第89話 らせん階段
地下四階への階段前にはワナがいくつかあった。
しかし、どれも見つけやすく、殺傷能力もあまりない。イヤガラセ程度のものだった。
なにを考えている?
セオドアの思惑がまるで分からない。
ゴブリンの王国に私を行かせたいのは間違いない。
だからワナでこちらの動きを阻害してはならない、あくまで追いつかれないための足止めでしかない。
そこまでは分かる。
だが、肝心な部分が見えてこない。
セオドアはゴブリンの王国へ私を行かせて何をしたい?
セオドアにとってどんなメリットがあるんだ?
どうも嫌な感じがする。
「ねえ、この階段てどこまで続くの?」
アッシュの言葉で考えるのを中断した。
そうだな、セオドアのことはあとで考えよう。まずは街に帰ることに専念だ。
いま、我々は像の中にいる。
入ってすぐ上へと伸びるらせん階段が続いており、そこを着実にのぼっているところだ。
階段はなだらかだが、ひたすらグルグル回っている。
たしかにこれでは荷台を下すのは難しそうだ。ソリで滑らそうにも絶えず方向転換が必要になってくる。
外壁に沿って滑らせれば一気に下までいけそうに思うが、いかんせん外壁はデコボコしており、自然落下に任せれば荷台はこすれて粉々になるに違いないのだ。
「のぼりはじめたばっかだろ。文句言うんじゃねえ」
「いや、文句じゃないよ。ただ気になっちゃって」
アッシュはフェルパにたしなめられていた。
まあ、アッシュの気持ちもわかる。
このらせん階段は吹き抜けがない。どのくらいのぼったかも、あとどれくらいあるかも分からないのだ。
目安があれば気分は楽になる。いつ終わるとも分からない階段をのぼり続けるのは、意外にストレスなのだ。
とはいえ、それも考え方次第だ。
私としては、像の頂上までのぼるつもりでいる。
あの高さを考えれば、まだまだのぼりはじめたばかりだと言えよう。
「半分ぐらいだ。バケモノだらけのところを歩くのに比べたら楽なもんだろ?」
半分か。思ったより短いな。
のぼった距離と方向、それが一致しないのは確実のようだ。
――む?
そのとき奇妙な感覚に襲われた。
天地が一瞬入れ替わったような、不思議な感覚。
「感じたか?」
「え? なに?」
リンに尋ねてみたが彼女はなにも感じていない様子。
アッシュもシャナも同様だ。
フェルパはわからない。少なくとも態度にはだしていない。
やがて、らせん階段は終わり、これまで何度も見た迷宮の扉が姿を現した。
「ついたぜ、地下四階だ。道はけっこう複雑で迷いやすい。だが、正しいルートを選んでいけば案外時間はかからないハズだ」
フェルパが言うには、来るときと同ていどで戻れるそうだ。
ただし、敵に時間をかけず、道に迷わず進んだ場合にのみだが。
「さ、行こうか。しかし、フェルパ、道順はちゃんと覚えているんだろうな?」
敵は可能な限りすばやく蹴散らせてみせる。
だが、道を間違えられたら、どうしようもない。
「問題ない。しっかりと頭の中に叩きこんでる」
……地図なしでか?
不安がればいいのか、記憶力を褒めればいいのか。
「アッシュ、ちゃんと地図を書いておけよ」
「わかった」
アッシュに小さく耳打ちすると、扉を開いて歩き始めるのだった。
――――――
「アニキ、何か来た!」
いま歩いているのは地下四階の通路。
まっすぐ北へ伸びている一本道だ。
終わりは霞んで見えない。そこへ黒い点がひとつ、湧きだした感じだ。
「おまえ、よく見えるな」
そう問いかけたのはフェルパだ。
私ですら黒い点にしか見えない。他の者には認識すら難しい距離なのだろう。
「動物っぽい」
すごいな、そこまで分かるのか。
私に分るのは、黒い点であること、動いていること、その二つぐらいだ。
「目のいいやつは騎士団でも重宝されるぜ。ここを出たらウチに来るか? お前さんなら入団テストに受かるかも知れんぞ」
「騎士?」
フェルパはアッシュを勧誘するが、これはリップサービスだ。
騎士団は出自の怪しいものを雇わない。
調理や雑用ならべつだが、騎士ともなればだいたいがどこぞの貴族の子息だったりする。平民出身はまれだ。
「ああ、騎士だ。カッコイイだろう?」
「ん~」
まあ騎士といったら、男子のあこがれでもある。
実像がカッコイイかは置いておいて、少なくとも飢えることはない。
「いいや、アニキんとこがいい」
しかし、アッシュは拒否。
いや、私は騎士どころか、どこかに所属すらしていないが。
「あらら、フェルパ、フラれちゃったね」
チャカしたのはリンだ。
よく分からないが、なんとも嬉しそうである。
「マジかよ、ソイツお尋ね者だぞ。おまえ、怖い人たちから一生追われ続けたいのか?」
わたしと行動を共にすれば騎士団に追われる。
たしかにその通りだな。
そして、フェルパも騎士。私を追う立場だ。
もしここを出たならば、その関係に戻るわけか。
それもまあ、仕方がないことではある。
「え~、フェルパが追っかけてくるの? 恩知らずじゃん」
「恩知らずって、おま……」
「そうね、じゃあ、今のうちに追えないように、ひと思いに――」
リンはそう言って剣を抜いた。
「オイオイオイ、ヒトいこと言うやつらだな。追わねえよ、そんなことしたって俺になんのメリットがあんだよ」
フェルパは心外だとばかりに首を振る。
ただ、歯を見せて笑っているところからも、言い合いを楽しんでいるように思える。
「でも、フェルパはアニキを追うよう言われてるんでしょ?」
「たしかにそうだが、それだけじゃない。任務はもう一つある」
「もう一つ? なんだっけ?」
「ムーンクリスタルを持って帰ることだよ。ムーンクリスタルさえ持って帰れば任務を達成したことになる。それだけで英雄になれるのに、わざわざこんな危ないヤツを追っかける必要がどこにある」
伝説ではムーンクリスタルは一人ひとつ手に入れられるはずだ。
ここを出たならば、アシューテに渡したムーンクリスタルをフェルパに渡せばよい。
それが出来ぬのならば、私が得たムーンクリスタルを渡しても良い。
フェルパが手に入れたものはフェルパのものだ。
私が求めるものは宝石そのものではない。
「おしゃべりはそのぐらいにしておこうか。どうやら敵は飛べるようだ、予想以上の速さで迫っている」
黒い点だった敵は、形が認識できるほど近づいていた。
「あー、ありゃあマンティコアだな。動きも速いし、攻撃も多彩、かなり手強いぞ」
マンティコアか。
老人の顔にライオンの体、尾はサソリでコウモリの羽だったかな?
たしかにそんな感じのバケモノが、地面を蹴りつつ滑空してくる。
じゃ、さっさと済ますとするかね。
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