番外 友達いなさそう

 炎が身体から溢れ出す。

 自身の心の内側で見た怒りの炎を再現しているのかの様に、アリエスは全身から炎を噴出させる。チリチリと周囲を焦がしながら舞い上がる火の粉をちらりと見ると、俺はなんとなく溜息を吐いた。

 まさか子孫があんな辛い思いをしているなんて思ってもいなかった。エリッサに似た彼女が、こんな目に……もっと早くに知っていたらアンセム家を滅ぼして救い出していたかもしれないけど、今となってはもう遅いことだ。今からアンセム家を滅ぼしたって彼女の中に残った火種は消えない。

 ニーナの魂に宿っていた威風の劫火ウリエルと似たような魔法をアリエスは使っているが、似ているのは見た目だけで中身は全くの別物だ。ウリエルの使う炎は敵を滅し、味方を守る為の炎だったが、アリエスの身体から出ている炎はただひたすらに周囲を燃やし尽くすための炎……あまり見ていて気持ちのいいものではない。


「はい、止めて」

「なんで?」

「またか」


 面倒なのはこの力を使うとどうにも感情が制御できなくなるようで、彼女は毎回のようにこうして俺に対して反抗しようとする。それは俺がアンセム家の人間だからなのか、それとも近くで止めようとしてきた人間だからなのかは知らないが……毎回、怒りの炎に焼き尽くされながら俺に向かって突進してきて……ぶん殴られている。

 錐揉み回転しながら川に頭から突っ込んだアリエスは、しばらくしてずぶ濡れになりながら俺のことを睨みながら帰ってきた。


「もう少し止める方法があるでしょ」

「知らんが」


 そう思うなら自分の中の感情がぐらい制御できるようになれ。

 アリエスの中にいるガルガリエルはもう諦めているのか、あんまり口を出さずに静観している。まぁ、今のアリエスが太陽の天球ガルガリエルを使ったところで、効果的に使うことなんてできないから当たり前ではあるんだが……先が長いな。

 そう言えば、アンセム家の人間としては落ちこぼれなんだと自分で言っていたが、彼女は自分の中にいるガルガリエルがエリッサの持っていたグリモアと同じなことは知っているのだろうか?


「なぁ」

「なによ」

「ガルガリエルがエリッサの持ってたグリモアだって知ってた?」

「知らない、けど……え?」


 どうやら全然知らなかったらしい。


「つまり私は、いつの間にかアレーナの母であるエリッサのグリモアを持っていたってこと?」

「そうそう……それって嬉しいのか?」

「嬉しいに決まってるじゃない! だって私をあれだけ使えないとか、アンセム家の恥とか言っていた奴らの目が節穴で、私はしっかりとアンセム家の人間だったってことなんだから!」


 ふーん……やっぱりなんか危ういよな、アリエスは。このまま放置していたら確実にいつか爆発して……アンセム家の滅ぼすか、自分が死ぬかまで行きそうだ。


「ガルガリエル! 私に力を貸して!」

『えー……お前下手じゃん』

「いいから! 使えるようになればアンセム家の連中を見返せるようになるんだよ!? これがどれだけ凄いことかわからないの!?」

『わからん。はっきり言って、今のお前はそのアンセム家の人間と大して変わらないと思うぞ。力に憑りつかれた憐れな子供だな』

「ガルガリエル」

『なんだよ、事実じゃん』


 事実だとしても、もう少し慎重に言えよ。お前は魂だけだから感じていないかもしれないけど、お前がアンセム家の人間と大して変わらないって言った瞬間に、周囲の温度が急上昇してきたんだからな。


「ふざけるな……私から全てを奪ったアンセム家と、私が同じ? 何も知らない癖に!」

『はぁ……エリッサのお嬢ちゃんは夢見がちだったけど、頭はそれなりに良かったからな。子孫がこんな馬鹿なのは可哀想だ』

太陽の天球ガルガリエル!」


 全く容赦のないガルガリエルの言葉に怒ったアリエスが、太陽の天球ガルガリエルを起動した。周囲に出現した9つの天球は大して光っていないが、何故か燃え上がっていた。恐らく、ガルガリエルの力とアリエスの怒りが共鳴しているんだと思うが……燃え始めたら本格的にただの小さい太陽だな。


「私の言うことを、聞け!」


 無理やり太陽の天球ガルガリエルを動かしながらアリエスは叫ぶが、意図した方向に動かないのか、しばらくすると地面に向かって9つの天球を同時に叩きつけた。巻き起こる爆風を肌で感じながら、俺は大きな溜息を吐いてしまう。


正典ティマイオス

「え?」


 怒りに我を忘れて再び太陽の天球ガルガリエルを動かそうとしていたアリエスは、背後に立っていた俺の気配が変わったことを察したのか、ゆっくりと振り返った。


「その、剣は?」

「俺のグリモア……みたいなもの。今となっては神の力が詰まった権能みたいなものだけどな」


 年月が経つごとに、俺の力は増していった。それは世界を支配している神だからなのかわからないが、その力はどんどんと正典ティマイオスに累積していき、今では解放するだけで世界の全てが見渡すことができるし、大抵のことはできる万能存在になりつつある。

 正典ティマイオスを地面に突き刺してから、アリエスの中にいるガルガリエルを引っ張り出す。


「嘘だろっ!?」

「嘘じゃない」


 魂だけの存在だから呑気にアリエスのことを煽っているので、魂を引きずり出して肉体を与えてやると、ガルガリエルは俺の方を見て信じられないって顔をしていた。とりあえず弱めに1発殴ってから、アリエスに向き合わせる。


「これが……ガルガリエル?」

「そうだ。お前の魂が安全な場所だからと調子に乗って、安全圏からお前のことを挑発しまくってた小心者で中間管理職の天族だ」

「馬鹿にしてるだろ?」

「してる」


 実際に馬鹿だろ。

 目の前にいるのがガルガリエルだとわかったアリエスはしばらく呆けていたが、手を握ったり開いたりして太陽の天球ガルガリエルそのものが失われていないことを確認してから、思い切りガルガリエルの頬を殴った。


「よくも好き勝手に言ってくれたわね!」

「ちょ、待って! 謝るから! 本当のこと言われて怒ったなら謝るからさ!」

「更に挑発してどうする……やっぱり馬鹿だな」


 そのまま殴り合いが始まったので、俺はそれを放置して椅子を作り出して座り込む。

 今のアリエスに必要なのは荒療治ではなく、時間をかけて他者とコミュニケーションを取って精神を癒すことだと考える。本当なら学校で友達でも作ってきなさいと言いたいところだが、彼女はアンセム家の人間と言うだけで敬遠されているようなので、ガルガリエルという彼女の理解者になりえる相手を目の前に持ってきた。頭の中で喋ってくるだけの奴は、コミュニケーション相手にはならないからな。


 はぁ……まさかあれから数千年以上経って、子孫と直接関わる最初の仕事がメンタルケアとはな。

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