守るのはおれだ!
その日、
「大変です、師範代!
「なんですって⁉」
「どうやら、修行のつもりで森に出て行ってしまったらしくて。いま、道場のもの全員で探しに行っていますが……」
「……あのバカ! なんてことを。あたしもすぐに行くわ。あいつの行きそうな場所ならあたしが一番、心当たりがあるから。ダイダ。あんたは念のために警護騎士団に連絡しておいて」
「了解しました、マスター」
そこは、この辺りでは数少ない水場であり、野性動物たちの貴重な水場となっている。それだけに、多くの動物たちが立ちより、その動物たちを目当てに肉食獣も多く集まる。そして、当然、そのなかには、バイオハックによって生み出された常軌を逸した怪物も……。
その分、武術の実戦経験を積むにはもってこいの場所なのだが、
――子どもがひとりで行っていい場所じゃないでしょうが!
なんで、そんな無茶をするのか。
その怒りを力にかえて森のなかを突っ走り、目的の池に駆けつける。すると、たしかに
その目の前には巨大なクマ。
――ヤクトベアー⁉ よりによって、なんてやつが……!
ヤクトベアー。
それは、バイオハッキングによって作られたクマ型合成生物のなかでも最も強く、最も危険とされる種族。あの火炎熊ですら、一撃で打ち倒すという。その分厚い毛皮と強靱な筋肉に覆われた肉体は頑健そのもので、狩猟用のライフルでさえ一発や二発、当てたぐらいでは倒せない。
――ヤクトベアーに会ったら一撃で仕留めろ。その自信がないなら、ケツを巻くって逃げろ。
探索者の間でそう言われる魔獣である。
しかし、その恐怖を表に出してはいなかった。まっすぐに巨大熊を見据え、鬼式の構えをとっている。鬼式の使い手として、この怪物と戦う気なのだ。
――たとえ、虚勢だとしても……。
――そこまで意地を通せるのは立派なものだわ。
そう思い、
――でも、そもそも、ひとりでこんなところに来るんじゃないわよ、子どものくせに!
そう怒ることも忘れなかったけれど。
――お願い、間にあって!
ヤクトベアーが動いた。三〇〇キロを超える巨体が、軽量級のボクサーの素早さで動いた。その素早い動きから、ヘビー級の世界チャンピオンでもとうてい打つことの出来ない威力の一撃が繰り出される。
想像をはるかに超える
「このバカ……!」
「
目の前で獲物をさらわれたヤクトベアーが怒りの咆哮をあげた。突進した。さしもの
――こいつ……カタログテータ以上の強個体!
稀にいるのだ。
公開されている合成遺伝子からは考えられない運動能力をもった突然変異の魔獣が。このヤクトベアーこそはまぎれもなく、その魔獣だった。
――
さしもの
ヤクトベアーの牙が首筋に突き立てられた。高い音がして、生首が吹き飛んだ。
ダイダの生首が。
警護騎士団への連絡を終えて後を追ってきたサポートロボットが、ヤクトベアーと主人の間に割って入り、その攻撃をかわりに受けたのだ。
「
「ああっ!」
ふたりは同時に足を踏み出し、渾身の突きをヤクトベアーの頭に叩き込んだ。
右足で踏み込むと同時に右拳を突き出し、左腕を逆方向に振るって勢いをつける。爪先を軸に足を回転させ、
回転運動によるエネルギーと
――鬼式拳技・しのや。
その名で呼ばれる技である。
さしもの魔獣も戦国時代からの伝統を受け継ぐ突きを二発、まともに食らい、痛手を受けた。痛む頭を振りまわし、咆哮をあげた。
「シャアアアッ!」
右足を引き、左足を踏みだし、体勢を入れ替える。その勢いで左拳を突き出す。
爪先が回転し、
ふたつの拳は狙いを誤ることなく、ヤクトベアーの心臓の位置に叩き込まれた。二重の衝撃波が毛皮を貫き、筋肉を越え、心臓を直撃する。その威力に――。
さしもの魔獣の心臓も耐えられずに、破裂する。
――鬼式拳技・しのや
ヤクトベアーは口から大量の血を噴きだし、その場に倒れ伏した。
「だいじょうぶ、ダイダ⁉」
「問題ありません。重要なパーツに損傷はありません。すぐに修理できます」
ダイダはいかにもロボットらしい、感情を感じさせない冷静な声でそう答えた。その素っ気なさがこのときばかりはありがたかった。
ふう、と、
「よかった。ありがとう、ダイダ。でも、なんで、あんな無茶をしたの?」
「これはおかしなことをおっしゃる。自分のかわりに痛手を受けるのが私の役目。マスターが日頃からそうおっしゃっていたではありませんか」
「あ、あれは……」
はああ、と、
「……それを本気にするあたり、やっぱり、あんたってロボットなのね」
「理解不能。論理的な説明を求めます」
「あんたは良い相棒だってことよ。とにかく、帰りましょう。このまま、ここにいたらまたどんな相手に襲われるかわからないし……」
そう言ってから
容赦のない、本物の怒りがこもった視線だった。
「……早く帰って、お説教してやらなきゃならないやつがいるしね」
そう言われた、
そして――。
庭園に帰った
――おとなになってから搾られることもなくなってたから忘れてたけど……本気で怒ったおばあちゃんって、どんな合成生物よりも怖かったのよね。
子どもの頃、ヤンチャをしては祖母に怒られたことを思い出し、思わず
――やっぱり、あたしたち、いとこ同士なのね。
と、妙なところで納得もしたけれど。
それでも、とにかく、ようやく、なんとかかんとか解放されて、
「……怒らないのか?」
「もういいわ。あたしの言いたかったことはおばあちゃんが全部、言ってくれたしね」
――さすがに、あの雷を見たあとではなにも言えない。
そう思う
「ごめんなさい!」
その勢いに、
「な、なに、いきなり……」
「おれのせいで危険な目に遭わせて。ダイダまでこんな目に……」
「気になさる必要はありません。マスターをお守りするのはサポートロボットとして当然の務めです」
ダイダのその言葉に――。
「ど、どうしたの、いったい? ずいぶんと素直じゃない。あんたらしくもない」と、
「お、おれだって謝ることぐらいはある……」
「でも! 忘れるなよ。おれだっていつまでも子どもじゃない。すぐに大きくなるし、強くなる。絶対、ぜったい、お前より大きくなって、お前より強くなる!」
お前を守るのは、このおれなんだからな!
その一言を叫びだして、
「いいな、忘れるなよ! お前みたいなゴリラ女、嫁にするのはおれしかいないんだからなっ!」
そう叫んで――。
あとには残された
ポカンとした表情でその後ろ姿を見送っていた。
「嫁にするって……なに、あれ?」
「あれは『プロポース』という行為です、マスター」
「い、いや、それはわかってるんだけどね……」
「では、なにをいぶかしんでいるのです?」
クスッ、と、
「まだまだ、ほんの子どもだと思っていたけど……いつの間にか、男の子になってたのね。それにしても『嫁にする』かあ」
「まっ、あの年頃にはありがちよね。でもまあ、せっかくそう言ってもらったことだし、期待せずにまってみますか」
完
鷹子の庭園 〜恋と仕事と冒険を〜 藍条森也 @1316826612
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます