3-33.花を捜すひとたち

 馬の世話を終えたカルティも、花探しに加わった。

 あたしたちとは反対方向の場所を捜すよう、ライース兄様が命令する。


 どれだけの時間を捜しただろうか。


 そろそろ真夜中になるのではないだろうか。

 三つある月が真上に移動している。


 ふわふわ漂う光はさらに数を増し、泉は月光を浴びて銀色に光り輝いている。


 花探しがなければ、じっくりとこの光景を楽しみたいところだが、そんなことをしている暇はない。


 今晩中に青い『バーニラーヌ』の花を見つけないと。

 きっと、ライース兄様はもう一日ここに留まって花探しをするとは言わないだろう。

 夜が明けたら屋敷に戻ると言いだすに決まっている。


 白い花の陰に青い花が隠れていないか、必死になって捜す。

 蕾の状態の『バーニラーヌ』もあったが、それも白い蕾だった。


「レーシア、疲れていないか?」

「ライース兄様、あたしはダイジョウブです!」

「レーシア、眠くはないか?」

「ライース兄様、あたしはダイジョウブです!」

「レーシア、お腹は空いていないか?」

「ライース兄様、あたしはダイジョウブです!」

「レーシア……」

「ダイジョウブですっ!」


 という調子で花探しが続く。


 あたしは立ち上がると、軽く伸びをする。そして腰をトントンする。

 ホントウは、とっても疲れているし、すごく眠い。

 良い子な六歳児は、そろそろお休みの時間だ。

 だけど、頑張る。


 あたしは再び地面にしゃがみ込むと、今度は別の方角を向く。

 じりじりと前進しながら、周囲の花をチェックする。


 目に見えているのは、白い花。

 白い花。

 白い花。

 白い花。

 白い花。

 青い花。

 白い花。

 白い花。

 白い花。


(え…………?)


 目を擦って、もう一度、同じ場所を見る。


 白い花。

 白い花。

 白い花。

 白い花。

 青い花。

 白い花。

 白い花。

 白い花。


(あ、あ……っ!)


「あった――! ありました――!」


 あたしは両手を天に掲げる。

 万歳!

 腐女子の神様! あたしはやりましたよ!

 これでお祖母様の死亡を回避できます!

 ありがとう! 腐女子の神様!


「え? レーシア?」

「お、お嬢様?」


 あたしの目の前には、青い『バーニラーヌ』の花がひっそりと咲いている。


「あ、あっちにも青い『バーニラーヌ』の花がさいています! やりました! ありました! お祖母様! これでお祖母様のゴビョウキは、絵本のとおりにキレイサッパリなおりますっ!」


 あたしは嬉しくなって、目の前に咲いている青い『バーニラーヌ』の花に手を伸ばす。


 六歳児の視界は狭い。

 夢中になるとそれだけしか目に入らない。


「バカ! レーシア! いつの間にそんなところにぃっ! 動くな! それ以上は動くな! 動くんじゃないっ!」

「おじょうさま――! だめですっ!」

「カルティ! レーシアを止めるんだぁっ!」

「おじょうさま――――!」


 ふたりの叫び声を聞き流しながら、あたしは青い『バーニラーヌ』の花を引っこ抜く……が、抜けない。


 六歳児はあまりにも非力だ。


 ので、もう一度、力と気合いを込めて強く引き抜く。

 腐女子の煩悩は全てを制する!


 ぶちっっ!


 抜けた!

 青い『バーニラーヌ』の花が抜けた!


「やったぁ!」


 芋ほり大成功な気分である。


 あたしの手には、青い『バーニラーヌ』の花!


 ものすごい勢いで駆け寄ってくるライース兄様とカルティに、あたしが採取した花を見てもらおうと立ち上がる。


 と、不意に左の足がずるりと滑った。


「え――?」


 身体が大きく左側に傾く。


「え――!」

「レーシアぁぁっ!」

「おじょうさまぁぁぁぁぁっ!」


 ライース兄様とカルティがあたしに向かって手を伸ばす。


 が、全く手が届かない。


 あたしはそのまま大きくバランスを崩し……。


 ずるっ。

 ドボン!

 ブクブクブクブク……。


「またかぁっ! レーシアがぁっ!」

「あああっづ! またっ!」

「レーシアが落ちたぁっ!」

「お嬢様が落ちてしまわれたぁぁぁっ!」


 ふたりの悲痛な叫びは、泉に落ちたあたしには届かない。


 あたしは、再び、冷たい水の中に落下してしまったのである。


 森の中の……初秋の泉の水はとても冷たかった。

 身体が一瞬で硬直し、心臓がびくりと震えあがる。


 冷たい水が、鼻や口の中に入ってくる。

 呼吸ができない。

 身体が重い。


 ガバガバ。

 ゴボゴボ。


 今度は猫でも四葉のクローバーでもない。

 青い『バーニラーヌ』の花をしっかりと握ったまま、モブにすらなれなかったモブ、フレーシア・アドルミデーラは、再び溺れる人となってしまったのである。


 ブクブクブクブク……。

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