第88話 天使の像と上り階段
「これか? 水場は」
道をまっすぐ進むと広場に出た。
その広場にはさまざまな方向から道がつながっている。
区画を整理する大きな道だ。どうやらここは街の中心のようだ。
広場の境界を示すのは腰ほどの高さの塀、巨大な円を描き周囲をかこっている。
塀の中には石を組んだテーブルとイス、支柱と崩れたアーチ。街に住む者の憩いの場所であったことがうかがえた。
しかし、どれも苔むし、ツタが絡まり、地面から生えた雑草で覆われている。
そうとう寂れた印象だ。
だが、その中央、ひときわ目を引く建造物がある。
私の背丈の倍ほどの大きさ、羽の生えた女性の彫刻で、頭上にかかげた水瓶から大量の水が流れている。
「ああ、どういう理屈かは分からねえが、ずっと水が流れ続けている」
フェルパが答えたように、たしかに理屈が不明であった。
像のかかげる水瓶には管が通っているようには見えない。だが、とめどなく水が流れ続けているのだ。
そういえば地上の街でも似たような施設を見たな。
宙に浮いた水瓶から水を流し続けていた。
上下の街につながりがあることは間違いないだろう。
ただ少し気になったこともある。
この女性像だ。
石でできているように見えるが、ほかの建造物と比べ劣化が少ない。
もしかしたら、ほかの建造物よりあとに作られたのかもしれない。
あるいは、特殊な素材、製法で作られたかだ。
「ねえ、この女性ってあのおっきな像と同じだよね」
そう言ってアッシュが指さすのは、街の外から見えた巨大な女性像だ。
いまも街のやや北寄りにそびえたっているのが見える。
「同じだな」
大きさこそ天と地ほどの差があれども、姿かたちはほとんど同じだ。
もしかしたらジャンタールの人々の信仰の対象となっていたのかもしれない。
「人間じゃないよね?」
「さあ、どうだろうな」
人の背には羽など生えていない。だから人間とは違う生き物だとも考えられが、神格化された人である可能性も捨てきれない。
とはいえ、信仰自体はもうほとんど残っていないと考えられる。
ここで生まれ育ったアッシュもリンも知らないのだ。ジャンタールの文明崩壊とともに廃れてしまったのだろう。
「アニキ、俺、もう喉カラカラだよ。早く行こうぜ」
像の正体などどうでもよさそうなアッシュは、喉の渇きを訴えて像に近づこうとする。
が、その肩を手で押さえた。
「まだだ」
ワナの危険性がある。
われらが立ちよると予想されるのがこの水場だ。しかも、ここは雑草やツタでワナが見つけづらい。セオドアがワナを仕掛けている可能性が高いのだ。
身をかがめ注意深く観察していく。
剣先をつかい、茂った草をかき分けていく。
「ずいぶん慎重だな」
「性分でね」
丹念に調べる私にフェルパは苦笑いだ。
さすがに時間をかけすぎではないかとのことだろう。だが、一瞬の油断が命取り。とくにあのようなヤカラ相手にはな。
やがて像のそばまでたどりついた。
幸いなことにワナはしかけられていなかった。
だが、まだ安心できない。
像の周りを確認する。
グルリと囲むように組まれた低い石垣は、水瓶からあふれでる水を溜めていた。
この泉の中に毒を入れていないとも限らないのだ。
泉に目を凝らす。色、におい、虫が死んでいないか確かめていく。
いかに体が強くとも、戦いに秀でていようとも、どうしようもないのが毒だ。
とにかく注意をしなきゃならない。
「あー、そうか。ふつうは知らねえよな」
フェルパはそう言うと泉のなかにザブザブと入っていった。そして、像から流れ落ちる水を手でうけてゴクリと飲んだのである。
「パァー、うめえ!」
おまえ……。
「ズル! 俺も!」
アッシュもそれに続く。もう待てないとばかりに泉に飛び込んでいく。
「ああ! 冷たくておいしい!」
さらにリンもだ。
像に近づき、流れる水を頭から浴びていく。
残されたのは私とシャナだ。
こいつら正気かと顔を見合わせるのだ。
「大将、毒の心配はいらねえぜ。なんたってジャンタールの水は毒を中和するんだ。セオドアだってよく分かってる」
なんだと!
毒を中和する!?
そういえば、ジャンタールの道具屋で毒に関するものはなかった。
たしかに水が毒を中和するなら、毒も解毒薬も意味がない。
リンやアッシュが毒に無頓着なのも、そういった理由からか。
ふむ、なんとも奇妙だが、助かるのも事実だ。
ヘビ、蜘蛛、サソリと毒を持つ生き物は多い。
本来なら気にすべきそれらの生き物に気を配らなくていいわけだ。
とはいえ……そういうことは、もう少し早く伝えてもらいたいものだ。
「なら、食材が腐ってても平気だな」
「俺に食べさす気か?」
クククとフェルパと笑いながら、ひとまずの休息となった。
――――――
つぎに目指すのは地下四階への階段だ。
フェルパによればすぐ近くにあるらしい。
やがて見えてきた。
巨大な脚だ。
そう、地下四階への階段は巨大な女性像の中にあるというのだ。
「右のカカト部分だ」
女性像はくるぶしまで伸びた丈の長い服を着ており、そのヒラヒラした裾に隠れるように入口がある。
その中が、らせん階段となって地下四階まで続いているのだ。
「しかし、信じがたいな」
「なにが?」
のんきに尋ねてくるのはアッシュだ。
上り階段があるから、その先は地下四階だと信じて疑わない。
やれやれ、もう少し疑問や疑いを持って生きてもらいたいものだ。
「像の上は空だ。階段をのぼったとて、像のテッペンに着くだけではないのか?」
「……あ」
下りてきたときのように崖でもなければ上の階など存在しない。
それでもあるというなら、距離や方向、そういったものが常に一定とは限らないわけだ。
ジャンタールの門しかり、ループする夢の館しかり、いまさら驚きはしないがね。
「行こうか」
行ってみれば分かる。
逆に行ってみなければ分からない。
階段もゴブリンの王国もセオドアの思惑も。
「ただ、ワナには気をつけろよ」
ワナを仕掛けるなら最後のチャンスだ。
地下四階より上は人の手でワナをしかけることができないのだから。
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