番外 彼女が愛した世界【完】

 空中を浮遊しながらの魔法戦が行われていた。空を飛ぶ片方は美人な女で、もう片方はちょっと悪そうな顔をした男。男は焦ったような顔で女に向かって魔法を放ち、女はそれを片手で弾いて……大きな溜息を吐いた。


「自棄になっているのはわかるけれど、もうやめない? 私だって貴方に色々と思うところはあるけれど、流石に相手を甚振るような趣味はないから」

「黙れ! この間まで落ちこぼれだった癖に……ちょっと強くなってぐらいで俺を見下すな!」

「……そう」


 女……アリエスは、相手の言葉を聞いて全身から炎を発しながら加速して、男の腹に拳をめり込ませた。魔法と呼ぶこともできない肉体による物理攻撃だが、この戦いにルールなんて存在しないので反則にもならずに男はそのまま気絶して地上に落ちていった。


「こ、こんな短期間でそんなに強くなるなんてありえない!」

「あいつはアンセム家だから、きっとなにか薬みたいなので自分を強化したんだ!」

「そうに違いない……この、怪物が!」


 取り巻きの男女からよくわからない罵倒を浴びせられているアリエスは、怪物と言われて少し動揺したようだが……アンセム家の名前を聞いて炎が昂ぶり始めていた。


『おい、落ち着けよアリエス……ちょっと冷静になろう、な?』

「わかって、る」


 自分の中から燃え上がる怒りの炎を無理やり抑えつけながら、アリエスは身体の内側から聞こえてくるガルガリエルの言葉に従って気持ちを落ち着けていく。やっぱり、ガルガリエルをしっかりと他人として認識させたのは大きかったな……最初のままだと、多分自分の中にもう1人ぐらいにしか思わず、言うことなんて聞かなかったんじゃないかな。

 地上に降りてきたアリエスから逃げるように、相手は逃げていったが……アリエスの炎は未だに消えていなかった。


「お疲れ……勝ててよかったじゃん」

「……いたのね」


 勝ったはずなのになんとなくテンション低めのアリエスに声をかけたら、なんでいるんだよみたいな目を向けられてしまった。


「今の俺はアリエスをしっかりと見ている気のいい先祖様だからな。ちゃんとアリエスがなにしているかは把握してるよ」

『気持ち悪いな』

「本当に」

「殴るぞお前ら」


 それが強くしてくれた世界の神様に対して言うことか? 代償なんて求めてないし、アリエスにはそこまで酷いことした覚えもないんだけど。ガルガリエルはエリッサの中にいた時から色々とやってるけどな。


「で、君はこれで学校で誰よりも強くなった訳だが、これからどうするのかな?」

「アンセム家を出ていく。力で叩き伏せてどっちが上か思い知らせて、自分たちが落ちこぼれだと罵倒した相手に完敗する屈辱を味合わせて……そして、最後は貴方を超える」

「無理だろ」

「なっ!? そこは子孫の目標に対して「いい目標だな」ぐらい言えないの!?」

「だってお前が無理なこと言うからじゃん」


 アンセム家を云々は知らないからどうでもいいけど、俺を超えるとか1万年は生きてから言えよクソガキって感じだし。そもそも、俺を超えるってことはこの世界の神を継承することに他ならないからな。


「意地でも貴方を超えてやるわ!」

「今すぐ挑んでもいいんだぞ?」

「……今はやめておく。疲れてるし」


 俺を超えると言いながらも、相対した俺の力はしっかりと把握できているみたいで安心した。勇気と蛮勇は違う……ただの人間が神に勝とうなんて、アホみたいなことを考えている暇があるんだったら人生の幸せについて考えた方が有意義ってもんだ。

 俺が神の座を継承してから、俺に対して挑んでくる存在は今まで全くいなかったし、これからも俺に対して挑んでくるような奴なんて存在しないと思う。

 そもそも俺を神として認識できる特別な存在はこの世に多くはない。数千年前に別れたルシファー、今も世界を放浪しているアザゼル、そしてエレミヤが死んでから誰の魂にも転生せずに悠々自適な生活を送っているミカエル……この3人くらいだ。


「ま、アリエスが死ぬ瞬きぐらいの時間は付き合ってやるから、一緒に色々と遊ぼうな」

「人の人生を瞬きって言いながら遊ぼうなんて……やっぱり貴方は感性が人間じゃないのね」

「失礼。元人間だから前任者よりも物凄い人間みたいだぞ」

「前任者がクズだっただけでしょう」


 そうとも言う。

 元々はしっかりと人間みたいな感性をしていたけど、流石に途方もない時間が流れれば人間としての意識なんて次第に薄れていってしまうからな。今の人間的な感情や感性は、過去の自分からなんとなくそう演じているだけで、実際の俺は既に人間と同じように笑ったり泣いたりすることはできなくなっているのかもしれない。でも、仮面を被った俺は俺じゃないのか、と言われると一概に否定することはできない。

 俺は俺だ……神になっても異世界からやってきた魂を持っていようとも、テオドール・アンセムは俺なんだと、大切な人たちが言ってくれたから。もう死んでしまった彼女たちからその言葉を聞くことはできないけれど、俺は俺だ……誰がなんと言おうとも、テオドール・アンセムなんだ。


「よっしゃ、じゃあ次の特訓しようか!」

「は? もう学校で最強になったんだから必要ないわよ」

「そんなこと言ってるとアンセム家の当主にボロクソにされるぞ? 俺は神様だから何でも知ってるんだよなぁ……このまま戦ったら、絶対にボロボロにされる」

「……そこまで言うならやってやろうじゃない!」

『うわぁ……』


 ふふふ……ガルガリエルは気が付いていると思うが、今のは完全に嘘だ。アンセム家の当主は既に高齢で、アリエスが戦ったら余裕で勝てると思う。でも、他の優秀な兄弟たちには負けるかもしれないから、俺が徹底的に鍛えてやろう。具体的に言うと、テオドール・アンセムの再来なんて言われるかもしれないぐらいには育ててやろう。


『それにしても、テオドールがアリエスに入れ込んでいるのはエリッサに似てるからだろ?』

「そう、なの?」


 おい、なんで余計なこと言った。

 俺が黙っていることで、それが本当なんだと確信したのか……アリエスはニヤニヤとした顔で俺に近寄ってきた。


「ねぇ、本当に愛した奥さんだったんでしょ? そんな最愛の奥さんに似ている女の子に対して、何とも思わない訳ないわよね? 全く……そうだったなら最初から言ってくれればいいのに。私の姿に惚れましたって」

「……見た目だけだな」

『うん……まぁ、それは認める』

「どういう意味よ!?」


 エリッサはもっとお淑やか……お淑やかだったかな? なんでもいいけど、もっとエリッサは可愛かったもん!


「愛した奥さんを私に重ねてるだけの女々しい男のくせに!」

「はぁー? 神様に向かってそんなこと言うとか、お前の持ってる魔力を全部取り上げるぞ!」

「神の力使ってくだらないことするな!」


 うるせぇ!

 この世界だと俺がルールなんだよ!

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面倒くさいからって試験をサボったら序列最下位で学園生活が始まったんですけど、ここからでも巻き返すことってできますか? 斎藤 正 @balmung30

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