弐拾陸-戦闘服
土曜日の午前十時頃。弥勒と雫は大型ショッピングモールに向かうため、電車に揺られていた。
『電車にまで付いてくるのかよ、アイツ』
『流石久宝家の陰陽師ね。用意周到だわ』
『バレバレだけどな』
『それは私達だからでしょう。普通の相手なら気付かれないわ』
二人が乗っている車両の端席に監視役の陰陽師が座っていた。
彼はスマホを弄るフリをしているが、意識は弥勒に集中している。
『せめて女性の陰陽師なら良かったのに』
『変態』
到着までの間、弥勒と雫は久宝家について議論していた。
『なぁ雫。久宝家は敵だと思うか?』
『味方ではない、ということは確かよね』
『同感だ。じゃあ少し質問を変えるが、奴等は事件の主犯か実行犯のどちらかに属していると思うか?』
『いいえ。事情を知っている第三者だと思うわ』
『やっぱそうだよな』
孤児院事件に関する、弥勒の主な見解を説明する。
主犯→四国・九州を治める皇家。又はその関係者。
実行犯→関東・中部を治める東雲家。又はその関係者。
焔が失踪した件と結び合わせるのであれば、皇家も関わっている可能性が高い。
『よくよく考えれば、久宝がいくら本家とは言え、情報を手に入れているのはおかしくないか?』
『確かに。久宝家は東雲家との関係性が薄いのに、何故持っていたのかしら』
弥勒は監視役を一瞥した。
『まぁ、あそこに座ってる奴に聞くのが一番だな』
『そうね。考えても埒が明かないわ』
二人は大型ショッピングモールに到着した。
ここには有名陰陽師服店の支店がある。
弥勒はすぐにその店の位置をスマホで調べ、向かった。
「いらっしゃいませ~。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「陰陽師用の戦闘服を購入したいのですが」
「このカタログの中からお選びください」
『どれがいいと思う?』
『貴方は黒が一番に似合うと思うのよね。空亡カラーよ、空亡カラー』
『じゃあこれとかどうだ?』
『それはダサいから駄目』
『じゃあこれは?』
『貴方にピッタリね。それでいきましょう』
『わかった』
「この黒い、近接戦用のやつで」
「承知いたしました。では採寸を行いますので、こちらへどうぞ」
数分後。
「お疲れ様でした。戦闘服は明日中に届くよう、手配しておきます」
「ありがとうございました」
「またのご来店をお待ちしております~」
戦闘服自体は本店で製造するので、すぐに持ち帰れるわけでは無い。
そのため、アパートに送ってもらうことにした。
二人はホクホク顔で店を出る。
『他のカウンターにも沢山人がいたな』
『他の陰陽師高校の生徒よ。ここは有名だからね』
『老舗なだけあるな』
『ええ。本店はもっと大きいわよ』
『へぇ』
とりあえず二人は、フードコートで食事をしながら作戦会議を行うことにした。
弥勒はラーメンを啜りつつ周りを確認する。
すると監視役は近くのベンチに座り、相変わらずこちらを窺っていた。
『あいつから情報を搾り取るのは夜にしようと思っていたが、やはりここで行おう』
『それは別に良いのだけれど、一応理由を聞いてもいいかしら』
『最悪始末するから』
『本当に言っているの?そんなことしたら、本格的に久宝家に目を付けられてしまうわよ』
『ここで始末した後、上手く証拠隠滅すればどうにかなるだろ』
『だから殺す前提で話を進めるの、やめなさいよ……』
弥勒はスマホで地図を開き、現在地から最も近く、最も人気の無さそうな場所を選ぶ。
『ここにしよう』
『了解よ』
二人は大型ショッピングモールを出て、駅とは逆の方へ向かった。
暫く歩みを進めると、廃校が見えて来た。
『全然関係ないけど、最近増えたよな。廃校』
『少子高齢化の影響ね。昔は逆に学校の数が足りなくて困っていたのに……。時の流れって残酷よね』
弥勒は校庭の中心で立ち止まり、振り返る。
「さっさと出てこい」
声を上げると、校舎の物陰から監視役の陰陽師が顔を出した。
「バレていましたか……。ちなみにいつ私に気が付きました?」
「水曜日から」
「ではずっと泳がされていたのですか。なんと情けない」
(これでは監視役として失格ですね)
監視役は続ける。
「久宝家に監視されている理由はご存じですか?」
「ああ」
「そうですか……」
(黒確定ですね。これは何としても御館様にご報告しなければ)
監視役は汗の滲んだ手で、連絡用のスマホを握りしめた。
弥勒は頭をポリポリ掻きながら、面倒くさそうに術を放つ。
「〈火ノ弐-銃火〉」
火の銃弾は、見事にスマホを撃ち抜いた。
「なに!?これでは連絡が……。それよりも無詠唱で弐の術を!?君は近距離専門だった筈では?」
「落ち着けよ」
監視役は混乱したが、数秒で落ち着きを取り戻した。
そして今更理解した。目の前に立つ青年がただの陰陽師見習いでは無いことに。
冷や汗を垂らしながら問う。
「き、君は一体何者なのですか」
「そういうのはいいから、とりあえずお前が持ってる情報を全て寄越せ。もちろん孤児院事件のな。さもないと……」
「さもないと、何ですか……」
「今すぐ殺す」
その言葉を聞いた監視役は、自然と生唾を吞んだ。
「……ゴクリ」
『いや、すぐ殺しちゃったら情報を取れないでしょう』
『確かにそうだな。じゃあまずは半殺しにして情報を搾り取ろう。その後どうなるかはアイツ次第だな』
『そうね……』
(お願いだから、弥勒の言うことを素直に聞いてよね。名も知らない陰陽師さん)
一付喪神として監視役の命を案ずる雫であった。
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