第196話 優しい時間【完】

 空間に穴を空ける。

 空気が流れ込むように、俺とルシファーは簡単に元の世界へと戻っていき……気が付けば大穴の傍にいた。


「う……」

「無事か、ルシファー」

「な、なんとか」


 今まで見たこともないぐらいに弱っているルシファーを見ていると、そう言えばこいつって美女だったなって思ってしまう。基本的に尊大な態度に他人をイラつかせるようなことばかり言っているからあんまり気にしたことなかったけど。


「……お前は、大丈夫なのか?」

「俺? あぁ……まぁ、大丈夫ではないかな」


 正典ティマイオスを解除しているのに、世界のあらゆる場所で起きていることが頭に中に入ってくるようになってしまった。今までは魂の位階が上がったことを正典ティマイオスに押し付けていたんだが、それが俺の身体にまで溢れてきたって感じかな……多分、正典ティマイオスを発動すれば俺は今まで以上に世界そのものと繋がることができ、まさしく神の如き力を振るうことができるようになるかもしれない。

 あぁ……これはグリモア封印だな。もう正典ティマイオスなんて余程の事態にならなければ解放しないと誓おう。そうしないと思考までも人間から外れてしまうかもしれない。


正典ティマイオス


 で、余程の事態だからグリモアを発動する。予想通り俺の頭に入ってきていた世界のあらゆる情報が一気に拡張され、世界そのものを上から見下ろすような感覚に近くなる。同時に、身体に流れる力は圧倒的で、今の俺ならクラディウスぐらい1人でなんとかなってしまうだろうという確信がある……マジで人間をやめてしまったらしい。

 神の力を使って、天から光を降らせる。それは大地を抉るような力ではなく……逆に大地を癒す為の力。つまり、大陸に空いた世界の大穴を塞ぐための力だ。


「お、おい!」

「いいんだよ。あんな地の底……誰も行かない方が幸せなんだ」


 あんな場所は誰も知らない方が幸せだろうし、この穴さえ埋めてしまえば魔獣の数は激減するはずだ。そうすれば西側諸国だってしばらくは大人しくなるだろうし、これで大人しくならないんだったら戦争するしかない訳だしな。

 きっと、今頃は街も大騒ぎだろう。天から巨大な光のカーテンが降りてきて、大穴をゆっくりと塞いでいるのだから……もしかしたら神のお陰だと思われるかもしれないが、今の神は俺なのであながち間違っていないのが面白い。


「さ、帰ろう……俺たちの国へ」

「……私の国ではないがな」


 小さいこと言うなよ。



 ルシファーは傷を癒す為に俺の身体の中に戻っていった。殆ど神と同じような存在になってしまった俺だが、ルシファーは問題なく身体の中に入ることができた。それでも、なんとなく居心地が悪くなったらしくて、傷が治ったら出ていくと言っていた。なんとも寂しいことだが……これが俺の選択の結果生まれた犠牲ならば、甘んじて受け入れようと思う。

 変わったことと言えば、正典ティマイオスを発動しなくても空を飛べるようになってしまった。なんだか本当に人間じゃなくなった気がするけど、同時に俺が飛んでいる原理を詳しく調べれば人間でも空を飛べるような魔法が生み出せるのでは、とも思ってしまった。学園に帰ったら研究してみるかな。


 そんなことを考えながら高速で飛行していたら、学園を出発した翌日の昼には帰ってくることができた。神と対面していた時間は短かったし、俺が神の力を奪ってから帰るまでの時間はそこまで長くなかったんだろうけど、体感的には随分と長い1日だった。

 地面に降り立って校門を目指して歩いていたら、何故か校門前にエリッサ姫とエリクシラが立っていた。


「どうして?」

「エレミヤさんが、そろそろ帰ってくる頃だろうと言っていたので」

「エレミヤが? なんでだろう」

『ミカエルがお前の魂を知覚していたんだろう。今のお前はわかる奴にはすぐにわかるからな』


 魂が本格的に変質してしまったから、ミカエルが俺が近づいていることに気が付き、エレミヤからエリッサ姫とエリクシラに話が行ったってことなのかな。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 おぉ……何と言うか、こう柔らかくて誰がどう見ても美人だって感じの微笑みをエリッサ姫に向けられると、どうしようもなく心が恥ずかしくなってくると言うか……この美人が俺に好意を抱いてくれているんだよなって言う、下衆な優越感が湧いてくる。いや、最低だとは自覚してるんだけどね。


「あ、これ」


 思い出したので預かっていたエタニティリングが入った袋を渡してやると、なんだか微妙そうな顔をされた。


「こういう時はしっかりと左手の薬指につけてくれるものじゃないの?」

「恋愛小説の読みすぎだな。それに、エンゲージリングぐらい自分で用意する」


 王家に伝わるエタニティリングをつけてやるのも確かにロマンチックで素晴らしいかもしれないけど、俺的には自分で選んだエンゲージリングをあげる方がいいと思う。その方が、自分の気持ちって感じもするし。


「……雰囲気がまた変わりましたね」

「そうかな? 見ただけでわかるもんなの?」

「わかりますよ。もう2年も見てるんですから」


 そっか……変わったのはいいことなのか悪いことなのか、色々と判然としないけど、エリクシラが気にならないのならばいいかな。


「さ、私たちの学園に戻りましょう? 色々と聞きたいことがあるんですから」

「そうだなぁ……確かに、こっちも色々と話したいことができたから……ゆっくりとお茶でも飲みながらみんなで喋ろうか」

「いいですね。家からくすねてきた高い茶葉が部屋にあるので取ってきますよ」

「なら私が茶器を用意するわね」

「はい……他の人も呼びましょうか」

「折角だから沢山の人と喋りたいわね……じゃあ、いつもの皆で」


 うん……俺は神としての力を簒奪して、既に人間ではなくなったのかもしれない。けれど……やっぱり俺は俺だ。


「テオドール」

「テオドールさん」

「……今、行くよ」


 名前はただの記号ではない。俺が俺であることを、仲間が証明してくれるためのものなんだ……俺は人間を超えて神になってしまったかもしれないけれど、それでもこの世界に生きるテオドール・アンセムとして……人間として生きていきたいと思う。

 世界の運営についてはまた今度考えればいい。俺には既に無限の寿命が存在するのだから……世界が変質していくのを眺めながら、ゆっくりと考えればいいのだ。今はただ……この優しい時間を大切に、ゆったりとお茶を飲んでいたい、かな。







※作者の後書き

斎藤正です。

小説の読了、ありがとうございました。


200話近くの連載になったので、毎日追いかけてくれた人は割と大変だったお思いますが、本当にありがとうございます。


後日談として番外は幾つか予定していますが、後何話書く、みたいなのは明言できない状態です。

多分5話以上は書くと思います。


長々とした後書きはそのうち近況ノートにでもまとめておきます。

作品ではなく作者に興味がある人はよければ作者の名前から飛んでいただければ。


読者の皆様には今一度、お礼を申し上げます。

ここまでの応援、ありがとうございました。

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