弐拾参-妖刀
四人は雑談しつつ準備運動を終えた。
雅楽丸は三人に声を掛ける。
「この後はどうする?早速対人訓練やっちゃうか?」
「雅楽丸はせっかちだな」
「準備運動の次は普通霊力の慣らしでしょう」
「術の調子を確認しないのは流石にナンセンスだよ!」
「……じゃあ術の的当てで」
満場一致で、次の訓練が決定した。
久宝家は広大な土地を所有しており、陰陽師に必要な設備や建物も大体揃っている。もちろん、訓練場もその中に含まれる。
四人は訓練場に到着後、各々ウォーミングアップを始めた。
「風よ、槍となり仇敵を貫け〈風ノ弐-風槍〉」
弥勒が放った風槍は的に命中し、跡形も無く吹き飛ばした。
雅楽丸が横で呟く。
「なんか八重樫先生より完成度高くね?」
「気のせいだろ」
「やっぱ霊術で挑んだ方がいいんじゃないか?」
「ノーコメントで」
弥勒の本来の戦闘スタイルは、夜刀を駆使した近距離戦である。
彼は御影高校卒業後も陰陽師として活動するつもりなので、結局これは遅かれ早かれ周りに知られてしまうだろう。
じゃあ初めからこのスタイルを突き通してしまおう。
以上が、弥勒と雫が出した結論である。
『やっぱり私達の術は、肉弾戦でこそ輝くものね』
『そっちの方が夜刀も退屈しないで済みそうだしな』
弥勒は徐に、腰に差してある愛刀に手を掛けた。
夜刀の柄・鞘は共に漆黒色だ。特に飾り気は無いが、シンプルだからこそ美しく、その形姿を際立たせる。
抜刀すれば、禍々しい紋様が刻み込まれた刀身が姿を現す。刃が日光を反射し、揺ら揺らと妖しく煌めく。
雅楽丸は両目を丸くし、尋ねる。
「弥勒、その刀……。まさか妖刀か?」
『やっぱ間違われたな』
『それはそれで都合がいいんじゃない?』
『念のため知らないフリでもしておこう』
『そうね』
「妖刀ってなんだ?」
雅楽丸の声を聞きつけ、紫苑と沙羅も寄ってきた。
「妖刀は通称『呪われた刀』とも呼ばれています」
「私も聞いたことある!使用者には必ず不幸が訪れるんだって!」
『お前呪われてるらしいぞ、夜刀』
『……』
弥勒がニヤニヤしながら揶揄うと、夜刀は不機嫌そうに幻力を微量放出した。
“空亡”の膨大な幻力を吸い取った夜刀は、時にその力を発揮する。
弥勒や雫は気が付いていないが、実は刀身に刻まれた紋様は、夜刀自身が己専用にカスタマイズした、幻力の特別術式なのだ。
微妙な雰囲気の中、弥勒は口を開いた。
「そろそろ対人訓練に移るか」
「術の慣らしも十分済んだところですし、賛成です」
「楽しみー!」
「うちは治癒系の術が使える陰陽師が常駐してるから、安心して戦えるぞ!」
『ちょっとだけ頑張っちゃうか』
『やり過ぎないように注意してね』
『おう』
弥勒は入学当時から少し懸念していたことがある。
それは友人達から“弱い”と思われている事だ。
弥勒は陰陽師家出身でも無ければ、固有術に恵まれている訳でもない。そのため、これは友人達が悪いのではなく、陰陽師に関わる者達にとっては、ごく当たり前の考えなのだ。
陰陽師家出身者は小さい頃から術(主に固有術)の訓練を行い、優秀な子の場合は親の仕事に同行することだってある。要するに場馴れしているのだ。
弥勒がいくら霊術を其ノ弐まで行使できるとはいえ、周りから“弱い”のレッテルを貼られてしまうのは、自然な話である。
(別に弱いと思われている事自体は全然気にしていない。むしろ、そのおかげで目立たないし警戒もされないからウェルカムだ。だけどあの三人はマジで良い奴等だからな。絶対に心の片隅で俺の事を心配してくれている筈。それは何としても避けたい)
そもそもの話、弥勒は友人に迷惑をかける事を嫌う。
彼のモットーは“味方に甘く、敵に厳しく”だからだ。
先生が模擬戦を発表した時、実は三人共弥勒を心配そうに見つめていた。彼はその視線に気付き、三人の為にもそろそろ頑張らなければと感じ始めたわけである。
(模擬戦以外にも、これから野外訓練や仮実習が行われるからな。そこで迷惑を掛けない為にも、できれば今日中に、俺=雑魚というイメージを払拭しておきたい)
沙羅が皆に問う。
「誰からにするー?」
「定石通りに進めるのであれば、まずは俺対雅楽丸で、次に紫苑対沙羅だな。その後はそれぞれ当たってない者同士が戦う。んで、最後はやっぱ紫苑対雅楽丸だろ」
「だよね!精神系固有術の名門vs式神使いの名門のバトルは激熱!!!」
「よっしゃー!漲ってきたぜー!」
「では、それでいきましょうか。うふふふ」
弥勒と雅楽丸は訓練場の中心に向かった。
『あら。珍しく、弥勒が嬉しそうな笑みを浮かべているわ』
『だって師匠と幽鬼以来の、久々の対人戦闘だぞ?』
『あー。今更だけど貴方割と戦闘狂だものね』
(片桐と瓜生の事、完全に忘れているわ……)
『なんていうか……“妖怪の血”が騒ぐんだよな』
雫がその呟きを耳にした瞬間、彼女の脳内に数百年前のとある出来事が蘇った。
~~~~~~~~~~
〖ねぇ、もう見逃してよ。じゃないと、この子が死んじゃうわ〗
〖じゃあさっさと帰って治療してもらいな。俺もそろそろ下界に戻る〗
〖え、本当に良いの?〗
〖おう。お前らと戦っても、なんていうか……“妖怪の血”が騒がないんだよなぁ〗
〖恩に着るわ。最後に……名前だけ聞かせて貰ってもいい?〗
〖妖怪の名前が聞きたいなんて、珍しい付喪神もいたもんだな。がっはっは!〗
〖俺の名は……空亡ってんだ〗
~~~~~~~~~~
雫は優しく微笑みながら、弥勒に声を掛けた。
『頑張ってね、空亡さん。ふふっ』
『お、おう?』
先ほどから色々な詭弁を並べてきたが、彼の本質は“妖怪王空亡”なのである。
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