番外 埒外の存在

 迫ってくる魔法の矢を避ける。人間の目では数え切れないぐらいの矢だが、世界と繋がってしまった俺は即座にその数と軌道を把握して最小限の動きだけでそれを避けることができるようになっている。これはそういう能力とかではなく、もうそういう存在として確立しているのかもしれない。

 俺が全ての攻撃を避けていることを察したのか、魔法を止めて剣を片手に突っ込んでくる。それも冷静に捌きながらこれからどうしようかと考えていたら、背後からいきなり槍が飛んできたので普通に受け止めた。


「後ろに目でもついてるの?」

「いや、勝手に見えるだけ」


 背後から飛んできた槍が水の様に弾ける……と言うか、海の槍ガブリエルだから弾けて当然なんだけども、その弾けた水が少しずつ集まって上空にそれなりの数の短剣になって集まる。


「はぁっ!」


 俺が上に視線を向けた隙に、審判者の剣ミカエルを構えたエレミヤが突撃してきたので、細剣の先を指で滑らせるように受け流してから腹に蹴りと叩きこんで吹き飛ばし、上から降ってきた短剣を最小の動きで避ける。


「私がやる!」

「連携とか考えなさいよ!」


 手のひらから炎を吹き出しながら突っ込んできたニーナに対して、もう少し空気を読めとエリッサ姫が怒っているが、そんなことを無視してニーナは俺と取っ組み合いをしようとして……双剣の攻撃を3回避けたタイミングでデコピンで魔力を飛ばしてそのまま吹き飛ばす。


「よくやりますねぇ……勝てないとわかっていながら」

「……勝てなくても、挑む覚悟があるからあの人たちは強いんだと思いますよ。テオドール先輩もそれがわかっているから断らないんじゃないですか?」


 外で観察しているアイビーとエリナが何か言っているのが聞こえたが、そちらに顔を向けようとした瞬間に超高速でエノが突っ込んできたので、その腕をそのまま掴んでやった。


「……あれ?」

「悪いな……目が良くなると速いとかあんまり関係ないんだ」


 腕を掴んだエノをこちらに向かって来ていたアッシュの方に投げ、エレミヤの審判者の剣ミカエルを指でつまんで止める。


「はは……これは、予想外かな」

「そう言えば、まだエレミヤとは全力で戦ったことなかったな」

「お手柔らかに頼むよ」

「任せろ」


 ウルスラグナを抜いてエレミヤと1対1で斬り合いを始める。俺の目がどれだけよくなって、人間を超えた神になろうとも学んできた剣術は変わらない。エレミヤの方が剣術は上手く、俺のは独学で磨いた少し下手糞な剣技に変わりはない。ただ……今の俺はそもそも相手の攻撃を見切ってしまう目がある。だからエレミヤのようにしっかりと綺麗に振られる剣は……逆に見切りやすくなってしまう。

 数度の打ち合いの後、絡めとるようにして審判者の剣ミカエルを弾き上げ、腹に掌底を叩きこんで地面を転がす。


「……ま、参ったな……ここまで強いとは思わなかった」

「悪いな」


 クラディウスと戦う前に、一度くらいはエレミヤと本気でやっておけばよかったかもなぁ……きっとあの頃だったら、もっといい勝負になったんだろうけど、今の俺だと全員が同時に襲い掛かってきて丁度いいぐらいだ。


 既に全員が消耗しきっているし、今回はここまでしようと言うことになって俺たちはそのまま訓練場の床に座り込んでいた。


「実際、何処まで見えてるんですか、その眼は」

「何処までって……多分、エリクシラが想像しているような未来が見える目みたいな感じではないよ。ただ……今、向こうの方で人が転んだとか、父さんが書類の多さに頭抱えてるとか……色々なことを知ろうと思えば視えるだけで」

「充分じゃないですか」

「いやいや」


 逆に見え過ぎてちょっと慣れるまでは頭がずっと痛かったよ……最近は視たいものだけを視るようにしているからそこまで負担もないんだけど。


「全くグリモア使わなくなったが、テオはグリモアを封印したのか?」

正典ティマイオスはなぁ……今の俺が使うと、多分それこそエリクシラが言うみたいに未来の選択肢が見えてしまうだろうし、多分人間離れした存在になっちゃうから使わないようにしてる」


 あんなものまで使ったら、いよいよ人間じゃなくなっちまうからなぁ。だって正典ティマイオスって世界に穴まで開けられるようになっちゃったんだよ? この能力を使えば、俺が他人を転生させる側にだってなれちゃうってことだし……嫌じゃん。


「私、テオドールさんが人間じゃなくなったって聞いた時に、口調が変な風になって偉そうになったのかなーって想像していたんですけど、いつも通りのテオドールさんで驚いたんですよね。いつも通りだなって」

「なんとなく毒が混じってない?」


 アイビーってそういうこと言うよな。


「人間の感性のままでよかったと言えばよかったんじゃないかしら? ほら、よく小説とかだと「愚かな人間は私が消滅させてやる」みたいな感じじゃない?」

「えぇ……そんな小説、この世界にもあるんだ」


 人類は愚かだって考える人が書くのか、単純に事実として人類が愚かだから書かれるのか……どうなのか知らないけど、この文明レベルでも書かれるんだ……しかも、エリッサ姫が知ってるってことはそれなりに売れてるってことだよね。


「まぁ……俺も愚かな人間の1人だったし、別にそんなことしようとは思わないな。それに……」

「それに?」

「……なんでもない」


 仲間がこうして笑っている世の中なら、他がどれだけクソでもなんとかなるって感じがするんだよな。超越者的な視線から見れば余りにも楽観的過ぎて駄目かもしれないけど……それでも、俺は人の可能性って言うか……とにかく、そういう目に見えない形のないものを大切にしたいと思った。見ようと思えばなんでも視ることができるようになってしまったからこそ、目に見えないものが大切なんだ……なんて、言ったらそれこそ小説のセリフみたいに思われるかな。


「ところで……ずっと疑問だったんだけど、肉体が人間を超越して神になったってことは、もしかして寿命も延びたってことなのかしら? ほら、魔族とか天族みたいに」

「あー……」


 最も言われたくないことなんだけど……それも、よりにもよってまさかエリッサ姫に言われるとは思わなかった。

 父さんに言った通り、俺はエリッサ姫といい関係だし、それ以外の数人ともそれなり以上の関係を築いているけど……その問題があってイマイチ踏み込めていない。本当はもっと早くに相談するべきだったんだろうけど……これを機に、ちょっと真実の告白かな。

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