第90話 帰還
マンティコアは単体だったため、さほど苦労せず倒せた。
また迷宮の通路だったことも、こちらに有利に働いた。
飛び道具だ。ナイフとクロスボウで近づかれる前にかなりのダメージを与えられたのだ。
最後は剣でトドメを刺すと、マンティコアはケムリとなって戦利品を残した。
「黄色が五個も」
「けっこう強かったんだね」
マンティコアが残したのは50ジェム。
強敵だったとわかる。
「この羽と牙は?」
「魔法の触媒になる。魔法屋でそれなりの金額で売れる」
マンティコアはジェムの他に羽と牙を残した。
だが、フェルパによると、どちらも魔法の触媒なのだそうだ。
使えない魔法の触媒など持っていても仕方がない。
街へ帰ったらラノーラのところで売ろう。
今回は運がよかったな。
自然の中で出会えばこうはいかない。
ケモノが行うのは狩りだ。
狩りとは相手の油断をつくものだ。襲うときは物陰からで、しかも集団で来るに違いない。
それより前に体験できたことは大きい。
どのような動きと間合いを持っているか。一度見ているか見ていないかでずいぶん違う。
それを考えれば、やはりここは練習場なのだ。
「行くか」
「ああ」
みなに先をいくようにうながすと、ちらりと一瞬だけ背後に目を向けた。
私が最も気にしているのはセオドアの奇襲だ。
可能性としては低いが、ムシするわけにもいかない。
とくにあの魔法がやっかいだ。
幻影を見せる魔法、身を隠すことに使われれば気づくことすら難しい。
「今もどこかで見ているのかもな」
「え? なに?」
私のつぶやきに反応したリンに、なんでもないと伝えると街へ戻るべく足を速めた。
――――――
幾度かの休息を挟み、ついに街へと戻ってきた。
荷台を失ったため戦利品の数は少なくなってしまったが、行きよりはるかに早く帰ってこられた。
荷台の上げ下ろしがないのが大きかった。
あれは思いのほか時間を食った。
「まずは戦利品の換金だ」
持ち帰って品を換金箱に放り込んでいく。
荷台を捨ててしまったため量は多くない。が、それでも拾ったジェムと合わせると、それなりの金額になった。
「あーあ、けっこう頑張ったのになぁ」
「まあ、あの状況で命があっただけでも儲けものだ。それを考えるとよくやった方じゃねえか?」
失くした荷物を悔しがるアッシュと、すでに割りきっているフェルパだ。
考え方の違いがなんとも興味深い。
年齢や性格ではなく、稼ぎか攻略か迷宮に求めるものの差であろうか。
「大将、つぎは魔法屋か?」
「いや、その前に確認しておきたい場所がある」
壊れた杖の修理、魔法書の解読などラノーラのところへ行かねばならんが、それより優先すべきことがある。
「どこだ?」
「セオドアのアジトだ」
やはり放置はできない。
ヤツがいるかは分からないが、まずは確認すべきだろう。
留守なら留守で、やり方もある。
どんな暮らしをし、何を持っているかで、ヤツが何を企んでいるか分かるかもしれない。
「アッシュ、案内を頼む」
「わかった」
ヤツがいれば話が早いんだがな。
力づくで情報を吐かせる、それがムリなら始末する。
幸い街は魔法が使えない。ケリをつけるならここがよい。
「あそこだよ」
アッシュの案内にしたがって歩くことしばし、街の南東『PRISON』と書かれた扉へついた。
警戒しつつ中へ入る。
ツンとすえた臭いが鼻を突いた。
汗と腐敗、ジャンタールではあまり嗅がなかった臭いだ。
辺りをみわたす。
中は小さな部屋になっており、隅にはいくつもの人影があった。
寝そべっている者、ボーっと宙を見つめる者、ブツブツ独り言をいう者。
いずれも身なりは貧しく、汚い。
貧民区か?
少なくともセオドアの仲間ではなさそうだ。
部屋から伸びる通路は二本。真っすぐと右だ。
しかし、この通路、これまでと大きく違った。
壁ではなく、巨大な鉄の格子で仕切られていたのだ。
そして、格子のなかには、小さい部屋がいくつも並んでいる。
部屋の出入り口には小さなカギ穴。いずれも外から施錠できるように通路側についていた。
コイツは牢だ。
囚人をとらえておくための、巨大な牢。
ただ――
鉄の格子に手をかけた。
キィと金属がこすれる音がして簡単に開く。
どうも、牢として使われていないようだ。
中には誰かの荷物と思えるものが置かれており、普通に出入りする人の姿も見られる。
「驚いたか? これもジャンタールの
そう語ったのはフェルパだ。
その目からは、なんともいえない複雑な感情が見えた。
「アニキ、覚えてる? 以前タダで泊まれる場所があるって言ったの。ここがそうだよ」
なるほどな。
ジャンタールの生き方に適さなかった者、適していたがそれを失った者などがここで暮らしているのか。
「ここにゃあな、ジェムを入れなくても食い物が出てくる箱がある。そいつを管理してるのがセオドアだ。つまりここではヤツが王様さ」
そうか。
やつは金に困ってないと言っていた。
タダで手にした食料を格安、あるいは条件をつけて与えているのだ。
それじゃあ、誰も逆らえない。少なくとも、ここにいる者は。
「セオドアはどこだ?」
「たぶん、この通路をまっすぐいったところだよ。テーブルがたくさん並んでいて、その奥。いくつかある部屋のひとつ」
過去を思い出したのか表情の優れないアッシュの肩に手を置くと、彼の指さす方向へ進んでいくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます