第2話 自分の主導権

「努力の方向がズレてるって言ってんだよ」


 そう告げても怪訝な顔は変わらない。


「勉強ができるからって何よ偉そうに。そんなくだらないことしてないで勉強でもしろとか言うんでしょ」

「いや言わねえよ。どこの教師だよ」


 理だって言わないだろう。いや、言うのか?

 どれが誰だったか顔と名前をよく覚えていないが、端のほうでこちらを睨むように威嚇しながらも、どこか怯えているのがお団子頭だから平井か。

 泣いているのがたぶん新ターゲットになった沢田。

 あとはわからん。

 そう顔に書いてあったのか、傍に浮かんでいた理がそっと耳打ちする。


「さっき『はあ?』ってつっかかったのが吉本さん。今、腰に手を当てて見下げるみたいに言ったのが川中さん」


 礼を言う代わりにごくわずかに頷いて見せるが、すぐに忘れそうだ。

 吉本は舌打ちをし、早く出て行けというように顎をしゃくった。


「あんたにわかるわけないでしょ。首突っ込まないで」

「公共の場であーだこーだやってるからだろ? 誰かに聞かれて恥ずかしい話なんかしてんじゃねえよ」


 高校生男子なんて親に聞かれたら恥ずかしい話しかしてないが、断じてそういうことではない。


「で、沢田。泣くような状況じゃねえだろ。よく周りを見ろよ。せっかく一歩抜けかけてたのに、また泥の中に戻るなよ」

「……何、言ってんの?」


 眉を寄せ、睨むように問い返したのは吉本だ。


「今、お互いの意思確認ができただろ。桜井以外はこの状況をいいとは思ってないって。だったら本当はどうありたいのか、今、ここで、ちゃんと向き合えよ。いつまでもビビッてたら変わるもんも変わんねえだろ」


 そう声をかけても、固まったように互いの視線を合わせようとしない。

 顔を見るのが怖いのだろう。

 自分だけが他のメンバーの思いと外れていたら、裏切りになってしまうから。

 そうなれば、今後は自分だけが固定のターゲットになり、今よりもっとひどい目に遭うとわかっているから。


「桜井はカミサマかなんかなのか? ただのクラスメイトだろ。いつまであいつの都合がいいように振り回されて黙ってんだよ」

「わかったようなこと言わないで。あいみはいつもスカウトされてるし、フォロワーだって桁違いだし――」

「それがおまえらの人生にどう関係するっていうんだよ。関係あるのは桜井の人生にだけだろ?」


 スカウトされてモデルになろうが、フォロワーが多かろうが、それは桜井が芸能の道やインフルエンサーとして働くつもりがある場合には有用だが、その友達に何の影響があるわけでもない。せいぜい「私、友達なんだー」と自慢できるくらいのことだろう。

 すごい人に認められている、たくさんの人に認められているということがステータスであるのはわかる。

 だがその影響範囲を冷静に見つめなければ、ただむやみに振り回されるだけではないのか。


「白崎はどうせSNSやってないんでしょ? だからすごさがわかんないのよ」

「やってないし知らんが、結局、俺にとってもおまえらにとっても『すごいね!』の一言だろ? 桜井がすごかろうが、おまえらの何が変わるわけでもない。だけどいじめは違う」


 その言葉に何人かの肩が揺れ、何人かは眉をぎゅっと寄せた


「いじめは実際におまえら自身がしたことだ。桜井が主導だろうとなんだろうと、それに従うことを選び、自分の体を動かしたのは自分だ。自分も被害者だと言っても通らない。桜井のせいにして済むことじゃない。いじめは既におまえらの人生の一部で、消すことはできないし、一生ついて回る」


 沢田と平井は加害者と被害者の変わり目にあったばかりだからか、ぎゅっと唇を引き結び視線を落とす。

 しかし川中と吉本はぐっと何かを飲み込むように、態度を変えなかった。

 吉本は鼻で笑うように腕組みをする。


「あたしたちは証拠残すような頭の悪いことはしないから」


 いじめている様子を動画に撮ってインターネット上で共有したり、万引きなど犯罪になるようなことはしないと理も言っていた。

 しかし、誰も見ていないわけではない。


「証拠ならおまえらが持ってるだろ。記憶は簡単には消せない」


 もしかしたら彼女たちの中では、こんなことは学生にはよくあることで、些細だと思っているのかもしれない。

 犯罪はしていないし、学校側に何か言われたとしても証言だけなら弱いし、いくらでも口裏を合わせられると思っているのかもしれない。

 互いに被害者であり加害者なのだから『お互い様』とでも思っているのかもしれない。

 だが平井の体にストレスが現れたように、心身に影響がないわけがない。

 ミサキのようにこの先の将来にも影響してしまうことだってある。

 ビルの屋上という死の淵に立つことだってあるのだ。


「一度きりの人生、それでいいのか。大学に行って知り合った友達や彼氏に、高校生活の思い出を純粋に笑って語れるか? 酒飲みながら楽しいバカ話ができるか? お前たちの高校生活は、今作ってるんだぞ。大学に行ってからじゃもう塗り替えることはできない」


 よくない。

 四人の顔にはそう書いてあった。

 初めて互いの顔を見合わせる。

 そこで出会った顔に救いを見たように、また次の顔を確認し、みなが同じ思いであることに気づいたはずだ。


「自分を動かすのは自分であれ。主導権を他人に渡すな」


 誰も何も言わない。

 しかし、その中に先程までとは違う思いが見て取れた。


「自分の身は自分で守れ。誰かの犠牲の上に平気で立ってるような人間になるな。これからお前たちは子どもとして守られる側じゃなく、守る側になっていくんだ。

どこにでも嫌な奴はいる。他人の苦しみが何より楽しいって奴は確かにこの世に存在するんだ。そんな奴をそうやすやすと変えることはできない。だが自分は変えることができる。声をあげろ。一人で戦えないなら、自分の殻に閉じこもるな。必ず同じ思いの人間はいるはずだ」


 そう言って、俺はくるりと廊下の方を向いた。


「なあ? おまえらもバッグを取りに来たんだろ? そこに固まってないで、教室に入って来いよ」


 声をかけると、教室の後ろの扉がガラリと開く。

 そこには中庭掃除を終えて戻って来た掃除当番たちがいた。

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