弐拾肆-対人訓練
弥勒と雅楽丸は訓練場の中心で向き合う。
審判は沙羅が務める。
「二人とも準備はいい?」
「おう」
「バッチリだぜ!」
対人訓練のルールは至ってシンプルで、どちらかが降参すれば終了だ。
模擬戦も同様だが、敗北を素直に認められず降参しない生徒も偶に存在するので、その場合は審判が強制的に終了させる。
「よーい、スタート!!!」
沙羅が試合開始の合図を出すのと同時に、雅楽丸は術を唱え始めた。
「傲慢たる狂気の風。〈風ノ壱-狂風〉」
青色に可視化された風が、大きな塊になり弥勒に向かう。
まだ弥勒はその場から動かない。
当たる瞬間霊術を身体に纏い、回避した。
回避したものの、術は方向転換し再び弥勒に向かった。
彼はそれも想定済みだったようで、夜刀を一閃し、狂風を斬る。
結果、術は霧散した。
(雅楽丸の神術は《-追尾-》か。てっきり《-命中率増加-》だと思っていた)
雅楽丸は両目を点にした。
「おい!ズルいぞ、弥勒!術を斬るなんて!」
紫苑と沙羅も声を上げる。
「術を斬る刀ですか……。聞いたことありませんね」
「妖刀恐るべし、だね!」
「ほら、それよりも固有術を使ってこいよ。雅楽丸」
「まだ使わんわ!」
「風よ、槍となり仇敵を貫け〈風ノ弐-風槍〉」
弥勒は再び夜刀を構え、風槍を真っ二つにした。
「どんな動体視力してんだよ……」
「回避ならまだしも、ピンポイントで斬るなんて信じられませんね」
「何が起きたのかよく見えなかったんだけど!」
雅楽丸はその後も沢山の霊術を放ったが、全て弥勒に斬られた。
弥勒は夜刀を指でくるくる回しながら《-金縛り-》を催促する。
「ほれほれ。早く固有術を使わないと、霊力が切れちまうぞ~」
「くっ……。対紫苑戦までは温存しておきたかったけど、しょうがねぇ!」
(まず霊術を放ってから、固有術で動きを止める!)
「その水霊は大地を駆ける〈水ノ壱-水狼〉」
(このコンボは必中だから、できるだけダメージの少ない霊術に……)
中型犬程の大きさをした水狼は大地を疾走する。
弥勒に直撃する寸前、雅楽丸が叫んだ。
「ここだ!《-金縛り-》」
だが……。
(やはりな)
弥勒は夜刀で虚空を斬る。続けざまに水狼も、美しい太刀筋で断ち斬った。
雅楽丸は何が起こったのか理解できず、口をポカーンと開けた。
「は、はえ?」
「い、今何が起こったんですか?」
「なんで《-金縛り-》が効かなかったの?失敗?」
「いや、そんなはずは……」
準備運動の時、弥勒は雅楽丸に精神系固有術の弱点を聞いた。
術名を口にしてから発動するまでに若干ラグが発生する。その間に視界から脱出するか、術で身を隠せば精神系固有術を回避できる、と。
弥勒はその理由について、いくつかの仮説を立てた。
その中で最も合理的なモノがこれだった。
『やっぱり精神系固有術の発動条件は、術者と被術者の間に霊力の細いパスが繋がっていることなのね』
『ああ。実際に霊力の糸を断ち斬ったら《-金縛り−》が発動しなかったからな』
『世界初発見ね』
『師匠辺りは知ってそうだけどな』
視界からの脱出、又は術で身を隠しても、霊力の糸を外すことができる。
この霊力の糸は不可視である。また繋がるのも一瞬なので、狙って斬るのは非常に困難だ。そもそも普通の武器では斬ることすら不可能。
だが弥勒は、他の陰陽師や妖怪よりも動体視力・感覚機能が圧倒的に優れている上、夜刀を持っている。
要するに、弥勒に精神系固有術は“効かない”のである。
弥勒は問う。
「もう終わりか?」
「こ、降参だ……」
(もう霊力がスッカラカンだ……)
「そうか。結構楽しかったぞ、雅楽丸」
「うるせえやい!」
「試合終了!!弥勒の勝ちー!!」
「ちくしょー!!!」
雅楽丸は疲労と、敗北したショックで地に転がった。
『結局、夜刀しか使わなかったな』
『一応霊術を纏っていたじゃない』
『確かに』
すぐに紫苑と沙羅が寄ってきた。
「その妖刀の事は一旦置いといて、神楽坂君は〈纏い〉を使えたんですね。肉弾戦専門の陰陽師しか習得できない、上級術ですよ?」
「ね!私もビックリしたよ!」
「そうだったのか」
『師匠も似たような事を言ってた気がする』
『初めて見た時、実は私も驚いたわ』
『言ってくれよ。レア術だぞ、って』
『その時は貴方と契約できたのが嬉しすぎて、若干頭がこんがらがっていたのよ』
『じゃあしょうがないな』
雅楽丸が地に伏したまま、口を開いた。
「なぁ弥勒。お前〈纏い〉以外使ってなかっただろ?」
「おう」
「もし他の術を使っていたら、どうなったと思う?」
「ぶっちゃけ一瞬で終わってた」
「マジかよ……」
「手加減しようと試合に臨んだら、逆に手加減されていた側だったと。なんか可哀そうですね、久宝君」
「情けないっていうか、ダサいね!」
「ぐはっ」
紫苑と沙羅の容赦ないダブルパンチが直撃し、雅楽丸は息を引取った。
『試合自体はそこまで派手では無かったが、非常に価値のある一戦だったな』
『ええ。雅楽丸のおかげで精神系固有術の必勝法を会得できたものね』
『ああ。アイツは良い奴だった……』
『親友を勝手に殺しちゃ駄目よ』
弥勒は雅楽丸の頭を引っ叩いた。
「おい雅楽丸。早く起きないと、紫苑達の試合に巻き込まれるぞ」
「ニョロニョロ君に丸呑みにされちゃいますよ~」
「茨鞭でグルグル巻きにして運んであげようかー?」
「わかった!起きるから!それだけはやめてくれ!」
紫苑と沙羅の試合に移る。
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