第15話 そのメイド 『聴取』
翌日は、雲ひとつない晴天だった。午前中の仕事を終え、休憩を迎えたこの時間を使い、ミカコは昼食の入ったバスケットを片手に屋敷を出た。
今のところ、ミカコを監視する者の気配はない。昨日、ロザンナの部屋で自身が偽者であると公言したからだろうか。
もっか、ビンセント家の使用人の一人として一緒に働くミカコは偽者で、部分的に和解は成立したものの、ミカコ自身が不審者であることに変わりはない。
自身が偽者であるが故、屋敷で歌うことが出来ず、部屋に籠もるようになったヴィアトリカお嬢様との信頼も損なわれたままだ。これは一刻も早く、本物のミカコを救出したいところである。
屋敷を出て、街の中心部から西に外れた場所までやって来たミカコは、そこに所在する立派な聖堂へ向かうと、入り口となるその扉を開けて中に入った。
先頭の長椅子に腰掛けたミカコはしばし、バスケットを膝の上に乗せて、陽光に照らされ、美麗に輝くステンドグラスを見上げる。
この日は、上下黒のタキシードを着たツバサの姿はなかった。
ギィ……と、微かに軋んで扉が開く音で、ステンドグラスを見上げていたミカコは条件反射で振り向く。
「やぁ、今日は一人かい?」
正面玄関口となる、観音開きの戸を半分開けて中に入ったエドガーが、気取ったように声を掛けてきた。
「ええ、まぁ……」
相手が探偵のエドガーだと知った途端、がっかりしたミカコは気のない返事をすると顔を前に戻す。
「そりゃ、がっかりもするよね……ここに来たのが、きみの待ち焦がれる人じゃなくてさ」
「いいえ、そんなことは……」
ミカコの左隣に腰掛け、ばつが悪そうな苦笑いを浮かべて気遣ったエドガーに、ミカコは慌てて否定するものの、それがどこかぎこちなかった。
「きみ、本当に分かりやすいよね。ここに来たのだって、黒のタキシードを着た少年に会いたかったからだろう? それなのに、ここに来たのが彼じゃなかったら……ねぇ……」
「気を悪くさせてしまったのなら、ごめんなさい。今まで偶然が続いてきたから、今日もまた会えるって、勝手に期待していたの」
「きみにとって少年は、とても大事な存在……なわけ?」
妙に鋭いエドガーに問いかけられ、ミカコは顔を曇らすと胸の内を明かす。
「そうね。私にとって、ツバサくんはとても大切な存在よ。だからこそ、彼のために何かしてあげたいの」
「そのツバサくんに、自分から会いに行くことは出来ないのかい?」
「ツバサくんはこの街に住む、アロイス・アルフォード様に仕える執事なの。使用人同士とは言え、私とツバサくんじゃ立場が異なるし、ヴィアトリカお嬢様に無断で、ハウスメイドがアルフォード様のお屋敷に出向くなんて考えられないわ」
「そうだよなぁ……」
ミカコの適確な発言を受けて、納得したエドガーは同情した。
「そんなことよりも……私に何か用があって、ここに来たんじゃないの?」
「おおっ、そうだった!」
ミカコに指摘され、うっかり忘れてた! とでも言うように大声を出したエドガーは、
「きみからの依頼についてなんだけど……街での聞き込みを続けた結果、群青色のハットにフロックコートを着た貴族の青年を知る人物が、一人だけ見つかったよ。
その人は、街の中心部から東に逸れた場所で店を構える
黒のロングコートを着た、黒髪の少年……?
街での聞き込みで得た情報を語るエドガーから気になるワードが飛び出し、腑に落ちない表情をしたミカコは尋ねた。
「その骨董商の人が、貴族の青年を見かけたのって、いつ頃かしら」
「そうだなぁ……今から一ヶ月くらい前だって、その人は言っていたよ」
視線をやや上に向け、腕組みしながら記憶を遡っていたエドガーの返答を耳にし、ミカコは再び考え事をする。
アロイス・アルフォード氏に仕える、執事のツバサと出会ったのは、今から十九日ほど前。
黒髪の少年はそれよりも前に、あの貴族の青年と一緒に馬車へ乗り込むところを、偶然通り掛かった骨董商に目撃されている。
ならば、髪の色も服装も違う黒髪の少年とツバサは同一人物ではない。とにかく今は、骨董商が目撃したという現場を見に行く必要がありそうだ。
「ところできみ、お昼はもう済んだのかい?」
「あっ……」
気さくに尋ねたエドガーに、考え事をしていたミカコははっと我に返った。
「まだなら、今のうちに取っておくといいよ。次の仕事までまだ、時間があるだろう? 休憩中のこの時間を使って、現場へ行ってみよう。もしかしたら、重要な手かがりが掴めるかもしれない」
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