料に、内臓は薬になる。
もちろん魔石もあるが、自分で取り出さなければいけない。
「もっとも階層主を倒すと、たまにその武器を手に入れられることもあるな」
持っている装備までは、消えないということだ。
初日はこれらのことを聞いて、あとは簡単な立ち回りを教えてもらった。
今までに教えてもらっていた武器の取り回しは、おおよそが人間を相手にした時のもの。
相手が魔物であるならば、それは獣と戦うのに似ている。
そして魔物は獣ではなく、まるで魔法のような特殊能力がある。
(確かにボスを倒したら、スキルを得られるものがあったな)
記憶から思い出された知識だが、微妙に条件が違うと思う。
蔵書の中にはなかったが、傅役に頼んで手に入れたスキルについて書かれた本には、獲得型スキルについて説明してあるものもあった。
それはダンジョンの階層主、さらに深くのダンジョンの主、そして魔境の奥の幻獣種などを倒した時に、得られるものであるという。
だが必ず得られるものでもないらしい。
おそらく生来の適性か、あるいはそれまでのスキル熟練度によって、獲得できるかどうかが決まるのだろう。
元探索者の騎士は、実感としてレベルアップやスキルのことについて、ディクスンの質問に答えることが出来た。
これまでは下手に騎士などに質問すると、変に思われるかもと思っていた。
だがこの男から見れば、ディクスンは世間知らずの貴族の子供で、突拍子もない質問をしてもおかしくない。
子供らしさの好奇心と考えて、知る限りのことは教えてくれる。
生き残りの言葉であるから、実戦的であるのだ。
人によって上がりやすいステータスなども、教えてもらうことが出来た。
ただこれは才能なのか、それとも経験の蓄積なのか、それは分からないと言う。
彼は自身のクラスの遍歴についても教えてくれた。
田舎の村長の三男であったため、相続する畑も小さくなる。
そこで農民クラスで鍛えた肉体から、村にいた駐留騎士に剣を習った。
そこから剣士にクラスチェンジし、戦士、剣闘士とクラスチェンジしていったのである。
剣闘士は中級クラスであり、ここまで強くなれば功績次第で、貴族のお抱えとなることもある。
彼の場合は特に辺境での防衛に功績があったため、一代騎士となった。
子供は学校に行かせて教養を積ませ、永代貴族を狙っているそうな。
それよりは戦闘力を高めて、父と同じく騎士にさせれば、続いて騎士に任じられるとも思うのだが。
この男は騎士としては、文官の仕事が出来ない。
もしそちらの能力もあれば、村の代官などにはなっているだろう。
今の彼は領軍の戦闘教官であり、その合間にディクスンを教えに来ているのだ。
ディクスンは自分の進路について、いくつかの選択肢があると思う。
実際の決定権は父にあるが、向き不向きを考えずに、無理な役割を与えることはないと傅役は言っていた。
なのでもう少しすれば王都の教育機関に進むことになるだろう。
そこからは適性に従って、役人になるなり騎士になるなりの道がある。
ただそれも、王家直属のものか、辺境伯家の寄り子になるか、どちらかに分けられる。
コルネリウス家の現状は領地の開拓を主としている。
魔境を狭めていって、人間の支配領域を広げているのだ。
ただこの文明圏は、おおよそ6000年をかけて、文化が古代から中世になったような歴史らしい。
200年前の内乱によって、辺境の戦力は低下してしまった。
そのため魔境から魔物があふれ、多くの村が魔境に沈み、人口が減ったという。
つまり魔境の開拓は、正確には人類による再開拓なのだ。
長兄や次兄も何度か、その前線を見ることになるだろう。
しかし末の男子であるディクスンは、あるいはその最前線の指揮官となるかもしれない。
出世ということを考えるなら、王家に所属した場合、功績を立てても男爵までの陞爵が精一杯であろう。
ただコルネリウス辺境伯家は、断絶した貴族の爵位を、いくつか抱えている。
上手くすれば子爵まではなれるかも、というのがディクスンの立場らしい。
お喋りな使用人たちは、聞こえるところでも口にするのだ。
家を飛び出て腕一本で成り上がる、というのは不可能に近い。
そもそも血統によって受けられた教育で、身に着けたその力。
好き勝手に使っていいものではなく、国や家のために使うべきだ。
なるほど封建的と思うが、まさにこの世界は封建国家の世界。
ただ家を飛び出て、諸国を遍歴する騎士というのも、いないではない。
もちろんそれは最終的に、領地に戻ってその力を、役立てるのが当たり前である。
高貴なる義務、というのが確かにある。
建前としてではなく、かなり強固な当然の義務として、少なくとも王国の貴族は持っている意識だ。
よほどの遠国へ行くならばともかく、国内はどこへ行ったとしても、家の影響を消すことなど出来ない。
それは血の束縛であるが、同時に守られてもいる。
次第に薄くなっていく前世の感覚では、何かに帰属したいと思っていた。
家のために、国のために生きるというのが、貴族としては当たり前の社会。
もちろんそれは表向きの話で、貴族とは特権階級である。
ディクスンはその中で、まず探索者の役割を果たしたいと思った。
純粋な暴力は、権力の通じない場所でも、最後には役立つものだ。
ステータスのあるこの世界、人間の実力差は、前世よりもずっと大きい。
ディクスンはまだ、この広い屋敷の中しか知らない。
蔵書を調べては自分で書き写し、そういったインドアなことをしてきた。
戦闘訓練さえ、屋内か中庭で行うのだ。
ただ想像出来るのは、この世界では同じ中世のように、治安はまだまだ悪いということ。
そして明らかなのが、魔物の存在である。
書物で見る限りでも、一体で村程度なら滅ぼす魔物が、いくらでもいるという。
純粋に強さを求めるのは、貴族としては当たり前のことなのだ。
神の加護と言われるレベルアップは、神が脆弱な人間に与えた祝福だ。
そのくせ貴族の中には、護衛に守られながら、レベルだけを上げる人間もいる。
実際にそれによって、少しは強くなれるのも確かなのだ。
しかし戦闘に貢献しなければ、ステータスの上昇は低い。
元探索者のグラッドの力は、明らかに人間の限界を超えている。
巨大な岩を持ち上げることも出来るし、剣が曲がるほどの力を込めることも出来る。
そんな彼であっても、ダンジョンはともかく魔境を進むなら、斥候は必須だと教えてくれた。
ゴブリン程度でも、人間の真似をした罠ぐらいは使ってくる。
また彼らは嗅覚が鋭いので、風下から奇襲をかけてくることもあるのだ。
それに人間が成長するように、ゴブリンも成長する。
亜種と呼ばれる特殊個体になったり、指揮官級の個体になったりもする。
農村で始末するようなゴブリンは、群れを追い出されたはぐれ者。
彼もそんなゴブリンを基準に考えて、最初はひどい目にあったそうだ。
群れになったゴブリンは、数の暴力で人間を襲う。
ディクスンが聞くに、やはりこのステータスの数値は、マスクデータを何%増加させるかというものであるらしい。
そして肉体のステータスは、前衛職こそ上がりやすい。
もっともこれは実感であり、研究で明らかになったわけではない。
あるいはそれを調べている人間も、王都などに行けばいるのかもしれないが。
ステータスで肉体能力が向上し、さらにスキルによっても向上していく。
一線の戦士であるなら、野生の大型肉食獣と素手で戦える。
ただそれよりも厄介な、魔物という存在がいるのだが。
人間が強くなる手段は、おおよそは四つに分類される。
一つ目はレベルアップによるステータスアップで、基礎的な身体能力が向上する。
二つ目はスキルによる補整で、これはステータスと重複して能力を上げてくれる。
三つ目は装備であり、単純な武器以外にも、魔法具が存在したりする。
四つ目は魔法であり、スキルと魔法の効果は、やはり重複する。
このスキルの中にも、効果が重複するものがいくつかある。
身体強化スキルは肉体能力全般の強化で、これに怪力スキルが加わると、特に筋力が強化される。
種々の武器戦闘スキルなどがあれば、さらに動きが最適化されていく。
ステータス、スキル、装備、魔法。
全てを重ねがけするならば、個人の力で町を落とせる。
ただ可能かどうかと、実行するかどうかは別である。
また個人の力は、別の個人の力で抑えられるものなのだ。
教育係となったこの男もだが、人間はしょせん社会的な生物なのだ。
また一人で生きていけるとなっても、何者にも讃えられることなく、生きていけるものだろうか。
人には尊厳が必要なのである。欲と言ってもいい。
(他人の評価を気にせずにいられるほど、圧倒的に強くなれば別か)
前世知識にあった、引き篭もりといった現象。
ネット社会による間接的な関わりは、そういった人間でも持っていたはずだ。
架空のキャラクターを設定して、どうにか仮想空間のつながりで自我を保つ。
しかしこの世界では、それは通用しない。
幸いと言うべきであろうか。
この世界の貴族は、確かにある程度の特権階級であるが、甘やかされた存在ではない。
稀には悪代官のような存在がいると、物語の中にも書かれている。
しかし貴族は己の家の権勢を維持するために、確かな努力をしているのだ。
民を豊かにさせることが、そのまま税の増収となって、領主も豊かになる。
これに失敗して反乱を起こされる、本当に無能な貴族もいないではない。
貴族の裏の面を、遠慮なく話してくれる人間は貴重だった。
ちょっとした横領などは、小遣い稼ぎとして見逃されるらしい。
ただあまりにひどい代官の件を、より上位の貴族に訴えて、左遷されたケースなどが実際にある。
その陳情する村人を、護衛する仕事なども請け負ったことがあるという。
ディクスンはいまだに、この屋敷の外の世界を知らない。
あるいは赤子の頃には、外に出たことがあるのかもしれないが。
屋敷の庭園が広大であり、動物が放し飼いになっていたりもする。
また使用人の様子なども、見ることは出来る。
それでもこの世界が、優しいものなのか残酷なものなのか、実感してはいない。
少なくともディクスンにとっては、まだ安全な世界なのだが。
必要があれば、向こうを呼び寄せる。
遠方に行くにしては、どうしても危険が伴うからだ。
辺境とは言われても、その領都ならば充分に、防備なども調っているだろう。
だが魔境は存在する。
辺境の貴族として、血の務めを果たさなければいけない時がくる。
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