第3話 そのメイド 『追尾』
ある日、ミカコはロザンナの言付けで日用品の買い出しをするため街の中心部へと出かけた。
活気のある市場を通り抜け、貴族御用達の高級店が建ち並ぶ通りに出る。
紅茶の専門店に来店し、朝食やアフタヌーンに合わせてブレンドされた茶葉と、クッキーやケーキなどのお菓子に使われるアールグレイの茶葉を購入。その足で二軒目の店へ来店し、紅茶に合う砂糖を購入した。その帰り道でのことだった。
「……っ!」
市場へと続く、石畳の道で見知らぬ通行人とすれ違った際、直感が働いたミカコは思わず振り向いた。
いま……すれ違った人から、悪魔の気配を感じたわ。
十三日前の、市場があるあの広場で、ロザンナを連れたヴィアトリカとすれ違った際に感じたのとはまた違う気配だ。
悪魔封じが出来る
群青色のハットに、フロックコートを着た、気品漂うスマートな男性。警戒心と細心の注意を払いながらもミカコが今、追尾をしている対象者である。
最初は人通りが多かったが、やがてそれもまばらになり、通りを歩いているのは男性とミカコの二人だけとなった。
購入した品々を納めたバスケットを片手に、ミカコはメイド服姿で一定の距離を保ちながら追尾する。それを知ってか知らずか、振り向くこともなく、黙々と先を行く男性が左側に曲がった。
男性から遅れて左側を曲がった瞬間、ミカコはふと足を止めた。不審な顔をして立ち止まるその視線の先には、誰もいない。男性が、忽然と姿を消したのだ。
おかしいわ。彼は確かに、ここを曲がった筈だけど……
「誰かを、お捜しですか?」
不意に聞こえた、甘くも気取った若い男性の声。その問いかけにどきっとしたミカコが咄嗟に振り向く。
シャギーカットが施された、首に掛かるくらいの栗色の長髪、髪と同じ色をした垂れ目の青年が、両手を後ろに組んでミカコに優しく微笑みかけている。ハットこそ被っていないものの、群青色のフロックコートを着用した、気品漂うスマートな青年だ。
「え、ええ……まぁ……」
不意を突かれ、うまく返答が出来ずにミカコはまごまごする。その姿を一目見て、密かにほくそ笑んだ青年が徐に口を開く。
「それなら、今から僕が当ててご覧にいれましょう。お使い途中のメイドさんが捜している人を」
「えぇ……?」
きな臭い雰囲気が漂い始めたと、警戒する表情でミカコが不審に感じた時だった。いきなり接近した貴族の青年が、ミカコの耳元で囁いたのは。
「あなたが今、捜している人はもう、すぐ傍にいる。そう……貴族であるこの僕がね」
悪巧みをする悪しき者の如く、薄ら笑いを浮かべてミカコの耳元でそう囁いた貴族の青年からは、ロザンナを連れたヴィアトリカとすれ違った際に感じたのとはまた違う、悪魔の気配が漂っていた。
ロザンナの言付けを守り、日用品を買い出すため、街の中心部までお使いを済ませて屋敷へと戻ってきたミカコは箒で以て、玄関ホールの掃き掃除をしていた。
つい先程、街中ですれ違ったあの貴族の青年は、紛れもなくそれに扮する悪魔だった。
ふと箒を動かしていた手を止めて、真剣な面持ちで床を睨めつけながら、ミカコは考えに耽る。
そして悪魔は、私の目の前で大切なものを奪って行った。
ヴィアトリカお嬢様のためにも、一刻も早く捜して、見つけ出さなければ……
それから七日間、情報を得るためミカコは、仕事の合間に街へ出かけては聞き込みを続けた。
だが、市場やそれ以外の店舗で働く従業員、通りを行き交う通行人にまで聞き込みをしてもそれらしい情報は一向に入ってこない。
どうやら、悪魔が扮する貴族の青年は、街の人が気付く前に姿を消してしまったようだ。これでは大切なものを捜しようがない。肩をすぼめて落胆したミカコは途方に暮れた。
重い足取りで屋敷へと戻る途中。あることが目に付き、ミカコはふと立ち止まる。
貴族御用達の専門店で購入した、お風呂用の石鹸などを納めたバスケットを片手に、不思議そうに見詰めるその視線の先、焦げ茶色をした、シャギーカットのショートヘアに黒いタキシードを着た少年の姿がそこにあった。
高級店で購入したと思しき大箱を両手で抱え、おぼつかない足取りで先を行く。
前が見えないほどの大箱の上に、大きさがバラバラの箱を積み重ねて……あれは絶対に、やらかすな。
呆れるような冷めた目つきをしたミカコがそのように推測した、次の瞬間。
「うわっ!」
道中に敷き詰められた石畳の段差につまずき、短い悲鳴を上げた少年の体が前のめりに転倒。弾みで少年が抱えていた箱が手から離れ、宙を飛んだ後に落下して中身が散乱した。
いわんこっちゃない……
予想通りの結末を目撃し、思わず頭を抱えたミカコ、見ていられないと言わんばかりに少年のもとへと急いだ。
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